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小川国夫氏は1927年生まれ。静岡県藤枝在住のカトリック作家。
この本は、1987年出版だが、「いつまでも読まれるべき名著だ」と言われている。
 レントの中で、私はこの本を取り出して再読した。この本は、じっくり味わって読まなければならない。加藤常昭牧師の「一日一章」によると「哀歌4章10節を引いて『憐れみ深い女の手で自分の子供を煮炊きした。わたしの民の娘が打ち砕かれた日、それを自分の食糧としたのだ』作家はこの預言者の悲しみを共有する。小川さんは、聖書の文章の組み立ては『審きの形式』と呼ぶべきだと言われる。神の審きを深く恐れつつ、人間の罪の現実、憐れみ深いと呼ばれる女たちが、自分の子どもを煮炊きして食べる現実を見つめる。そして、これが古代の話ではないのだ、と信仰の作家は言う」
 聖書にはこのような残酷な場面があるが、これは紛れもなく今の世界、日本の現実であることに驚く。
 しかし、エルサレムの荒廃は、終末世界の前兆で、必ず回復される。神に背いた我々を神が赦されないのは仲介者がいないからだ、と仲保者を待望する思いがイザヤ書に記されている。
 最近は裁判のことが問題になっているが、理想の裁判への希望が終末論の核になっている。私たちは、それを待っているのだ。
 小川氏の旧制高校時代の友に秀才がいた。ノイローゼになるほど苦悩した彼が告白する。「悩み苦しんだときに、神のほうから自分を見つけてくれなければ駄目だ」。
 この友人に接することによって、小川氏は思う。「例えば、聖書によって、人間の陥らざるを得ない悲惨を先取りすることです。<ヨブ記>でも他の預言書でも読んでおくことです。つまり、自由とか安全とか福祉とか権利とかきれいな言葉を並べ、目標として追求するだけではなくて、預言書をあらかじめ読んでおいて、普通のおもわくを超えた悲惨な予想に備えるのです。,,,終末論には心の準備の意味があると思うのです」。
 私はこの本を再読して、難解だと敬遠していた「ヨハネ黙示録」を読もうと思った。

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人間の陥らざるを得ない悲惨を先取りすることです
>深い一言です。
いや、深い。

2007/10/31(水) 午後 4:16 pok*78 返信する

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