布施弁財天(柏市布施)は、古墳の上に建っている!
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千葉県柏市の、あけぼの山農業公園に隣接する、紅龍山 布施弁天 東海寺ですが、実は、古墳(弁天古墳)の上に建っているそうです。弁天古墳は、前方後円墳なんだとか。 これは、昨日2011年11月13日、柏市沼南公民館で行われた講演会で、大塚初重氏(明治大学名誉教授)がおしゃっていた事。氏の表現ですと、「布施弁財天は、弁天古墳の上に乗っている」との事でした。 この講演会は、 現在、柏市郷土資料展示室で行われている展覧会(リーフレットから) http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/61083525.html (2011年11月7日UP) で掲載したリーフレットに載っていたもの。 「あんまり聴講者なんていないだろうなぁ」なんて思い、枯れ木も山の賑わいとばかりに参加してみたのですが、満員とは行かなかったものの、数百人の聴講者がいたものと考えられ(数は数えなかった)、結構な盛況。びっくりしました。 それにしても、「13:00〜」って事しか知らずに行ったので、こんなに時間の掛かるものだと思わなかった。それに、13:00〜って書いてあって、実は13:20開始って、ど〜ゆ〜事?柏市役所での時間の感覚は、こんな感覚なのか?? まあ、「第58回 柏市文化祭」てリーフレットが柏市沼南公民館に置いてあって、そこには、 13:00 開場 13:00 開演〜15:40 終演予定 と明記されていましたが(24時間表記ではなく、pm表示)。 勿論、講演会の趣旨は、「布施弁財天は古墳の上に乗っている!」なんて事ではなく、 (1)手賀沼周辺の古墳の出現は、3世紀前半〜3世紀半ばから(戸張一番割古墳など)。 (2)5世紀(倭五王の時代)は、首長の下に仕える(中規模の古墳を作った)集団も武装していた(金塚、花野井大塚古墳など)。これは、奈良時代初期に成立した和名抄に出て来る下総 倉麻(そうま)群の6つの郷のうち、手賀沼周辺で5つの郷を占めていたと考えられる事からも、大和朝廷の支配が手賀沼周辺に及んでいたものと推定出来る。 なんて事を言ってた訳ですけどね。 ど〜しても、ヘンな事ばかりに目が行く(笑)。例えば、手賀・原古墳1号墳の様に、前方後円墳のうち、方形部分がやたら短いもの(何らかの政治的規制があったと考えられているらしい)を「ホタテ貝型古墳」と呼ぶ、とかね。 そんな中、「布施弁財天は、古墳の上に乗っている!」に耳を奪われた訳。確かに、あそこだけ、ぽつんと山になってますもんね。どこら辺までもともとあったもので、どこら辺から人が盛ったものなのか、気になりますが。そんな事で言えば、亀甲台も古墳??(笑…別の可能性を妄想したものとしては、http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/37524063.html など) ちなみに、弁天古墳からは石枕が出土しているらしい。石枕は、千葉県(房総)が全国で出土するものの約半数を占め、千葉県、特に印旛沼周辺で特に多いものらしい。でもって、石枕も千葉県産と目されているとか。 今、千葉県では、こんな展示も巡回しています。 関宿城博物館に来ていたときは、私はスルーした代物なんですけどね。 また、手賀沼周辺の古墳の分布については、以下の図を参照して下さい。 弁天古墳は、前方後円墳ですので、初期の古墳ではありません。ですので、次の図には出て来ません。 ところで…運河の近くにも(流山市域)、古墳があるんだよね。「古墳の森」なんてものもある。あそことの関連は、どうなるんだろう?時代が少しずれるのかな?「運河」なんて、明治時代になってから作られたものですから、水運で結ばれていた、って簡単には言えない訳ですから。 なお、布施弁財天を知らない方は、画像での紹介として、http://www.minami-nagareyama.org/gallery/kashiwa/fusebenten.htm を ご参照下さい。 関東三大弁財天の一つなんだそうです。 この記事の画像は、一番上の二つを除き、カーソルを合わせてクリックすると、別ウィンドウで大きく表示されます。
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2012年1月 美術館、博物館などの訪問実績 〜その2
