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2015年1月24日() 晴れ 養老山地 小倉山 単独
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7:20 養老の滝登山口 → 8:20〜9:15 小倉山 → 10:00 養老の滝登山口

 高木泰夫大垣山岳協会会長が亡くなられた。今日は告別式。その前に高木会長が愛された奥美濃の山並みを見ておきたい。
 本当は奥美濃の一座に登りたかったがそれでは葬儀に遅れる。そこで養老山地、小倉山に登る事にした。ここなら奥美濃の山並みが見えるだろう。

 高木会長は大垣山岳協会の草創期から故今西錦司氏の志を受け継ぎ大垣山岳協会の発展に尽力されるとともに奥美濃の登山に心血を注いでこられた。その著書「奥美濃–ヤブ山登山の進め−」(ナカニシヤ出版)は奥美濃の山を目指すものにとってバイブルとも言えるものであろう。
 「–ヤブ山登山の進め−」はただ単に登山の案内に留まらず文化的側面や歴史的側面の記述に多くが割かれておりその事によってその山域が更に立体感を増して迫ってくる好著だ。今改めてページをめくってみると僕の登山観と重なるところが多い。というか何時の間にかこの本から影響を受けたのだろう。
 僕が大垣山岳協会に入会したのはこの「−ヤブ山登山の進め−」を手にした後だった。自分の好きな本の著者がいる会に入った事でドキドキしていた。しかし入会した頃はすでに御高齢で山行には参加されておらず会えたとしても芋煮会と新年総会の年に2回ぐらいだった。そんな少ない機会で若輩者が言葉を交わす事は至難だ。
 幸いその頃、高木会長が大垣山岳協会の月報「わっぱ」の編集を一手に引き受けられていた。だから「わっぱ」に投稿すれば自分というもの、自分の登山というものを会長に知ってもらえる訳だ。
 初めての投稿はSTさん、KZさんと行った銚子ケ洞〜左門岳。真偽の程は確かではないが高木会長が文章を褒めていたという。その言葉に自信をつけて何度か個人山行(この頃はほとんど単独行)の報告書を会長に送った。その内の幾つかが「わっぱ」に取り上げられとても嬉しかった事を覚えている。できればこれらの山行について高木会長と言葉を交わしたかったが残念ながらそれは叶わなかった。
 高木会長を唸らせる山行をして記録に残したい。これが僕のモチベーションになっていた。しかしなかなか上手くはいかず何時しか型通りの記録が多くなりそのうち高木会長も編集から手を引かれた。
 高木会長との接触はわずかしかなかったがその中に痛恨の失敗がある。
 ある年の芋煮会。宴もたけなわになって参加メンバー全員が輪になって合唱。しかし僕はその輪の中に入りながらも隣の人と談笑していた。そこへ高木会長がつかつかと歩み寄ってきて「輪を乱すなら出ていきなさい」と一括。しまった!と思っても後の祭り。恥ずかしながら悔いの残る思い出として残ってしまった。

 デ・レーケの巨岩堰堤の前を越えて九十九折りに急登していくと三脚を背負った方が降りてきた。陽の出の写真を撮ってきたらしい。きれいな写真が撮れたとニコニコしていた。今日は朝からいい天気だ。奥美濃の山並みも見えるに違いない。
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 三方山への分岐手前から雪が付き出した。今年は多雪なので結構な積雪があるかと思っていたが意外と少ない。ここのところの雨と高温のためだろう。それでも笹原峠からはそこそこの雪が残っており小倉山の斜面はスキーができるんじゃないかと思わせる程だった。
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 小倉山からの奥美濃の眺めはやや靄がかかり期待していた程ではなかった。がそれでも高木会長とのさよならの日に山並みを眺められた事で満足した。なんとなくこれで胸を張って見送る事ができるんではないかという気がした。
 陽当りのいい石テーブルのところでしばらく休憩。そのうちにどんどん青空が広がっていった。やがて帰ろうという頃には先ほどまで雲の向こうだった能郷白山まで見えるようになった。
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 それはまるで旅立たれる高木会長を見送るために姿を現したかのようだった。そして白く輝き出した奥美濃の峰々。それでは僕もお別れを言いに行くとしよう。下山の足取りは軽かった。

