寂しい家屋
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私が降り立つバス停の前の家が、寂しい佇まいをしている。
夜でも灯りがとんと見えない。近所の情報に通じている母に尋ねたら、 ただ一人のご主人が入院中という。 あそこは息子が三人いるんだけれど、みんな外に出て家を持っているからね。 長男が結婚して、しばらく一緒に住んだことがあった。けれど、そのときに生きて いた奥さんが、お嫁さんをいびってね。それで、長男の家族は出てしまった。 その奥さんも五年くらい前に死んだので、今は、Kさん一人住まい。 やはり物にも魂が宿るのだ。家も、住む人の気配がなければ、まるで魂が抜けた かのような様相を呈してくる。 そして、もう一件、寂しい家がある。我が家の隣家である。年が明けて、 奥さんが中学生の長女、長男を連れて家を出てしまったのだ。何があったのか 定かではないのだけれど、離婚に至ったということらしい。 奥さんが少しずつ、荷物を運んでいるという。今ではカーテンも取り外されて しまった。17年間お隣さんであったのだから、これは実は、私には結構こたえた。 家は、やがて売りに出されるという話である。 さて、その家は、どんな人が買うのだろう。どんなに質(たち)の悪い家族だとしても、 子沢山の大家族がいいな、と思ったりする。そうすれば、家が多くの「気」で満ちて 活気づくだろう。寂しくなくて良いではないか。 |