〜 「その1」( http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/61289397.html )から続く 〜 <実際に行った博物館など> 房総のむら(ついでに、風土記の丘+坂田ヶ池公園+ドラムの里。坂田ヶ池公園は、充分に見たとは言い難い。風土記の丘は、見逃したところ=後で見ておきたいところ、は残るが、それなりに見た) …2012年1月3日に約7時間、2012年1月7日に約3時間、の滞在。 → 房総風土記の丘資料館は、通覧(約1時間〜1時
2012/2/5(日) 午後 8:37 [ 黄色いコタツ猫@日立柏酒場裏 ]
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一番割遺跡/弁天古墳/我孫子古墳群(水神山古墳/金塚古墳含)/東深井古墳群など、古墳時代に関わる頃の手賀沼周辺 や 東葛地域の様子を概括的に見るのであれば、ビジュアル的にも読みやすい『千葉県の歴史 資料編 考古2(弥生・古墳時代)』がお勧めです。
文字が多くなりますが、『千葉県の歴史 通史編 原始・古代1』もあります。 90年代初めの発刊なので「古い」ものですが、『房総考古学ライブラリー 5/6 古墳時代 1巻/2巻』も読み応えがあります。
全て、柏や近隣の市立図書館(本館) や 八柱にある西部県立図書館には所蔵されているはずですので、気になる箇所を拾い読みされてはいかがでしょうか。
なお、図書館によって、貸出対象かどうかの扱いは異なるはずです。 また、県史につきましては、まだ頒布もされているのではないでしょうか(高額ですけどね・・・)。
2011/11/16(水) 午後 9:55 [ 通行人 ]
>通行人 さん:
お教え頂き、ありがとうございます。ですが…
今まで私が古墳に興味があったかと言えば…そんな事はありません。せいぜい近年のGWのある一日、開放感と共に午前中に読んだ5冊のうちの1冊が角川選書の広瀬和夫・著「前方後円墳国家」で、感銘を受けたくらいのもの。
その後、霞ヶ浦湖畔を走っているときに、国道355号線横に三昧塚古墳(行方市沖洲)を見つけ、復元整備されているので、上などを縦横に歩測(笑…遊んだだけ)して回りました。この古墳の発掘調査をしたのが、たまたまですが、今回公園していた大塚初重氏だったと云う縁があります(縁なんて、縦横に繋がるもの)。
ご紹介して頂いた書籍ですが、きちんと、興味を失わずに読める自信はありません(爆)。ですが、今度、千葉県立西部図書館に行った際にでも(あそこは、土日開館していた筈)、探してみます(探すだけかも)。
ところで、千葉県立東部図書館て、匝瑳市だったかにあるのを夜、車で走っていて見つけ、その立地に驚いた事がありました。千葉県立南部図書館もあるのかな?(←検索しても、出て来ない)
2011/11/17(木) 午前 0:15
『資料編 考古2』はカラーなので、時間が余って他にすることがない時に、パラパラと眺めるだけでも気晴らしになるかも。 東深井の「古墳の森」の疑問も、解けるかもしれません。
それでは、これにて。
2011/11/19(土) 午後 5:54 [ 通行人 ]
>通行人さん:
ありがとうございます。そのうち…。
ところで…柏市の歴史の中で今見てみたいものって何だろう?と考えてみた結果、光ヶ丘団地造成前の光ヶ丘の塚の全体像なんですが…そんな資料ありますかねぇ?蟻塚の様に、塚が並んでいた、との話もあるんですが。今残ってるのは、首塚と耳塚くらいのものですし。
あそこは、境井根合戦跡地らしいですから。
2011/11/19(土) 午後 7:45
実際に目を通してはいないので内容は分りませんが、かすっていると思う「光ヶ丘」という表題だけで探ってみた限りでは、下記の様な報告書がありますね。 蔵書検索はしてませんが、県立西部図書館 か 柏市立図書館(本館)にはあるのかなぁ? これらの中に、塚群の全体図(分布図)なんかが掲載されているかもしれませんが・・・(分りません)?
◎ 光ヶ丘塚群1号塚・2号塚測量調査報告書 1992年 柏市教育委員会
◎ 柏市光ヶ丘団地埋蔵文化財調査報告書 1998年 千葉県文化財センター調査報告第326集 旧県文化財センター
◎ 柏市光ヶ丘団地埋蔵文化財調査報告書2 2001年 千葉県文化財センター調査報告第418集 旧県文化財センター
大してお役に立てずにすいませんね。 あまり、戦国時代を含めて中世以降にはアンテナを張っていませんので・・・。 ということで。
2011/11/20(日) 午後 9:52 [ 通行人 ]