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第十四回「だんだら羽織」
新選組といえばコレ!!
という人も多いでしょう。
新選組が登場する映画やドラマでは絶対に着用される羽織の話。
浅葱色で袖口に白い山形模様の入ったこのデザイン。
どう見たってちょっとダサいですよね。。。
京都に着いてまだしっかりしていない新選組がなぜ、制服をつくったのでしょう??
まだしっかりしていないからこそ必要だったんです。
名前もはっきりせず、仕事も安定していない、でも人材は欲しい・・・となればなにか宣伝材料、しかもインパクトの強いものが必要です。
そこで彼らは制服を作ることを思いついたわけです。
でも会津に雇われたばっかりの彼らにはオーダーメイドの制服を作るような資金はありません。
隊士たちは作成資金のために大坂の商人からお金を借りることにしました。
もちろん返す気はありません。
カツアゲですよ。
押し借りですよ。
大坂の豪商の店にいきなり押し入ってお金を「借りる」訳です。
んで、困ったときには京都の屯所にくれば助けてやるという口上書きまで残していきました。
京都でやらなかったのは自分達が取り締まっている不逞浪士がやっている金策強談と同じことをしたくないというプライドのためだったのかもしれません。
結局、百両の大金を豪商から借り、大丸呉服店で発注しました。
あの、ちょっとダサい制服のデザインは「仮名手本忠臣蔵」に登場する四十七士の討ち入りの衣装のデザインです。
主君への儀に殉じた彼らの姿は新選組の隊士にとって憧憬の対象だったわけです。
今で言うコスプレでしょう。
さらにそのデザインに武家の死装束である浅葱色を基調としました。
(浅葱色とは薄い青な感じの色です)
素材は麻で夏物として作成されたようです。
確固たる意思表示ですね。武士になって主君の儀に殉じたいという・・・。
プラスPR効果も絶大なものですし。
そしてこの制服を着た隊士たちが大坂で目撃されています。
その後も八月十八日の政変の時にも総員の着用記録が残されています。
しかし、総員着用の記録はそこまでで、その後は残っていません。
あの池田屋事件でも数人が着用した以外は着られなかったようです。
制服のコンセプトは大きかったのですが、デザインの突飛さと表裏一体でした。
そして池田屋事件などを経て、組織が著名になるにつれ、この羽織は必要性が消えていったのではないでしょうか。
映画やドラマのように終始着用されることもなく、わずか半年あまりでこの羽織は使命を終えました。
そして、実物も今日、残っておりません。。。
もし、この羽織の実物が発見されでもしたら、間違いなく重要文化財クラスのお宝なのではないでしょうか!?
どこかに残ってナイかしら・・・。
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へえ〜 だんだら羽織はコスプレだったのか(笑) 確かにあれを着ていれば目立ちますよね。 僕は結構好きですよ♪
2005/11/2(水) 午後 6:05
あはは☆そうです。だんだらはコスプレですよ、皆アキバ系です(笑)広告&制服&意思表示をかねていたので中々いいものでしたけどね♪
2005/11/2(水) 午後 8:18