|
日本列島改造論以降、
散々日本の太古からの景観が失われ続けました。
そんななかで、
万葉集にも歌われている「鞆の浦」の景観が
ひとまず保全される可能性が出てきました。
ここ40年間の破壊はあまりにも決定的でしたが、
欧州のように観光立国を目指すきっかけになれば
こんな画期的な裁判はありません。
以下産経新聞ネット記事です。
鞆の浦 埋め立て訴訟 ポニョの風景「守られた」 原告住民「勇気ある判決」
10月1日15時45分配信 産経新聞
司法が、公共事業にストップをかけた。広島県福山市の鞆(とも)の浦埋め立て訴訟で、
広島地裁は1日、埋め立て免許差し止めを命じた。
「大切な故郷を残したい」との思いから訴訟を闘ってきた原告ですら、予想していなかった判決。
原告の住民たちは戸惑い、そして喜びを分かち合った。この地に魅了され、
港を見下ろす小高い丘の民家で2カ月間過ごしながら
アニメ作品「崖(がけ)の上のポニョ」の構想を練ったとされる映画監督の宮崎駿さんも
「おめでとう」と祝福。一方、計画を進めてきた県や市の担当者は厳しい表情をみせた。
「埋め立てを免許する処分をしてはならない」。能勢顕男裁判長が主文を読み上げると、
傍聴席を埋めた原告の住民らは一瞬、信じられないような表情を浮かべた。が、閉廷後すぐに
「勇気ある判決」と喜びの声を上げ、「よかったね、よかったね」と互いに肩を抱き合った。
原告団長の大井幹雄さん(69)は「(勝訴は)全然予想していなかった。うれしい。
期待はしていたが、そんなに甘くないと思っていた」と喜ぶ一方、「勇気ある判決に、
これからの町づくりにずしっと重い責任感や使命感を感じる」と表情を引き締めた。
原告の一人で、住民の会代表の松居秀子さん(58)は涙を流しながら
「われわれの主張が認められてよかった。美しい景観を子孫に残していくことができる」。
以前から交流のある宮崎駿さんに早速電話で報告すると、
宮崎さんは「よかったね。おめでとう」と祝福。
「僕は浮かれないでコメントするけど、(皆さんは)浮かれてください」と話したという。
その後、弁護士会館で開かれた会見で、大井さんは広島県や福山市に対し
「控訴をあきらめ、計画の撤回を」と要望。水野武夫弁護団長は
「公共事業が今後、見直されていく中で、歴史に残る判決になる」と判決の意義を強調した。
http://philosophy.blogmura.com/rinri/ ←にほんブログ村 哲学・思想ブログ 倫理・道徳に参加しています。
クリックするだけでOKです。
よろしくお願いします。
現在にほんブログ村倫理/道徳部門で2位(平成21年10月2日現在)を快走中です。皆様のご協力のおかげです。
有難うございます。今後もご指導ご鞭撻いただけますようお願い申し上げます。
私のおすすめ:
|
画期的な判決でしたね。後になるほど評価される判決ではないでしょうか。
偶然ですが、私も今日の記事に同じ思いを書きこみました。
2009/10/5(月) 午後 8:33 [ リタイアマン ]
広島県民としても良かったと思っています。
鞆の浦の道路だけ大きくしても、そこへ行くまでの道路は、全く整備されておらず、通勤時間帯はいつも大渋滞です。
どうして、最も景観を守って欲しい、鞆の浦だけ手を付けようとしたのか理解できません。
ただ、反対派に共産党広島県連が絡んでいるのが、若干気にはなりますが。
2009/10/6(火) 午前 1:43
おはよう御座います。
鞆公園として国の名勝及び国立公園に指定されている
とありましたが、埋め立てて良い事など無いと思います。
司法と政治の狭間で揺れ動く地域の皆様に頑張って欲しい
と思います。
チワワ目線さんは広島なんですね。
2009/10/6(火) 午前 7:18
リタイアマン 様
いつもコメント有難うございます。
一度失われた景観は取り戻すことはできませんよね。
本当に日本のことを大事に思っていたら
公共工事のあり方をもっと考えるべきです。
個人の建築も勿論同じですが・・・・・・。
行政側が上告をしないことを願うのみです。
2009/10/6(火) 午後 2:24 [ こころが立派になればいい ]
チワワ目線 様
途中の道路が整備させていないのですか・・・・・。
なんか相変わらず利権がらみで全体を
考えていない計画なのですね。
共産党が主導しているのですか・・・・。
反対のための反対だったのでしょうか?
2009/10/6(火) 午後 2:27 [ こころが立派になればいい ]
大室寅之祐 様
その通りですよね。
“鞆公園として国の名勝及び国立公園に指定されている”
にも係わらず景観を考えないと言うのは理解不能です。
経済的効率を求めた日本は豊かになったのは
土建関係者だけではと思ってしまいます。
彼らの多くがエコビジネスの転換することができれば
日本にとって麗しいことです。
欧州では800年前の町に不自由しながらも誇りを持って住んでいます。
それこそ不自由極まりないにでしょうが、
それが自分たちの役割であるという信念を持っています。
国を失ったことのない日本には難しいのでしょうか。
2009/10/6(火) 午後 2:32 [ こころが立派になればいい ]
鞆浦は通信使寄港地として有名な浦ですが、この地において享保2年
に一揆がおきています。
たとえば、松平家が去って福山藩主となった阿部正邦は宝永8(1711)年、 朝鮮通信使の靹滞在費や千田沼改修などで多大な出費と労役を領民に強制した。これが享保2(1717)年の農民一揆(註1)の主因になっています。
さらに、 福山藩宝暦3年一揆という藩主(阿部正治(まさはる))の幕閣就任による江戸入用の捻出に宝暦3年(1753年)領内郡中へ250貫、福山城下・鞆両町に100貫、合計350貫の御用銀を賦課した。このため、宝暦の百姓一揆の遠因でもありました。
福山藩藩校弘道館教授 菅茶山についての毎日新聞1994年6月16日号記事より
朝鮮通信使は日本に何も良いことをもたらせなかった。もしあるとすれば朝鮮人参ぐらいです。
接待場所と女郎屋だけが残りました。
朝鮮通信使の滞在した地域はどんどんすたれていきます。
朝鮮通信使に学ぶものはありません、朝鮮通信使を学べば学ぶほど朝鮮が嫌いになります。
朝鮮通信使で町おこしはできません。まともな開発をすべきです。
2011/5/26(木) 午後 9:12 [ 両備バス停止中の車に追突 ]
↑の方 ご苦労様です。愛国精神の発露とは思います。
しかし、余りにも品のないハンドルネームなので書きません。他者を激しく誹謗中傷することと同様に、ご自身尾品性を貶めることになります。ご注意を。
2011/5/27(金) 午前 6:29 [ こころが立派になればいい ]