都市商業研究所(都商研)

「都市商業研究所」は学生主体の研究機関です。「市街地活性化・都市交通などに関するコラム」と「都市別の市街地紹介」をお届けします。

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佐賀県佐賀市  市制:1889年4月1日 合併新発足:2005年10月1日
 【人口】237,506人(増加率:-1.6%)、外国人数1144人
 【面積】251.07k㎡
 【平均年齢】44.6歳
 【事業所数】12387事業所
 【年間小売販売額】2758.5億円(増加率:-0.2%)
 【大型店面積合計】257,443㎡
 【主要駅など】佐賀駅、佐賀バスセンター
 【主な市街地大型店】玉屋、西友、エスプラッツ、えきマチ1丁目
 【主な郊外大型店】ゆめタウン、イオンモール、モラージュ、イオンスーパーセンターなど
 【主な撤退大型店】日祐(→気球博物館)、南里、窓乃梅寿屋(→国保)、ユニード(→ローソン)、ダイエーなど
 【主な商店街】唐人町(駅前)、白山名店街、呉服町名店街、銀天通り、中央マーケット、松原マーケットなど
 【主な観光地】気球、佐賀城、長崎街道の街並み、潮干狩り、筑後川昇開橋、シシリアンライス
 【主な事業所】佐賀銀行、佐賀共栄銀行、佐賀信金、戸上電機製作所、ハロー(マックスバリュに合併)(以上本部)
(人口など:'10年国調、面積:'12年国土地理院、事業所:'12年総務省経済センサス、小売:'07年経産省商業統計、大店面積:'12年4月)


郊外化とともに大型店が次々と公共施設に生まれ変わる商店街の行く末は…
 
 佐賀市は言うまでもなく佐賀県の県庁所在地であり、佐賀県第一の都市である。九州の県庁所在地では最も規模は小さく、平成の大合併前の人口は16万人ほどであったが、地域の中心都市としての歴史は長い。佐賀は律令時代に佐賀市北部の大和町に肥前国国府が置かれて以後、長期に亘って西九州の中心都市の1つとして栄えてきた。特に江戸時代に入ると、佐賀藩主の鍋島氏が現在の中心市街地に当たる佐賀駅の南側を条里制による街区整備を行い、近代的な城下町として、そして長崎街道の宿場町としても発展を遂げた。佐賀市が市制を敷いたのは市制制度が始まったと同時であり、福岡市や熊本市などの市制とも同日である。
現在の中心市街地の街区は、城下町時代の面影を残すものとなっており、古い中心商店街は長崎街道沿いに広がる。この旧街道筋を中心として、佐賀市には多くの恵比寿像が祀られている。このような道端の恵比寿像は、佐賀市域だけではなく佐賀平野から筑後地方の各地でも数多く見ることができる。
 また、中心市街地で水路を良く見かけることも佐賀を象徴する光景だ。
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佐賀駅にある恵比寿像。
 
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中心市街地各地を縫うように流れる水路。呉服町附近。
 
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佐賀名物の「シシリアンライス」。佐賀市では家庭料理としても出されることがあるという。