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2015年1月18日() 晴れ時々曇り 若狭 芦谷山 
山日和さん、kitayama-walkさん、落第忍者さん、kasayaさん、バーチャリさん、グーさん、通風山さん、SHIGEKIさん、クロオさん、とよさん、GT ()くん、 Tsutomu 

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8:35 芦谷林道起点 → 9:10 芦谷右俣徒渉 → 11:25 P792m → 11:55 芦谷山 → 12:20〜13:30 標高850m休憩地 → 14:30 726.9三角点 → 15:25 422.0三角点 → 16:10 芦谷林道起点

 ヤブコギネットの名物企画、「スノー衆」に初参加してきた。
 スノー衆は今回で16回目だそうだ。これだけ続けていて今だ多数の参加希望者がいるということは山日和さんの企画力のなせる業なのだろう。
 今回の目的地は若狭の芦谷山。地形図に名のないマイナーな山だがブナがすばらしいらしい。山日和さんがいうのだから間違いない、と思わせるところがすごい。
 今回はGT(♂)くんも参加。本当は参加資格がなかったのだがスノーシューデビューということで条件付きで特別に許してもらった。
 土曜は天候が荒れて日本海側では結構な風雪だったようだ。その所為で北陸道も路面に雪が残りノロノロ走行。これは集合時間に遅れるなあ、と心配したがギリギリセーフ!集合場所で4台に乗り合わせて出発。
 黒河川沿いに進んで人家が途切れると路面にわずかながら積雪があった。芦谷林道の起点になんとか4台駐車して出発。芦谷林道は豊富な雪で覆われ最初からスノーシューを履いての歩行となった。これは山日和さんすら予測してなかったようだ。
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 林道は一部崩壊、そこを冷や冷やのトラバースで越えていく。他のメンバーが平然と越えていったところを見るとスノー衆ではこんなのは当たり前なのだろうか。
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 渡渉して標高点792mのある尾根に取り付く予定なのだが意外に水量が多く良い渡渉点が見つからない。仕方がないので林道を歩き通して行こうと決めたところで渡渉点が見つかった。
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 取り付いた尾根は穏やかな登りが続く。ここだけでも随分楽しい。樹間には野坂岳がのぞいていた。
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 林道に出ると雪から首だけ出したカーブミラーが立っていた。その姿から推測するとここで2m以上の積雪があるようだ。
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 前日の積雪は10〜20センチといったところか。多い所では40センチはあるか。この中を交替でラッセル。GT(♂)くんも頑張った。結構な斜度のところを黙々とそれも随分長くラッセル。西穂の経験が活きたかな。
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 尾根は徐々に太さを増し、高度を上げるとブナが姿を現し始める。GT(♂)くんに代わってラッセルを始めたところから急に痩せ尾根になりそこを越えるといよいよ本格的なブナ林。ここで一旦休憩しブナを堪能する。
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 続く急斜面も先頭でラッセル。最近体力が落ちたなあと思っていたのだがやっぱり息が切れぎれ。途中で後に付いていたkasayaさんとトップ交替。
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 すばらしいブナ林の急斜面を抜けると今度はすばらしい展望が待っていた。伊吹山から奥美濃、白山までの大展望が陽光を受け白銀に輝いている。今日は曇りの予報だったためこの願ってもない贈り物にみんなニコニコ顔だった。そして撮影会と山座同定会が始まった。
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 尾根が穏やかになると今度は霧氷の樹林がお出迎え。これも下部の状態からは期待していなかっただけに笑みがこぼれてくる。更にそこに青空のおまけまでついて願ったりかなったり。今日はみんなが山に迎えられているのだ、と感じた。
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 陽光が雪上に描き出す文様も又すばらしい。紅一点のバーチャリさんが「見て!きれい!」と言った雪上の文様は直後に陽が陰りシャッターチャンスを逃してしまい残念。
 高度を上げると若狭湾も見えてくる。野坂岳と青々とした若狭湾がとても絵になっていた。
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 主稜線に出れば樹氷とともに雪庇の描くラインの美しさが目をひく。
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 美しい風景に酔いしたりながら辿り着いた芦谷山山頂は通過点のようなところだった。というかそれまでがすばらしすぎたのだ。
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 山頂を過ぎ標高850m地点まで進んで休憩となった。ここもブナの樹氷がすばらしい。
 スコップが幾つも出てきてあっという間に雪テーブルが完成。みんな思い思いの鍋を作ってそれをつつきながら歓談。吹き過ぎる風が少々冷たかったがそんな事も気にならない楽しい時間が過ごせた。
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 下山は往路を若干戻り、442.0m 三角点がある尾根を下った。こちらもブナ林がすばらしい。また、途中で敦賀市街地と若狭湾の好展望が得られた。
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 雪の下りは楽しい。スノーシューではワカンとは違った浮遊感があり尚更。新雪のまだ踏まれてないところをぐんぐん歩いていく。みんな同じ事を考えているからトレースは登りと違って横に広がる。
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 442.0m三角点より下は植林混じりの尾根となる。最後は雪の薄い急斜面となりスノーシューを脱いでの下降。わずかに下って沢を横切ると道型があった。それを辿り芦谷林道起点近くに降り立った。空は何時しか曇っていたがメンバーは誰しもが晴々とした顔をして山日和さんに握手を求めていた。
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2014年12月31日(水)〜2015年1月3日(土) 
北アルプス 西穂高岳 OSK冬山合宿
STさん、NSさん、GT(♂)くん、Tsutomu
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12/31
8:40 新穂高駐車場 → 10:30〜50 穂高平小屋 → 
12:25 第1テン場(標高1500m)

