人間釈尊の本音!「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」」 その五十
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3月15日以来中断しておりましたが、毎日とはいきませんがポチポチ更新して参ります。と更新して既に3週間たってしましました。
が、2〜3日に一度は更新したいと思って再開します。よろしくお願いします
先日1月31日に『今日嬉しかったこと』のタイトルで、先日までUPし続けていた田上先生の『六方礼経』に続いて、
『田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」』と 『田上太秀著 「涅槃経」を読む』の2冊の転載のお許しを頂けたことをUPいたしました。 一昨年7月にUPした「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」」は、 或る意味ではサマリーとも言えますので、先ずは、あらすじを見て頂くと言う意味で、再掲出致しました。 これから、ゆっくりと全文をUPしてまいります。 内容紹介
釈尊の入滅後、仏教は各地へ伝播しやがて6世紀には日本へも伝来した。しかし、インドと遠く隔たる日本へ遥かな歳月をかけて到達したのが、釈尊の説いたままの仏教であったかと問えば、答えは否である。 釈尊はもともと何を教え、どこへ導こうとしたのか?偶像ではない人間釈尊の言と行とに、その本音を探る。 著者 田上 太秀 1935年ペルー・リマ市生まれ。駒沢大学仏教学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。同博士課程満期退学。駒沢大学仏教学部教授。駒沢大学禅研究所所長。文学博士。著書に『禅の思想』『禅語散策』『道元のこころ』『仏陀臨終の説法──完訳・大般涅槃経』(全4巻)『仏教の世界』『釈尊の譬喩と説話』『四十二の教訓──四十二章経を語る』『迷いから悟りへの十二章』等多数。 目次 1 インドにも「諸子百家」がいた 2 釈尊の立場と伝道 3 過去の因習を超える 4 日常生活に根ざした教え 5 男女平等を説く 6 国家・国王との関係 7 俗世と出家 8 霊魂を否定し、無我を唱える 9 ブッダになることを教える 10 出家者の正しい生活態度 11 釈尊後の仏教 12 大乗仏教の誕生 13 意識下の世界を見る 14 ブッダになるために ***** 以下本文その五十 *****
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前々々回でこの本の転載は終了ですが、
学術文庫版には、多くの注記が追加され、また、湯田豊先生の解説も付加されて居ります。 そこで、解説を引き続き転載させて頂きます。
********** 解 説 (続き) 湯田 豊 Ⅲ
「ブッダになる」ことが釈尊のメッセージであると考え、どのようにして、人間はブッダになれるかという青写真を田上教授はわれわれに示してくれます(一六六― 一八五頁)。ところで、ハイデガーと並んでニーチェ解釈を代表するアメリカの哲学者、カウフマンは宗教の本質を”神のようになろうとする熱望”であると言明しました。確かに、宗教の本質は自己自身を向上させようとする熱望です。田上教授は、”ブッダになる”為の道をわれわれに示しました。”ブッダになるために”われわれは極端に走ることなく、バランスのとれた生活をすべきだ、と彼は強調します。「行ないが、動きが、はたらきがすべて教えそのものとなる」ような心境に達した人こそ、ブッダである」―この言葉をもって『仏陀のいいたかったこと』という書物は完結されています。彼のこの書物は仏教のABCさえ知らない人々にとって最良の入門書であるばかりでなく、仏教を専攻する研究者にとっても有益である、と、わたくしは確信します。『仏陀のいいたかったこと』が、西暦二〇〇〇年の初頭に出版されることを、わたくしは大きな喜びをもって歓迎します。
―――――― ・―――――― 今、『仏陀のいいたかったこと』に対する解説を書きながら、わたくしは大学院時代を懐かしく思い出しています。田上太秀と湯田豊一 二人は同じ年に東京大学大学院の修士課程”印度哲学科”に入学し、同じ年に博士課程に進学し、同じ年に博士課程を修了しました。 田上太秀は、わたくしの最も親しい同級生だったのです。当時は、二人とも若かった。若き日の田上太秀は血の気が多く、いつも活気に満ち、行動的で、よく哄笑し、楽天的でした。 そんな彼の同級生であったことを、わたくしは今でも誇りに思っています。 博士課程を修了した年の春、仏教研究への燃えるような情熱を胸に秘め、彼は駒澤大学に奉職して、後に仏教学部の教授になりました。やがて彼はアメリカ、カリフォルニア大学のロサンゼルス校に留学し、仏教研究の大きな成果を携えて帰国し、現在に至るまで駒澤大学で教鞭をとっています。また学外での活躍もめざましく、NHK教育テレビでも、彼は講師として仏教について語っています。 田上博士は、インサイダーとして内部から仏教を変革しようと努力しています。換言すれば、彼は仏教の内部に身を置きながら、伝統的な仏教に挑戦し、それを徹底的に批判し、仏教の「脱構築」を図っているとも言えます。『仏陀のいいたかったこと』は、古い仏教の脱構築として理解されてよいのではないでしょうか。田上太秀の仏教研究の根底にあるのは、”ブッダになる”という熱望です。彼は、常に現実との接点を見い出し、現実に対して心を開こうとしています。田上太秀とわたくしは対照的です。彼が”ソフト”であるのに対し、わたくしは”ハード”ですが、彼が”ソフトである”というのは、あらゆる人間に対して優しいということなのです。本書『仏陀のいいたかったこと』は、人間理解に対しての、彼の”優しさの結晶”として読まれるべきだ、と(も)、わたくしは思います。 (神奈川大学教授) 以上を持って「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」」の掲載を終わります。
田上先生、本当にご好意ありがとうございました。
お陰さまで、多くの人たちが、この本を垣間見る事が出来た事と思います。
なお、引き続き田上先生の『「涅槃経」を読む ブツダ臨終の説法』をUPさせて頂きます。 |