佐賀平野は西日本有数の広大な平野であるために、郊外にバイパス道路が作られやすかった。現在の佐賀市は、佐賀駅〜旧城下町の附近である中心市街地を取り巻くようにバイパス道路が走っている。そして、新たなバイパスが形成されるたびにロードサイド店が出店し、更にショッピングセンターが出店するという流れが生まれた。周辺地区の住民はこれらバイパス沿いの商業施設を日常的に利用、また大きな買い物は直線距離で40数キロほどの福岡市まで行ってしまうために、「佐賀市中心部に行くことは滅多にない」という人も少なくない。
 これは郊外化が進んだ中小都市では珍しくないことではあるが、ここまで郊外化が進んだ都市は県庁所在地規模では珍しいことである。
 福岡都市圏の拡大に伴ってJR佐賀駅周辺ではマンション建設が進んだ。しかし、佐賀駅から旧来の佐賀市中心部までは1キロほどあり、また鉄道や高速バスで毎日福岡都市圏へ通勤・通学する住民も少なくないために、佐賀市中心商店街の活性化には繋がっていない。
 更に、イオンや複数の家電量販店、紳士服店などは佐賀市内の近郊部に元々あったロードサイド店を閉店し、新しく出来たバイパス沿いに移転するという「郊外化の進展による更なる郊外化」とも言うべき現象が起きている。
現在の商業の中心は2000年に市内北部の旧大和町に開業したイオンモール佐賀大和と、中心市街地近くの佐賀駅北側(兵庫地区)に2006年に開業したゆめタウン佐賀である。
その一方で、市内東部の巨勢地区2003年に開業したモラージュ佐賀は2010年に核店舗である西友が撤退、
佐賀市外ではあるが佐賀市の東側にある三養基郡上峰町に1995年に開業したイオン上峰ショッピングセンター(旧マイカル上峰サティ)はテナントの多くが撤退してしまうなど、郊外型大規模ショッピングセンター同士の競合も激しいものとなっている。
毎秋に開催される佐賀バルーンフェスタにより気球の町としても有名であるが、これも平野が多い土地の特長を生かしたイベントである。市域の南部は有明海に面し、平野が多い印象の佐賀市であるが、市域の北部は山岳地帯であり、福岡市にも接している。なお、佐賀市は福岡都市圏への人口流出対策として、2015年度より「市外に通勤する新卒住民」に対し定期券代の一部補助を行うことを検討しているという。
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ゆめタウン佐賀。
 
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イオンモール佐賀大和。
 
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モラージュ佐賀。現在、西友は別のスーパーになっている。
 
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佐賀玉屋(中心部)より北を見る。佐賀駅周辺のマンションが見える。
 
佐賀(唐人町・白山・呉服町)
 JR佐賀駅は佐賀市中心市街地の北端にある。佐賀駅構内には駅ビル施設である「えきマチ1丁目」が入居するほか、駅の東側には佐賀バスセンターと西友佐賀店が隣接する。西友佐賀店は、佐賀駅周辺で唯一のスーパーマーケットとなっている。バスセンターが近いために、佐賀駅前への路線バスの乗り入れはない。
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JR佐賀駅。
 
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JR佐賀駅前。
 
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JR佐賀駅前より東側。西友佐賀店が立地。
 
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西友佐賀店の東側。佐賀市役所が立地。
 
イメージ 13 JR佐賀駅前より南側、佐賀城方面(唐人町商店街)を見る。

佐賀駅から南に延びるのは中央大通り、通称「佐賀駅前通り」「唐人町商店街」である。佐賀市中心部では近年「元町商店街」「白山銀座」「白山名店街」「呉服町名店街」の4商店会が解散、もしくは自己破産しており、現在は駅前通りである唐人町商店街のみが商店会を持っている。
 既に解散した4商店街が城下町や長崎街道周辺の商人町、宿場町に端を発するのに対し、唐人町商店街(駅前通り)はもともと鉄道利用客を目当てにした店舗と、鉄道輸送を行う問屋街によって形成された商店街であった。佐賀県唯一の大型百貨店である「佐賀玉屋」も1965年に古い中心商店街からこの唐人町商店街に移転した経緯がある。昭和末期には早くも電線の地中化が行われ、大規模な街路整備とアーケード撤去が行われたそうだが、この唐人町商店街も空き店舗が多い状態となっている。
 佐賀駅から1キロほど唐人町商店街を進むと、佐賀市のかつての中心部に至る。唐人町商店街沿いには佐賀市唯一の百貨店である「佐賀玉屋」が立地する。2013年11月までは玉屋のはす向かいに地場総合スーパー日祐本店(のちに福岡市のマルキョウと合併)もあったが閉店し、その跡地は佐賀市が気球博物館として整備予定である。
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唐人町商店街、佐賀駅前。奥に見えるのが佐賀駅。駅周辺にはホテルやマンションが多い。
 
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唐人町商店街、唐人一丁目から北を見る。佐賀駅から500メートルほどの地点でオフィスが多い。
 
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唐人町商店街。佐賀駅から700メートルほどの地点。この辺りは空き店舗も目立つ。
 