 1/1
8:45 第1テン場 → 13:00 第2テン場(P1946m)

 1/2
8:05 第2テン場 → 11:25〜40 最高到達点(2236m) → 
12:20〜13:35 第2テン場 → 14:25 穂高平小屋

 1/3
8:25 穂高平小屋 → 9:45 新穂高駐車場

12月31日 雪後曇り
 昨年、敗退に終わった西穂高西尾根に再び挑戦。今年は早くから雪が降り年末年始も大荒れの予報が出ており不安を抱えながらの出発となった。
 新穂高は昨年よりも積雪が多い。駐車場にも20センチ程の雪が積もっていた。大荒れの予報のためか登山者用の駐車場には意外と車両が少ない。 
 小雪の舞う中を出発。ロープウェイ駅を越えた右俣林道にはトレースがあるものの踏み固まっておらずワカンを履いた。
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 穂高平も積雪が多い。小屋の軒先で休憩していた3人パーティは西穂高北西尾根を狙ったらしいが1900m地点で敗退してきたらしい。涸沢岳西尾根にのぞんだ男女2人のパーティも蒲田富士に至る前に敗退してきたとの事。厳しい状況のようだ。
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 昨年の反省から小屋からすぐの尾根に取り付くことになった。トレースはないのでここからラッセル。急斜面に積もる新雪は膝上から腰高、時には胸あたりまである。
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 テン泊荷物を背負った状態では苦しい。リーダーの判断で途中から全員荷物を置いてのラッセルになった。すでに予定していた標高(1900m)まで上がるのは難しい。途中にいいテン場があればそこまで荷物をあげ、なければ小屋まで戻って泊まる事になった。
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 僕とGT(♂)くんとNSさんの3人で交替しながらラッセル。空荷でもなかなか思うように進まない。陽が時折差して天候が安定してきたのがせめてもの救いだ。
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 標高1500m付近にテントを張るのに調度いい平があった。この先にいいテン場があるという保証はないので少し早いがここにテントを張る事に決めて荷物を取りに戻った。一日で稼いだ標高はわずか420m程。山頂は昨年よりも遠くなった。
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 STさん、NSさんがテントを設営している間にGT(♂)くんと二人でルート工作。一時間程で1650m付近までトレースをつくった。明日はここまで荷物を背負って上がりその先は空荷ラッセルを交替でする予定。
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 大晦日の夜を食担のNSさんが用意してくれた牛丼で過ごす。もちろんアルコールも入り話に花が咲いた。コンロで暖をとったテントの中は暑いくらいだった。

