打ち出の小槌が欲しくない? 暮らしの中の仏教語より
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皆さん大黒様の打ち出の小槌って知っていますか?
そう『振れば何でも欲しいものが出てくるというこの小槌』です。
その大黒様の次のご縁日は9月11日甲子の日です。
六十日に一日だけ廻って来る縁日です。
その打ち出の小槌と観音様がお持ちになってる水瓶が同じ効用を持っているんですって!
そして、その水瓶・徳瓶は持戒によって得ることが出来るかも?
自分の得手を充分に活かして、戒を守ればいいみたい!
ぜひ、この『広大寺』さんのメルマガを読んでみて下さい・・・・
***** 以下 転載記事 *****
:■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ --------暮らしの中の仏教語 第300話------------ *******今回のお話は「打ち出の小槌 徳瓶 徳分」***************** 毎月10.20.30日発行 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ =======広大寺からの ご 案 内 ========== テレホン法話 毎回皆様にお届けしている 広大寺「暮らしの中の仏教語」の最新のお話を 電話でもお届けしております。 ぜひこの機会にダイアルしてみては如何でしょうか? 3分弱でお聞き頂けます。 ※普通通話料のみご負担下さいませ。 電話番号は 0250−23−1155 こちらまで! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 第300話 通算959話 打ち出の小槌 徳瓶 徳分 皆さまは「一寸法師」の話を御存じでしょう。 「鬼が持っていた打ち出の小槌」を取り上げ、 「大きくなあれ」と言いながら姫様が振ると、 一寸法師は立派な青年になります。 この小槌は、どんな願いも叶えてくれる不思議な槌で、 姫様と一寸法師は、その後結婚して幸せに暮らしたそうですね。 「打ち出の小槌」は大黒様の持ち物としても、人口に膾炙しています。 振れば何でも欲しいものが出てくるというこの小槌は、 福の神としての大黒様には必需品でしょう。 大黒様はインド伝来の神様で、ヒンズー教の シバ神の化身・マハーカーラ(摩訶迦羅)に由来しています。 仏教では天部の神様・大黒天となり、その後、 日本の大国主命(大国→ダイコク→大黒)と習合して、 日本流の「大黒様」となりました。 大黒天の話はともかく、 打ち出の小槌は 人間も欲しがるものですね。 「アラジンのランプ」や「仙人の杖」など、 願いの叶う物を所有している者の話は、世界中にあります。 そしてそれを手に入れた人間の話も、あちこちで語られています。 観音様の持っている「徳瓶(とくびょう)」という水瓶も、 求める物が何でも中から出てくるという瓶ですが、 これは実は、「持戒」を徳瓶に喩えたものでした。 私達も仏の戒めを持すれば、 徳瓶を手にすることができるかもしれません。 いや、既に持っている人がたくさんいらっしゃいます。 人にはそれぞれ「徳分」が具わっていますね。 自分に具わっている良い条件の事です。 得分の字を当てて、自分の取り分を言うこともありますが、 生まれながらに与えられている財産や健康もその一つでしょう。 今既に手にしている徳分に感謝しながら、 「徳分という打ち出の小槌」を振り、 更なる福徳を得るよう持戒精進してゆきたいものです。 終わり ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 編集後記 昼の長さが縮まり、太陽の照る方向が傾いているというのに、 猛暑は一向に収まる気配がありません。 人間が地球環境を壊し始めてから、100年以上経つでしょうか? 他の生き物を巻き添えにしながら、滅びへの道を辿っている人間達。 天候異変だけでなく、自然の大きな怒りを被る日が、 一歩一歩近づいてくるようです。 その日が、少しでも先送りされるよう、 私達だけでも、自然を大切にする毎日を送っていたいものです。 今回もお読み頂き、有難うございました。 A.K. ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○● 次回のメールマガジン配信予定日時は、10日後です。 次回の「暮らしの中の仏教語」更新日も同日です。 法話サイトにも ぜひお立ち寄りください。 【サイト】 http://www.koudaiji.com ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「暮らしの中の仏教語」公式サイト 広大寺ホームページには 広大寺住職の法話が、随時更新されております ぜひ、皆様お立ち寄りになり、読破してみては 如何でしょうか? 暮らしの中の仏教語メールマガジンを読んでの ご感想お待ちしております。 広大寺「暮らしの中の仏教語」公式HP http://www.koudaiji.com メールマガジンの変更解約などは当サイトよりお願い致します。 http://www.koudaiji.com 毎日使う言葉の中に「仏教語」が存在しているのはご存知ですか? ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ◎暮らしの中の仏教語 のバックナンバー・配信停止はこちら ⇒ http://archive.mag2.com/0000090181/index.html |

こんばんは。
”打ち出の小槌”すっごくほしい!!です。
ねがいが全部叶ったら、どんなに素敵でしょうね?