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唐人町商店街の西側、佐賀駅から1キロメートルほど。
 
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上の写真の南側、佐賀中央橋前。佐賀駅から1キロメートル強。白山名店街北口近く。
県庁所在地の駅前通りであり、中心商店街に近いが空き店舗が多い。
 
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唐人町商店街の東側、佐賀駅から1キロメートル強の地点より白山名店街の北口を見る。
白山名店街は字上に伸びる。ここは縦の支線部分。
 
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唐人町商店街、佐賀駅から1キロメートル強。佐賀玉屋北側から南を見る。
 
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佐賀玉屋前にある中の小路バス停。右にあるのは佐賀玉屋。
佐賀市の路線バスは西鉄、祐徳、市営(写真)の3社。ICカード乗車券が使えるのは西鉄のみ。
  
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佐賀玉屋。佐賀県唯一の大型百貨店。唐人町商店街に立地。
 
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佐賀玉屋裏手(西側)の商店街、唐人町と平行に走る。左側は佐賀玉屋南館。
 
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エンジェルストリート。玉屋本館と南館の間の商店街、奥は玉屋。唐人町から西に入った場所。
 
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唐人町商店街の南端、佐賀駅から約1.5キロメートル。佐嘉神社近くから北、左奥には玉屋。
右は地場総合スーパー日祐本店(→マルキョウ)だった建物。市立気球博物館となる予定。
 
 唐人町商店街の東側には佐賀県最大の歓楽街である「愛敬町飲食街」や「白山名店街」「呉服町名店街」「中央マーケット」などといった複数の商店街がある。この附近で唐人町商店街と長崎街道も交差する。かつてはこの一帯が佐賀市で最も賑わう場所であった。
白山名店街の東側には1998年に開業した再開発ビル「エスプラッツ」がある。佐賀中央第1市街地再開発事業によって建設され、第三セクター企業「まちづくり佐賀」によって運営されていたこの施設は、大規模商業施設と12階建マンションの複合ビルであり、当初はスーパーや喜久屋書店、グローバススポーツなどの有力テナントも出店、官民一体型再開発のモデルケースとして注目された。
 しかし、先述した郊外ショッピングセンターが同時期に開業した影響もあり、十分な駐車場を持たない商業床の経営は難航、徒歩圏の商店街内でもダイエーや寿屋、南里デパートなどの撤退が相次ぎ、開業より僅か3年後の2001年に16億円の負債を抱え経営破綻、2003年には閉店してしまった。
現在、エスプラッツの商業床は市が保有しているが、1階のスーパーなどを除いてその多くは公共施設となってしまった。このエスプラッツの再生には行政が多額の税金をつぎ込むことになった。
そして、近隣にあった「ダイエー」「窓乃梅・寿屋」「南里デパート」「日祐(→マルキョウ)」などいずれもその跡地が公共施設として、税金により再活用されつつある。
中心市街地の大型店撤退により生まれた「中心市街地のまとまった土地」を公共施設として再生することは
全国的にも多く見られることであり、中心市街地活性化に一定の効果が見られることもある。しかし、佐賀市はそれが特に顕著である。核店舗を失った商店街内に次々と公共施設ばかり増えていくのは、果たして賑わいの創出に繋がるのであろうか。
また、かつて佐賀市で最も賑わう商店街であった呉服町商店街は2008年に商店会が自己破産し、市がアーケード撤去と街路整備費用を肩代わりすることになってしまった。現在は空き店舗対策によって活用されている店舗跡もあるが、空き店舗は増える一方で大きな集客には結びついていない。
 これらの商店街の南側には佐嘉神社があり、唐人町商店街は佐賀城に至る。佐賀城址には佐賀県庁があり、この辺りは官庁街にもなっている。
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白山名店街の中央口。唐人町商店街の東側、佐賀駅から1キロメートル強。玉屋の北向かい。
 
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白山名店街。ここは旧長崎街道にあたり、佐賀市の中心商店街になる。
 
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白山名店街、エスプラッツ附近はアーケードが更新されている。交差するのは復興通り。
 