 1月1日 曇り時々雪
 夜中に降り続けた細かい雪は20センチ程積もり昨日つけたトレースを半ば埋めてしまっていた。それでも一からのラッセルよりは遥かに楽だ。
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 1650mより上は再びきついラッセル。トップは荷物をデポして空荷でラッセル。ある程度進んだらセカンドとラッセルを代わり荷物を取りに戻るという形式にした。荷物を取りに戻ってから追いつくのがきつかった。ジワジワと体力を奪う。
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 取り立てて難場はない広い尾根が続く。しかし急登なので苦しい。
 トップになった時は樹林の中に滑らかに積もった無垢の雪が美しくいい慰めになった。また個人的にウサギのトレースを追って行こう、なんていう遊びも入れて辛さを和らげた。
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 斜度が徐々に緩くなり記憶にある地形が現われる。やがて昨年の第1テン場であるP1946mに辿り着いた。やはり積雪が多い。後続を待って整地。
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 昨日と同じくテントを設営している間にGT(♂)くんとルート工作に出たがどうも振るわず一時間で110m程しか稼げなかった。
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 午後から急に空気が冷たくなった。寒気が入ったという事だろうか。小康状態だった雪も再び舞い出した。
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 携帯の電波が入ったので山協のメンバーに連絡をとってみると北アで遭難事故が何件かあったようだ。何れも身動きができなくなっての遭難らしい。
 夜は差し入れの黒豆や数の子、かまぼこなどが出て正月らしく過ごせ楽しい年初となった。

 1月2日 晴れ後曇り
 前日と同じく夜に降り続けた雪がトレースを埋めていた。去年の経験からするとこの先のラッセルは昨日までよりも厳しいものになるだろう。すでに予定した日程での登頂は諦めざるを得ない。そこでテントを持ち上げないで必要な荷物だけ持って行けるところまで行くということになった。タイムリミットは13時とした。
 出発時、青空がのぞき樹間から西穂高岳をのぞむ事ができた。山頂を諦めた途端の好天とは皮肉なものだ。
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 シラビソやコメツガなどの針葉樹林が覆う斜面を急登すると次第に尾根が細くなる。このあたりから倒木や低木に雪が被ってその下に空間ができているところが多くなる。昨年はこれを踏み抜いて何人かが雪の下に埋没した。足下を注意深く探りながらの慎重なラッセルが続く。それでもトップは何度か雪の中に半身を落とした。
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 更に尾根が痩せてくると稜線上に吹き上げられた雪が堆積してラッセルが深くなってくる。時には垂直近くに立った雪壁を切り崩して進むような状態だ。樹林があるというものの両側が深く落ちた状態になっているので雪が崩れたらそのまま滑落、という事態にもなりかねない。
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 しかしこういう状態の悪いところに出ると得てしてすばらしい眺めが広がるものだ。西穂高岳を初めとして焼岳や双六岳など美しい北アの景観を楽しむ事ができた。苦しいラッセルを続けた事への天からのご褒美、と言ったところか。
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 2236mの小ピークに出たところで小休止。地図を確認すると昨年2日目にテン泊したP2343mまではまだかなりの距離がある。今の状態のラッセルが続くなら13時までにそこまで辿り着けるかどうかだ。それではあまり意味がない。そこでリーダーからテントを撤収して穂高平までくだろうという提案が出された。反対する者はいない。天候も下り坂で先ほど目を大いに楽しませてくれた北アの峰々はすでにガスの中に消えてしまった。下るなら時間的にも今だろう。
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 苦しいラッセルの続いた尾根だったが下りはそのトレースのおかげで楽々と下りていける。3時間半弱かけて上がったところを40分で下りた。
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 テントを撤収し終えて下り始めようとした時、十人の大パーティが登ってきた。我々が登った支尾根の南隣の支尾根を登ってきたらしいが大部隊だからラッセルもそんなにきつくなかっただろう。更にこの先には我々が築いたトレースがありそれを考えあわせると西穂高岳まで届きそうに思えた。羨ましい事だ。
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 下り始めると今度は我々が昨日つくったトレースを単独者が登ってきた。こちらの問いに上手く応えられないようでかなり疲れている様子だった。しかし、これはありがたい。まだ踏みたてのトレースが穂高平まで続いているという事だ。それを辿れば楽々小屋まで辿り着けるだろう。
 案の定、穂高平に一時間もかからずに降り立つ事ができた。小屋の中で泊まる事になったので久々に平なところで寝られる。しかし不思議なものでその方が違和感があって落ち着かない。
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 小屋泊まりは我々の他に横浜から来たという青年が一人。翌日、槍平に向かうそうだ。彼はザックの中味をきれいに整理して身の回りに置いていた。きっと朝のパッキングがしやすいようにしているのだろう。見習いたいところだ。
 最後の晩餐を終えてシュラフに潜り込む。小屋の中にいるのだから暖かいだろうと思ったが意外や今回の中で一番寒かった。しかし眠られないということはなく程よい睡眠をとる事ができた。
 