2010/8/31(火) 午後 7:11 [ みみりん ]
先ず問題が無くならず、どんどん蓄積して行きます。物の道理には正しい筋道が存在しますが、精神論に偏った宗教思想には道理は感じられません。
人それぞれ自由に信仰をしています。
悟りを広めて世直しなんて出来もしない宗教活動は考えるのを止めました。
神に創造されてこの世で人間として生きている自分、まず自分の生き方を定める事に専念します。
一人の人間が完全に自分の人生を定める。
形ある物全て定められています。
人の心は定まらず。だから人間の生き方も定まらず
その道が滅びてしまう。自分でなければ自分の心を定める事が出来ません。自己を確立して下さい。
2010/8/31(火) 午後 9:29 [ カメさん ]
ganbattedreamさん。こんばんは。
徳を磨き、徳を積んでいれば、徳瓶と同じ様な作用がもたらされる様ですから・・
焦らず、ゆったりと自分の得手を伸ばし、人に優しく生きましょう。
キット『打ち出の小槌」が手に入りますよ!
2010/8/31(火) 午後 10:33
カメさん。こんばんは。
そう、自己確立は、ある意味で基本かもしれませんね。
ただ、幾ら言葉でそう言っても、自己確立はできませんから、何を実践するかになりそうです。
2010/8/31(火) 午後 10:35
自己確立は言葉では無いですね。
だから本当のところは説明できません。
自らが工夫する事なのかも知れません。
道理として捉えれば、そんなに難しいモノでは無いのですがね。なんたってゼロの話ですから、考えてもどうにもならず、考える事を止めて詰まった知識をリセットすれば、空っぽになった心の画面に神からのメールが届く。神を信じ切れていなければ神に問う事も無く、従ってメールも届かない。
道理、話の筋道とはそういうモノです。
2010/9/1(水) 午前 6:51 [ カメさん ]
カメさん。おはようございます。
そうですね。釈尊も『捻華微笑』の教えを残されて居ます。
『不立文字』とも言われます。
(一寸間違えが有りましたので、再投稿しました。)
2010/9/1(水) 午前 10:09
信心は人間相手でも無く宗派、教義、戒律、知識相手でも無く、宗教の教えを頂いたならば、神を相手に我が心の信心の道を求めるモノだと理解します。
ですから勉強して情報、知識を得る事は組織信仰にとっては必要ですが、個々の人の思いの中にある自由な信仰心、或いは宗教心と言うモノは自然に授かった物であり、教祖たちの思いが伝わってくると思います。情報や知識では無い、思いなんだ。
そう言う思いが強く成って来ます。
2010/9/1(水) 午後 10:22 [ カメさん ]
カメさん。こんばんは。
僕は、信心は、それが神仏であれ、山や岩の自然物であれ、自分自身であれ、自分が信じる物を信じ切るのが信心だと思っています。
と言って、信心があれば、自ずと全てが判るとは思いませんから、先人・古人の教え・智恵を学んでいます。
2010/9/1(水) 午後 10:38