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エスプラッツ。現在エスプラッツのテナントは1階を除き殆どが公共施設。
手前に南北に走る復興通りは旧長崎街道、愛敬町飲食街の南端にも当たる。
 
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エスプラッツ近く、復興通り。愛敬町飲食街の南側。
愛敬町は佐賀県最大の歓楽街。右奥の中華店は優木まおみさんの実家として知られる。
(但しこの辺りの地名は中央本町で、愛敬町はその北側に当たる)
 
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かつての白山名店街の核であったダイエー跡。ファッションビルとなった後に解体された。
 
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エスプラッツの東側の通り。直進すると佐嘉神社。
左奥の中央マーケットは古い市場商店街。現在も餃子店を始めとして数店舗が営業。
 
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呉服町の西側、白山名店街の南側に平行に走る中央本町商店街。
 
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呉服町名店街。唐人町商店街から東に入った地点。
 
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呉服町名店街。656(ムツゴロウ)広場というイベント広場がある。
 
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呉服町名店街。このあたりは旧長崎街道。左の角を左折すると銀天通り商店街。
通り沿いには空き店舗対策でNPO法人が運営する子供向け書店や佐賀大学の施設もある。
 
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呉服町名店街、アーケード撤去直前の風景。上とほぼ同地点。アーケードは2009年撤去。
 
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かつての核店舗である窓乃梅寿屋。現在は解体され国保会館となっている。
地場スーパー窓乃梅と九州大手スーパー寿屋の共同店舗であった。現在は両方ともに倒産。
 
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もう1つの核店舗であった南里デパート。こちらも解体された。
 
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銀天通り商店街、旧街道の佐賀本陣近く。呉服町側には09年までアーケードがあった。奥は呉服町。
 
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呉服町名店街南側より北を見る。右は旧佐賀銀行呉服町支店跡。
この辺りは旧長崎街道。この近くに佐賀宿の本陣があった。
 
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呉服町名店街の南。左にあるのは深川製磁佐賀出張所。この先に佐嘉神社がある。
 
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呉服町を南に進むと国道246号線の佐嘉神社横に至る。左は佐賀城址。奥を右折すると唐人町。
 
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佐嘉神社。
 
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松原マーケット親和市場。佐嘉神社近くの商店街。ほぼ空き店舗。
 
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佐賀城址から唐人町(北)方面。唐人町商店街の南端附近から城跡にかけては官庁街である。
 
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佐賀県庁。佐賀城址に立地。

大和
 佐賀市北部の大和町は、平成の大合併により佐賀市に合併した都市の中で最も人口が多かった(約2万2000人)。
大和町は長崎自動車道の佐賀大和インターチェンジの開業と、それに伴うバイパス整備以後急速に発展、また、自動車による福岡市へのアクセスも比較的良好であり、佐賀・福岡両市のベッドタウン化が進んだ。
尼寺地区の国道旧道沿いには小規模な商店街があるものの人口規模に見合うものではなく、現在の中心はイオンモール佐賀周辺である。
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大和町の中心部。イオンモールから。
 
諸富
佐賀市南部の諸富町は筑後川沿いの町。1987年に廃止された旧国鉄佐賀線の筑後川昇開橋があることで有名。中心商店街は筑後川近くに広がる。
対岸にはかつて筑後川の河川物流の一大拠点であった大川市の若津港があるが、諸富側にも諸富港という港があり、若津港とともに栄えた。
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諸富市街地。
 
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中心市街地の核であるマミーズ諸富店。
 
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筑後川昇開橋。奥が諸富町、諸富港周辺。
 
参考:佐賀新聞,2008年11月10日銀天通り振興組合 年内解散へ」
佐賀新聞,2008年5月31日:「佐賀市呉服町名店街協組 自己破産申請へ」
佐賀新聞,2008年8月25日:「呉服町アーケード撤去へ 佐賀市」
佐賀県教育センターウェブサイト内「佐賀市商店街の空洞化とエスプラッツの閉鎖」
佐賀市など発行のパンフレット、エスプラッツ等のウェブサイトなど

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