 1月3日 雪後曇り
 前日、小屋に辿り着いて踏み固められたトレースを見た時、明日はワッパはいらないな、と思っていたが一夜で状況は変わった。トレースが全く消えてしまったという訳ではないが壷足ではちょっときつそうだ。結局、最後までラッセルからは逃れられない運命のようだ。
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 概ねトレースが残っていたものの、所々で全く埋まっているところもあった。特に驚いたのは林道下部に至って風に吹き上げられた雪で谷側に高い壁ができてトレースも埋まってしまっていた事だ。猛烈な風が吹き抜けていたに違いない。西尾根上ではほとんど風に吹き付けられる事はなかったのだが。
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 駐車場に着くと車の上に30センチ程の雪が積もっていた。まずはその雪下ろしから始まり、次いで車を出すために雪どけをした。そんな我々を嘲笑うかのように頭上に青空が広がり始めた。
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2014年11月30日(日) 養老山地 石津御嶽 
OSK還暦祝賀忘年山行(参加者31名)

9:15 登山口駐車場 → 10:00 展望台 → 11:10〜50 石津御嶽山頂 → 13:00 駐車場

 29日(土)、OSK恒例の還暦祝賀会が上石津にある施設「奥養老」で行われた。今年の対象者はGTさん、Kさん、Tさん、Yさんの4人。会はいつも通りに盛り上がって宿泊部屋に入っての二次会も深夜まで続いた。当然、朝はみんな疲れた顔。しかし外は絶好の登山日和。予定通り石津御嶽に向かった。
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 忘年山行の参加者は当日参加も入れて31名。このように大挙して石津御嶽に登るパーティはザラにはないだろうな。
 前夜の飲み疲れのためゆっくりした足取りでスタート。僕も後の方から話をしながらとぼとぼと歩いていく。
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 石津御嶽には10年以上前に登った事がある。が、その時の記憶がかなり損なわれており駐車場からして思い出せなかった。後から記録をみるとどうやら同じところに車を停め登り出したらしい。ルートも全く同じだったようだ。ただ以前は道案内や道標といったものはなかった。それは間違いがない。
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 駐車場からわずかで鳥居を潜り登山道に入る。少し登ったところに案内板が立っていた。どうやらこのあたりは公園として整備されたらしい。そのためか4合目までの道には柵が立てられ道幅も広く遊歩道といった趣だ。階段も設けられていた。
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 4合目には展望台がつくられており濃尾平野を見渡せる。快晴なら御嶽山や恵那山も正面に見えるはずだ。ここでのんびりくつろぐのもいいかもしれない。
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 4合目より上は雰囲気が変わり登山道らしくなる。わずかで樹林帯から荒れた尾根上に出る。ここは歩いた記憶がある。その時とあまり代わり映えがしていない。「二十一世紀植樹」の木々は育っているのかどうかもわからない。前に登った時もこの「二十一世紀植樹」の事は書いているから植えられて十数年は経っている。

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 ゆっくり、休み休みで進むパーティだがそれでも飲み過ぎがたたって遅れるメンバーも現われた。僕もきついなあと思いながらの歩行。風がなくこの季節にしては暑いのも辛い。
 植林の中を九十九折りに登り緩やかな尾根上に出ると広場に御嶽教信者の墓碑が幾つか建っていた。ここの他にも登山道沿いには何ヶ所か墓碑の建つ場所があり上部には覚明行者の像があった。信仰の道なのだ。

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 緩やかな尾根を進むと傍らに4等三角点。ここに石津御嶽のパネルが立てられていたが山頂はもっと先。社務所らしき小屋の前を過ぎて植林を見ながら進むと社前の広場に出る。この社あたりが山頂と呼ぶに相応しくそちらで万歳三唱。
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 見晴らしのいい社裏手で荷を下ろし休憩。北方に見える山座同定が意外と難しくああでもないこうでもない。見える角度が変わると得意の山域もわからないものだ。
 下山は往路を下った。途中、何組かの登山者とすれ違い意外と人気のある山である事を知ってなんだか嬉しかった。

