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これが入ってたのかぁ〜!

大変、たいへん、ごぶさたいたしました。

4月半ば過ぎ、娘を無事産みました、リヤドにて。
6年前、息子も同じ病院で産み、感慨深い物があります。

担当医は、前回はサウジ人女医、今回はエジプト人女医でありました。
前回の先生に診てもらいたかったけれど、
提携の他のクリニックにいらして、会うことはできませんでした。

今回の先生もいい方でしたが、少々神経質なところが垣間みれ、
むぅ、と思うこともありましたが、まあ、かえることなく最後まで診て頂きました。

早朝、後ろの腰の辺りから痛みが始まり、
下腹部へとひろがり、ああ、来た来た、と。
朝5時のこと。

息子もpreschoolは休ませ、夫も待機してくれ、
午前中痛みとともに様子を見ること6時間ほど。
その間なんと、息子は、陣痛が来る度わたしがソファに後ろ向きでしがみつくと、
背中をさすってくれるのでした。

不思議なことに、す〜っと痛みが引くのです。

今回は、ソフロロジーという考え方を自分なりに取り入れ、
出産に臨もうと思っていたので、出来るだけ“陣痛”というものを感じようと思いました。

病院には無痛分娩を申し込んでいたので、それまでの間、と思って。

結局、痛みや、赤ちゃんの降り具合が遅かったこともあり、
注射が夕方4時くらいだったので、それまでは陣痛とともに頑張りました。

テニスボールを1つもって行き、痛みの度に腰にあてて。
結構よかったです。

私が入った病院は基本LDRなので、広い部屋にソファもあり、
息子も夫も一緒にずっといてくれました。

Epiduralの際、あれはきっとエジプト人麻酔医でしょう、
私にはダンディーなジェームス三木に見え、
夫にはケーシー高峰に見え、なかなか趣のある方で、
私の背中に針を刺す時、
「びすみっらー、らふまにらひーぃぃぃむ」と言って施してくれました。

私はベッドの上の子羊。ほふられる時の羊ってこんな気持ち?と思いましたわ。

途中、身体の震えが抑えられないほどになり、
ちょっと怖かったけれど、麻酔のせいですよ、と言われ、
仕方なく我慢。

ずっとちびちびとしか、飲ませてもらえなかった水を、
夫に頼み、2口飲んだところで震えが嘘のようにおさまったので、
脱水のせい?とも思いましたが、
先生は、ちゃんと処置したのでおさまったのよ、と言いまして、
なんだか腑に落ちない気持ちでしたが、
だんだんそれどころじゃなくなってきました。

赤ちゃんがおり始め、圧迫を感じます。くるしいです。
無痛でも苦しいです。

夜7時くらい、突然先生ががたがたと用意を始め、
お産開始。

子供の心拍が急にさがったのでした。

焦る私。

自分のつらさで、そうだ、呼吸をきちんとしてなかったかも!?と思い、
いそいで、ゆっくり、呼吸をたくさん。

すると、(かどうかわからないけれど)
心拍がきちんと戻る音。

もう私は泣きべそでしたが、泣いてられないので、
気を確かにもって、呼吸、呼吸。

本気でいきんだのは10回ほどだったのかな、
そしてそして、産みました!という感じ。

達成感。。。。満足。

ソフロロジーを実践しようとしていた私でしたが、
midwifeたちはそんなこと知らないし、
もっと顔を真っ赤にするくらいいきみなさいと言われ、
結局、ああ、ここでは無理ね、はいはい、という感じで、
頑張り続けたのでした。




産まれてすぐの、娘のおっぱいへの吸い付きの力の強いこと強いこと。
それはそれは驚きました。

初めの息子のときは、200gほど娘より小さく生まれているだけですが、
おっぱいへの吸い付きは、かなり下手、でした。
この200gの差は大きいんだな〜。

なので、今回の娘の力に、ほんとーーーーに驚いた私です。


というわけで、無事、リヤドで2人目の出産を終え、
今は、平和に3ヶ月になろうとする娘と、
6歳になろうとする息子と、
中身は小学生のような夫と、
日々、暮らしております。

