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当時の時代背景から言えば・・・悪ガキ・不良・愚連隊は悪い、そしてテストの成績よりも学生らしい勤勉「真面目」さが求められているような風潮(処女・童貞が言われる時代)でしたから・・・欠席気味の悪ガキ生徒以外の殆どの生徒は(男女とも)真面目・控え目でしたから、男女混合のホークダンスで手をつなぐことにも何かしら消極的でした。
だから、そんなに美人でなくても積極性が見える女生徒がマドンナ・あこがれの存在でした。
そこで・・・いつの世にもあることですが・・・同級生の友達に一級下の女生徒に交際申し込みの手紙を渡してくれるように頼まれて、その女生徒にさりげなく手渡しました。
そのラブレター作戦が成功しなかったのでその友達はあきらめたようです・・・ ところが一年後には私とその女生徒が会話することが多くなり、やがて下校時(夜間)に彼女の家まで送る関係になりました。
それでも私の性格が小心者でしたから会話が中心で手を握ったこともありません。
その小心者・引っ込み性格の原因にあるのが・・・私の右顔面麻痺と視力が片眼で少し斜視気味なことが潜在意識にあったからです。
それを正直に打ち明けたことから気まずい雰囲気が伝わり始め、やがて些細なことで言い合うようになり、それで彼女が怒って口も聞かない間柄になって終わりました。
その関係が終わった後・・・彼女と同じクラスの女生徒にアプローチされましたが・・・また失敗するのが不安で無視し続けました。
だから・・・結婚している家内にも未だに内緒にしていますが(斜視は社会人になるときに修正していますから目立ちません)・・・娘には話しているのでそのことはもう知っているかもしれません。
そこで付け加えますが・・・小中学校の運動会やマラソンなどで大きな怪我をしても、保健室に行って申告しなければ手当ても見過ごされる時代でした。 そして傷口に黴菌が入って大きく腫れていても余程でなければ親は平気な顔をしています(男児は特に)。
それは・・・腫れた部分から膿が出れば・・・やがて自然治癒することを親は知っているからです・・・たとえ病院に行っても、腫れた部分をメスで切って膿を出し、そして消毒して包帯を巻くのが治療でしたから・・・貴重品で高価だった抗生物質が投与されることはありませんでした。
だから、その傷跡が(ハゲとして)相当年数残ることもあります・・・だから大人になっても傷口が薄っすら残っていることもあります。
また風邪をこじらせて肺炎になってから親が慌てるような時代でした。
・・・今の時代とはかけ離れていたのです・・・それだけに抵抗力や治癒回復力があって今のご老体が元気なのです。
そんな時代背景ですから・・・医術の進歩で斜視を修正できることになっていても親は知りませんから(全ての親をさしたものではありません)(それと手術や入院費で高額ですから)私から勇気を出して自己申告しなければ親から見過ごされるのです。
だから私と同じ年代の男性が未だに斜視のままで、それを気にして目線をそらす人とご縁があったのが此れまでに4人います。 内二人は地元香川県ですが後の二人は見知らぬ県外の過疎地へ来て身近に巡り合った大事な人でした。
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