昭和07年04月05日 御厨>松浦(?)
前後の行程から松浦あたりなのだが町名の明記がない。宿は松原屋。
・・・落ちるがまゝに落ちるのにも三種ある、一はナゲヤリ(捨鉢気分)二はアキラメ(消極的安心)三はサトリ(自性徹見)である。・・・
昭和07年04月06日 松浦(?)>今福(いまぶく)
食べるだけ食べてひとりの箸をおく > いただいて足りて一人の箸をおく
★日記(三) p.87 > 句集(一)p.59。
句集で改作され、あまりにも禅っぽい語感になった。日記の初案のほうが山頭火らしい。
昭和07年04月07日 今福>楠久(くすく:佐賀県)
お地蔵さんもあたたかい涎かけ
★日記(三) p.89。
☆佐賀県伊万里市山代町 本光寺。
何やら咲いてゐる春のかたすみに
★日記(三) p.89。
☆佐賀県伊万里市山代町 本光寺。
昭和07年04月08日 楠久>伊万里
・・・すべて世間師は生活に労れてゐる、家庭的情味に餓えてゐる、彼等には宿が家である、・・・いひかへればat homeな情緒が第一要件である、清潔とか何とかは第二第三の要件である、・・・
昭和07年04月09日 同前
蕨がもう売られてゐる
★日記(三) p.94、句集(一)p.58。
・・・聖人に夢なく(*1)凡人に夢は多すぎる、執着のないところに夢はない、夢は執着の同意語の一つだ、私はよく悪夢におそはれる、そして自分で自分の憎愛の念のはげしいのにおどろく。
昭和07年04月10日 伊万里>黒川>波多津>唐津
しづかな道となりどくだみの芽
★日記(三) p.99、句集(一)p.58。
・・・緑平老のたよりによれば、朱鱗洞(*2)居士は無縁仏になつてしまつてゐるといふ、南無朱鱗洞居士、それでもよいではないか、君の位牌は墓石は心は、自由俳句のなかに、自由俳人の胸のうちにある。・・・
★:句などの出処。「日記」・「句集」・「アルバム」は春陽堂書店の山頭火文庫。
☆:句碑の所在地。
↑:背景:オリジナル画像:加工してあります。
*1:「荘子」の「大宗師」篇に、『古の真人は、其の寝ぬるや夢みず、其の覚むるや
憂い無し』。
*2:野村朱鱗洞(しゅりんどう):本名、守隣。1893−1918。松山市生まれ。19才の
とき「十六夜吟社」を結成・主宰。23才で「層雲」の選者となるが、
25才で夭逝した。アルバムp.40に写真。
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味のある卓越した文章ですね。三種の心境に日々まどろんでおりますが未だ悟りの境地には程遠く、凡夫釣りに出かけるばかりです。
御厨は松浦でしょうね。
2008/10/16(木) 午前 0:41
飛竜丸ちゃん>山頭火の日記では、御厨と今福のちょうど中間なんです。必ず泊まった町名を明記していたのに、このときだけはそれがありません。でも、松浦なんだろうと・・。いえいえ、もうサトリの境地(いい意味で)に達して釣っているんじゃないですか♪
2008/10/16(木) 午前 1:13
古い文体の中にあるat homeが、妙にお洒落に見えます。
2008/10/16(木) 午前 8:29 [ diet_photo_diary ]
りっちゃん>山頭火は神経衰弱で早稲田中退ですから・・、当時としては博学だしオシャレですね♪
2008/10/16(木) 午前 8:53
お箸をおきました。ごちそうさまでした。
2008/10/16(木) 午後 2:03 [ カーママ ]
カーママちゃん>足りましたか?本当の健康を考えると腹八分ではなく七分半がいいそうで・・。
2008/10/16(木) 午後 4:15