これが入ってたのか〜、とは、そう、娘のこと。
お腹の中で、がたがた、動いてた元気な子。
今も相当動きが活発。

3ヶ月前だけど、もう首がすわりそうです。

そして、腰も強い。

強い女に育ってくれ。

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あの日以来

3,11以来、なんだか個人的なお気楽なことを綴ることに抵抗感が生まれまして、

自分のこのページを開いては閉じ、開いては閉じ、

何を書いても不謹慎な気がして遠ざかってしまいました。

が、月も変わり、新たな年度が始まった日本のニュースを見たり、

復興、再生という言葉がくり返されるようになった今、

また少しずつ私は私で記録を再開しようと思います。


海の上に浮かぶ瓦礫と民家の屋根の上のかたまりの中を、
行きつ戻りつする犬が助け出された映像は、
海外のニュース映像にもあがり、
午前中はその結末を知ることは出来なかったけれど、
夕方になり、助け出された映像が追加されていまして、
ほっとしました。

まだまだ見つからない人、家へ戻れない人、家が無くなってしまった人、
子供を捜し歩いている夫婦、
そんな映像を見るにつけ、お腹いっぱい食べることにすら、
何だか罪悪感を感じてしまいます。

それでも、人間は生き続けて行くし、
日々同じようでも少しずつ違う日常があります。

最近の私は、出産予定日まで3週間と迫ったお腹で、
自分の身体の調子に精一杯。とほほ。

プールに入って少し下半身増強を図ってみたり、
ゆっくり歩いて一周15分ほどのコンパウンド内の散歩に、
ふーふー言ったり。

息子の時よりも、明らかにアグレッシブに動くベイビーに、
ひーひー言わされております。

昨日からは、お手玉作りに没頭してもいます。

今日で、7個目。

想像以上に喜んでいる息子。

このまま記録更新で生まれるまでお手玉を作り続けようと思います。


そういえば先日、Family Fun Dayという催しものがありまして、
ケーキコンペティションがあったので、
レアチーズケーキを持って行きましたところ、
優勝してしまいました。

いえ〜い。

焼き菓子が多かったので、舌にちょうど珍しくよかったのでしょう。

持って行くタイミングも、30分遅れたりして、
目立った、とか?

フランス人、ドイツ人を抑えの快挙です!

賞品は、Jamie Oliverの料理本。

彼のサイトもよく見ているので、とても嬉しい贈り物でした。


各国様々な国の人々が暮らす中、
そうやって、料理やお菓子の交換会が出来るのも、
ここの生活の醍醐味のひとつ。

インドネシアの人が作って来てくれた、
お料理がもんのすごく!美味しくて、真似したいな〜と思いました。

そんな中でも、みんながみんな、日本のことを心配してくれます。
チャリティーバザーも友人がして、
結構な金額が集まったりしておりました。

まだまだ会うたびに家族のこと、日本人のことを尋ねられます。

離れていても、思ってくれる人、考えてくれる人がいることを、
伝えたいと思います。

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懐かしき亡霊

ちゃーが死んでしまって、あの日、夕方になる前に、
夫と息子と3人で、
ちゃーがよく飛びついて登っていた木の下に穴を掘り、
丁寧に埋葬しました。

ちょうどその日、バラとひな菊のような花を切り花で飾ってあり、
私は気づきもしなかったのに、夫がちゃーの身体にきれいに乗せて、
お別れしていました。

それから3日間くらい、とっても元気のない夫。

よっぽどよっぽどちゃーがかわいかったんだねー。
後から知ったかも。

え、そんなに落ち込んでるの?って。

私はねこは飼ったことがないし、妊娠中ということもあり、
抱っこまではしませんで、
一方、夫は抱っこいーこいーこでしたので、
やはりかわいさは格別だったのですね〜。


庭に埋めた後、息子が、
「ちゃー、また生えて来るかなー」といい、
母の心をきゅ〜〜〜〜っとさせる、にくい奴でした。

いいですね、子供のこういう発想。

現実と、ファンタジー、死ぬということ、
いなくなるということ、もう会えないこと、
それぞれ分かってはいるけれど、
リンクして行かないんだよね。

preschoolに行く直前、死にそうに具合がおかしいちゃーを見て、
「ちゃーが死んじゃったら、泣いちゃうよー」と言っていたのに、
戻って来て報告すると、
嬉しそうに「見せてー」と言う。

泣かなかった。

でも、その後から、夫が、
「箱の前で覗いてて、目が赤かったのを見たぞ」と言っていた。

そーかー。それぞれのお別れがあの日、あったんだなーと、しみじみしました。

また生えて来ないかなー、発言はきっと、
イーダちゃんの花、というお話が頭にあったのかな?

