4月1日、職場に復帰してからの毎日は、今まで経験したことのない忙しさです。
山積みになった仕事をこなすだけでなく、震災で起きた前例のない問題に取り組むことも多々。
でも、いわきだけでなく、被災地には、仕事を失ってしまった方がたくさんいるのです。
ばたばたしながらも、時々、そのことを考えています。
原発事故が起きて以来、いわきは風評被害を受けてきましたが、
復職してからは更に、いろいろな話を聞くようになりました。
テレビでも「いわきナンバーのトラックが、都内を走るなと取引先に言われた」とか、
「南相馬市の子が、スクリーニングを受けなければ診察しないと医師に言われた」など、
いくつか報道はされています。
ネットでも、真偽のほどはともかく、ひどいうわさが流れていました。
「いわき・福島ナンバーの車がガソリンスタンドで給油拒否・ファミレスで入店拒否された」
「駐車場に止めていたら『汚染車は来るんじゃねえ』と落書きをされた」
「レストランの駐車場に『福島・いわきナンバーお断り』の貼り紙があった」など……。
かつて、茨城県の東海村で大きな原子力事故があった時、
少なくても、私の周囲にいるいわきの人は、誰もそんなことをしませんでした。
水戸ナンバーの車だから、落書きをしてやれとか、汚染されているから一緒にいたくないなんて、
思いつきもしませんでした。
少なくても、私の周囲にいるいわきの人は。
実際に私が見聞きした話も、いくつかあります。
震災前によく行っていた雑貨屋さんは、本社から
「第一原発から50km以内の店は撤退」と指示されて、閉店してしまいました。
大手ケチャップ製造会社2社は、市内のトマト生産者との大規模な契約を、
「安全性が確認できない」と解除してしまいました。
(本当は「いわき産のトマトを使ったケチャップは売れない」から、ですよね?
完全ハウス栽培のトマトは安全なはずだし、不安ならスクリーニングすればいいんですから)
又聞きですが、遠距離恋愛をしていた女性が、いわきの人との結婚は放射能汚染が不安だと、
彼氏から突然、別れを切り出されたという話も……。
県外から来たお客様にお茶を出すと、中には一口も飲まず、そのまま帰る方もいますが、
一滴残らず飲み干していく方もいらっしゃいます。
空っぽになったお茶碗を見ると「ああ、この人はいわきを嫌だとか、汚いとは思っていないんだな」と、
嬉しくなりますね。
原発がある大熊町・双葉町もいわきナンバーですし、県外の方が福島の地理を知らないのは
当たり前ですので、いわき=放射能汚染、とイメージしてしまうのは、仕方のないことだと、
頭ではわかっています。
でも、すべてを呑み込んだあの海が、今はきれいな風を通し、いわきを放射能から守っているおかげで、
私たちは避難の必要も可能性もなく、普通に生活できているのです。
勿論、第一原発の近くに暮らしていた、今は避難されている方々も、事故が起きてすぐに移動されましたから、
被曝などしているはずがありません。
私の感情になってしまいますが、自分が暮らしている街や人、農産物が、汚いもののように扱われるのは、
本当に悲しいことです。
この悲しさをたとえる言葉が見つからなければ、この記事を書くことができないと思い、
更新せず、一週間ずっと探していたのですが、見つけることができませんでした……。
***
昨日(4/23)、久しぶりに友達に会い、震災以来初めて、行きつけのお店で食事をしてきました。
3月11日以前は、いわき産の野菜ばかり使っていたマスターは、
「今は椎茸とトマトとねぎしか、地元産のものは手に入らないんだよ。今日はやっとアスパラが買えたけど」と、
とても悲しそうでした。
このお店に行くといつもオーダーする、温野菜を昨日もいただきましたが、ほとんどが他県産ということが、
不思議で仕方なかったです。
「ふくしまに祈りを」
お会計のとき、マスターから小さなシールをいただきました。
3種類ありましたが、このシールの売り上げは、すべて義捐金になるそうです。