マルクス・キーソン『touched echo』
様々なテクノロジーを用いて作られた作品が並ぶ中,
「骨伝導」の技術を用いて作られたのが
マルクス・キーソンMarkus Kisonの『touched echo』だった.
私たちが普段耳にしている「音」と言うのは,
空気の振動が鼓膜に伝わり聴覚神経を刺激したもの.
それに対して骨伝導と言うのは,
頭や首など耳に近い部分の骨に
特殊な振動を物理的に伝えることによって
直接,聴覚神経を刺激し「音が聞こえる」状態を作り出すもの.
これは一般的には特殊なスピーカーやヘッドフォン,
もしくは補聴器に応用されている技術で,
それをアートに転用したのがマルクス・キーソンの試み.
何らかの技術をアートに転用するに当たって,
どのようにするのかと言う問題は非常に重要だ.
もしそのやり方を間違えれば,出来上がる作品は,
単に「最先端の技術を用いた大げさなおもちゃ」
に成り下がってしまう.
現に本展の会場にはそのような作品が散見された.
いやしくもアート部門に出品された作品であるならば,
しっかりとした芸術性を備えていなければならない.
その要求に応えられないと言うのであれば,
部門を変えてエンターテインメントの方に移ればよいだけの話だ.
『touched echo』にはアート部門で十分に通用する芸術性がある.
マルクス・キーソンはこの作品の中で骨伝導の技術を,
「聞きたくなくても聞こえてしまう類の音を,
あえて聞かせるための方法」として用いた.
具体的に言うと,1945年,
戦時下のドレスデンの町の上空を飛び交う敵国の爆撃機の轟音,
これは町の市民の誰もが聞きたくないと思ったはずの音だが,
耳をふさぐ程度のことでは
どうしたって聞こえて来てしまう音でもあったはずだ.
マルクス・キーソンは骨伝導の技術を使うことによって,
作品の体験者(耳をふさいだ状態)に,
録音されたこの爆撃機の音を聞かせた.
特殊な装置から発せられた振動が,
耳をふさぐ手から頭部の骨に伝わり,
それが直接聴覚神経を刺激し「音」となった.
これにより作品の体験者は,1945年のドレスデン大空襲を,
当時の人々と同じ耳をふさいだ格好で擬似体験することになった.
マルクス・キーソンは,この作品によって反戦を訴えたのだ,
と言う陳腐な解釈も成り立つが,その是非については今述べない.
今述べたいのは,そのような解釈が成り立つとするならば,
もっと他のパターンだって可能じゃないかと言うことだ.
つまり爆撃機の音を他の音に変えてみるのもありだと言うこと.
例えば,独房で「その時」を待つ死刑囚の元に,
執行官が近づいてくる時の足音.
耳をふさぐ死刑囚が聞くそれと同じ音を,
骨伝導によって作品の体験者に聞かせれば,
死刑制度の是非を問う作品が一つ出来上がることになる.
このように,いくらでも応用が効く形式を
一つ創造したと言う点でも,
マルクス・キーソンは評価されてよい.
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