枯れた花をお庭に埋めると、
次の春また咲いて会えますよ、というお話。


そして、ちゃーの亡霊は、テレビを見ている私の左目の端に、
近づいて来るねこの姿を見せ、
夫には、キッチンで「ちゃ〜〜〜〜」と泣く声を聞かせました。

息子は、私が作った1番しかないフラッフィーの曲に、
自分で、2番ちびちゃんの歌詞、3番ちゃーの歌詞をつけ、
歌って弔って?います。

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さよならちゃーちゃー

新しいねこが増えた。とここに記録しようしようと思っているうち、
時間ばかり過ぎてしまった。

ふらっひぃーは、すっかりうちのネコだし、
ちびちゃんもすっかり大人の大きさになり、
ちびちゃんではなくなっているが、
落ち着き払って、ソファでひっくり返って寝ている日々。

そんな中、まだ3ヶ月ほど前だろうか、
ち〜〜〜さな2匹のねこが来るようになり、
そのうちの1匹が家の中まで入ってくるようになった。

ちびちゃんはほとんどその鳴き声をあげないけれど、
そのねこは、異様に長く騒々しいほどに鳴いていました。

息子のお友達の女の子が、「ちゃーちゃーレインボーにしよう」と命名。

その後、数日かけて改訂され、ベージュと白なので、
「ちゃーちゃーホワイト」になった。

それは長いので、ちゃーちゃーになり、鳴き声も「ちゃーーーーーーーーー」と
聞こえたりして、ちゃーぼー、と呼ぶようになっていた。

その子が、実は今日、お昼に死んでしまいました。




突然のことで、あっという間。

夜、ねこたちは家の中では寝かさないので、
朝、夫が家を出る時に入ったり、
夫が先に起きるので、家に入れて餌をあげてそのまま中にいる、
といった具合。

昨日一日、姿がまったく見えなかったちゃーちゃーだったので、
どうしたんだ??と思っていたら、
今朝、夫と入れ違いに入って来たらしい。

私と息子が起きて、階下におりると、
いつもはそんなところにいない、床に、
まっすぐになって動かない。

妙だ、と思い、すぐ近寄ると、
目がうつろ。
もうすでに死んでいるの?と思うほど。

でも、息は静かにしていた。

まぶたも半開き、鳴きもせず、うつろ。

変、変、変〜!

触るとちょっとだけ、うめき声をあげた。

水を鼻につけてもなめない。

その後も、よろ、よた、っと少しずつ移動しながら、
キッチンへ。テーブルの下に、そのまま。
いつもなら、いすの上に、どこかにあげるけれど、
そんなことも出来ない様子。

息子にも、ちょっと変だねえ、死んじゃうかもしれない、、
と打ち明ける。

学校に行く前に、びっくりする出来ことで、
ちゃーが死んだら泣いちゃうよ、と息子。

うー、なんとも。

私も今日は家にいて、観察していてあげましょうと思い、
午前中を、ちらちら見に行っては過ごしていた。

11時くらいに少し眠くなり、ベッドへ。

40分くらい休んで、戻ると、
今度は横たわっていた。

ああ、もうだめか、、、と思い近づくと、
口も半開きになって、お腹はかすかに呼吸のしるし。

近づくと、口からは透明な液体がでていて、
もう顔も半分つけたまま。もうどうしようもなさそう。

すると、大きくお腹が上下をくり返している。

吐くのかなーと見ていると収まり、
呼吸は、、、、、まだかすか。

あんまりかわいそうなので、お腹をそーっとさすって、
話しかけていた。

目も見えてなかったと思うけれど、
少し顔をこっちに向けてくれた後、
脈をとるように、ぷくぷく動く部分に手を当てても、
本当に虫の息。

そして、ふ〜〜〜っとお腹から力が抜けたんだね、
ゆっくり筋肉が動いて、動かなくなりました。

飼い猫のような、野良猫のような生活で、
家の中にいても、常に警戒心を外さなかったちゃーだけど、
最期、うちを選んで、頼って?戻って来て、
死に場所にしてくれたなんて、
悲しかったし、うれしかった。