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 2014年11月15日(土) 晴れ 鈴鹿 ヤブコギネット・オフ会 

7:25 朝明駐車場 → 8:10 伊勢谷登山道ブナ清水分岐 → 8:40 ブナ清水 → 9:00 キノコ岩 → 9:45 上水晶谷 → 10:15〜13:30 小峠袂のオフ会会場(11:30よりオフ会) → 14:20 根の平峠 → 15:20 朝明駐車場

 ヤブコギネットのオフ会に参加してきた。
 当初は朝明駐車場から根の平峠経由で軽く小峠袂のオフ会会場に向かうつもりだったが朝明への到着が予定より早くなった。折角だからブナ清水を見てこよう。
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 久し振りの伊勢谷登山道は近年の豪雨のために荒れて雰囲気が変わっていた。
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 そしてブナ清水の分岐点には道標が立てられていた。一般登山道化したという話はどこかで聞いていたのだが本当だったのだと改めて知らされた。
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 一般登山道化した割には踏み跡は薄く慣れない登山者なら見失ってしまうかもしれない。目印も少ない。何となくホッとする。
 ブナ清水周辺の樹林は既に冬枯れ状態だった。駐車場周辺が紅葉の盛りだったので少し期待していたのだが。樹林の上空を冬の風が吹き抜けていって寒々とした唸りをあげていた。
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 ブナ清水からキノコ岩までは冬枯れのためだろうか、あっけらかんとした雰囲気だ。以前もこんな感じだったのだろうか。思い出せない。登山道では霜が立って土を持ち上げていた。寒い。
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 キノコ岩の上に立とうと思っていたが強風の中では成し難く安全なところから眺めるのみとなった。物足りない感じだがしょうがない。
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 国見岳からの登山道に出て西に向かう。途中から登山道と別れて標高点995mが記されている尾根を下っていった。地形図で感じていた険しさはなく穏やかな尾根だった。下部に広がる樹林は冬枯れしているものの気分のいいところだ。ほっこりしたいと思うが吹き抜けていく風が冷たい。
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 目印もしっかりしていて迷うことがない。そのおかげで随分早く登山道に下りる事ができた。というか早すぎだった。明らかに時間の読み違えだ。
 どうしようかなあと思っていると上水晶谷あたりで前方を歩く登山者が見えた。雰囲気からしてヤブコギネットのメンバーっぽいなあ、と思って追いついてみるとグーさんだった。ヤブコギネットのメンバーって他の登山者とは違うオーラを放っているのかもしれない。
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 久し振りのグーさんと話をしながら会場に向かう。途中、神奈川から見えたご夫婦にあった。ご主人は鈴鹿に魅せられて何度か通ってきているのだそうだ。それほどの魅力が鈴鹿にはあるのだと改めて知る思いがした。
 会場近くに至って吃驚。小峠東の872ピーク西側がごそっと崩壊してその土砂が川原を埋めていた。まさかこんなことになっているとは。自然の力のすごさに驚かされた。
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 オフ会会場ではすでに落第忍者さんが待っていた。その後、ぽつりぽつりと集まる面々。お互いに壁はなくあまり顔を出していなかった僕にも旧知の友のように話しかけてきてくれる。この雰囲気がこの会のいい所だ。
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 集まったメンバーは開会時には12名で女性の顔はなし。オフ会始まって以来の少なさだという。土曜日という変則開催日(日曜開催が通常)のためだろうか。まあ、それはそれでいいだろう。と納得していたところへ遅れて女性を含む6名が現われてそこそこの会の規模になった。ナメコを探しにいったグーさんが開会に遅れるというハプニングがあったものの自己紹介で会が盛り上がり気付けば13時を過ぎていた。
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 まだまだ話足りないものを抱きながらみんな笑顔で再会を約してそれぞれのルートへと散っていった。次に集う時にはお互いにどんな話を持ち寄ることになるのだろう。そんなことを思いながら晩秋の登山道を歩いていった。
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