夫に泣きながら電話で報告していたら、
弛緩したんだね、赤い尿が出て来てしまって、
ああ、死ぬって、すべてが止まって緩んで終わるんだなーと。


私は過去に2匹の犬を飼ったことがあります。

最初は、小学校低学年から12年くらいかなあ。

老衰でしたが、目も耳も鼻もきかなくなった犬が、
最後の夜中、雄叫びのような鳴き声を一度上げ、
朝、見てみると死んでいた、という経験。

看病は仕切って、後悔はなかったけれど、
最期の最後は、一緒じゃなかったなぁ、という気持ちはありました。

2匹目は、ある手術を受けようと朝、病院へいれたら、
麻酔が強すぎてそのまま死んでしまうという、
非常に残念な最期。

私の結婚式のほんの少し前でした。


なので、動物の最期の瞬間を看取るなんて、
考えてみたら初めて。

しかも、外ねこのようなネコ。

ねこって、死が近づくと、ふっとどこかへいなくなるって聞いたことがあったし、
実際そうなんだろう、ネコの死骸なんて外であまり見たこともないし、
と考えていたのに、うちの中で死んじゃうなんて。

なんか、けなげ、というか、
うちを慕ってくれてありがとうね、
という気持ちでいっぱいです。

夫が帰って来たら、お庭に息子とみんなで埋めようと思います。

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Sale Sale Sale!

ただいまリヤドはセール真っ盛り。

50%はだいたい当たり前。
90%になることも、ある。

これまで、ごまかしごまかし、
大きくなるお腹周りに服を無理矢理あわせて来た私だったが、
も〜〜〜〜限界!着るものない!
となり、ありがたいセールの恩恵にあずかることに。

息子を妊娠中の服もとってあったのだけれど、
日本へ、後回しに置いて来た荷物の中。
もう取り寄せるのも億劫。

ということで、せっせと買い回った先日。

何度もこの場に記録しているかもしれませんが、
ここはサラータイムというお祈りの時間がありまして、
その間はお店が閉まります。

夏に日本に戻って、デパートへ買い物に行った時に、
「ああ、お祈りの時間を気にすることなく、
 ず〜〜〜〜〜〜とショッピング、ぶらぶらしてられるんだわぁぁぁ」
と感動すらしたものです。

午前中、9時半頃からちらほら開き出し、
12時で一旦閉まってしまうモール。

午後は4時まで開きません。

最近の午後のお祈りタイムはだいたい(毎日少しずつずれる)
3時15分、5時20分、7時。

4時からお店に入ったとしても、
一時間くらいしかぶらぶら出来ず、
お祈りに入ると30分はほけ〜っとしなくてはならないか、
どこかのフードコートに閉まる前に入り、
時間をつぶすか。

夫と出かけると、もう1時間くらいの買い物で、
帰ろう、ということにもなるわけで。

けれど、モールは空港並みに大きいので、
全部回るなんて無理。

案内図などあるところは、私の知る限り1つだけ。

あとは、自分のよく行くモールを決めて、
覚えるしかありませんで。。。

難儀です。

あっち行って、こっち行って、
目的しか達成できず、寄り道なんて不可能。

相当この集中力は疲れるのです。

まあそれでも、あまり買い物をしない我が家が最近、
服の入れ替え気分なのか、ちょこちょこショッピング。

私もここぞとばかりに、妊婦期間が終わってもなんとなく着られる、
普通の服から大きなサイズをたくさん買い足しまして、
ほっとしておるところでございます。

息子のときよりやはり、大きくなってくるペースが早いようなお腹周り。

あと、3ヶ月、どこまで行っちゃうのか、
ちょっと不安も抱えながら、
こうして普通のいすに、普通に座ってネットをするのが苦しい状況。

お洒落ですてきな洋服を買ったけれど、
普段出かけるのはアバヤを着て、なので、
全然見せることができません!

どこで、いつ着るの?

も〜。

誕生日にイタリアンへ行ったけれど、
どうせアバヤだし〜、ってことで、
すんごいどうでもいい格好でした。

でかける間際、夫に謝りながら、、、

ご、ごめんよ、こんな格好で、あ、アバヤだしさ。と。

お洒落のしがいのない国。

でも欲しい服たち。

矛盾と葛藤の厳しいイスラームの国より。

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開設日: 2007/10/22(月)


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