そふぃあのブログ

中世山城に囲まれた三間盆地の「 そふぃあ」 で、しばしの生活・体験を通して人間の絆と大いなる自然の恵みを感じてみませんか?

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後を絶たない東日本震災関連死1600人超!政府は何をしているか? ケータイ投稿記事

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★復興庁は、東日本大震災の避難生活で体調を崩すなどして亡くなり、「震災関連死」と認定された一都九県の2632人(三月末時点)の内訳を公表した。
年齢層別では66歳以上が1460人(89.5%)で、高齢者が多数を占めている実態が判明。市町村別では、福島県南相馬市が282人で最も多く、宮城県石巻市178人、仙台市143人と続いた。

その後も、悲惨な関連死は後を絶たない。政府は、何をしているか?!

http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012/05/post_4070.html
【震災関連死(上)】見えぬ将来 悲観 自宅近くに遺体 自殺か 2012年5月29日


捜索を終えた消防団員に向かい、涙ながらに感謝の気持ちを伝える馬場町長(右)浪江一時帰宅不明の男性 「生きていても仕方ない」 警戒区域の浪江町に27日に一時帰宅し行方不明になっていた自営業男性(62)は28日午後零時半ごろ、自宅と経営するスーパー近くの倉庫で遺体で見つかった。首をつった状態で、双葉署は現場の状況や遺族の話から自殺した可能性が高いとみている。 捜査関係者によると、男性は最近、家族に「このまま生きていても仕方ない。眠れない」「商売をいつ再開できるか不安だ」などと漏らしており、将来を悲観したとみられる。
28日は同署員や地元消防団員、町職員ら合わせて約160人が午前8時半ごろから男性の自宅周辺などを捜索した。消防団員が自宅から南西に約300メートル離れた別の事業所が所有する2階建て倉庫の1階で男性を見つけた。遺書は見つかっていない。 同署は同日午後、福島署で警察医の立ち会いで検視し、行方不明の男性と確認した。

原発事故 心に重く

■もう戻れない
一時帰宅中に自殺したとみられる男性。経営する浪江町中心部のスーパーは震災前、地域住民から親しまれ、買い物客が途絶えることはなかった。遺体が発見されたのは、スーパーの近くの倉庫の中だった。男性は避難後、周囲に「商売がいつ再開できるか...」と漏らし、家業への愛着を口にしていたという。店先で熱心に商品陳列に当たったり、接客したりする姿が多くの人の目に焼き付いている。
男性は避難後、数回の転居を繰り返し、現在は福島市の借り上げ住宅で暮らしていた。複数の知人によると、男性はほぼ毎日、借り上げ住宅から南矢野目仮設住宅と笹谷東部仮設住宅に自転車で訪れていた。時折、「もう(浪江に)戻れないんじゃないか」と不安がっていたという。
知人の一人が福島市で商売を再開してはどうかと勧めると、男性は「(自分の店以外で)もうやる気ねえ」と話したという。見知らぬ地で商売を再開するのは容易ではない。町内の小売業者が避難先で営業を始めたのは160人のうち、わずか15人だ。
浪江町遺族会の叶谷守久会長は「一時帰宅をすると避難先では感じない絶望感を感じることがある。現実を見て相当に心を痛めたのだろう」と男性の心中を推し量った。

■何も進まない
富岡町から福島市の借り上げ住宅に避難している男性(72)は、避難区域の見直しや賠償問題が進まないことに焦りを感じている。避難区域が解除された自治体でも、住民の帰還が進まない現状を見て、さらに暗い気持ちになる。「原発事故から1年以上がたったのに全く先が見えない。気持ちの負担は増すばかりだ」
日中は自治会の仕事で、援助物資を配ったり、避難先を見回りしたりして忙しく過ごす。しかし、夜になると、気持ちが沈むので、できるだけ早く寝るようにしている。目が覚めるのは午前3時ごろ。夜空を見上げ「あの星になってしまいたい」と死を意識することさえある。「このままでは、これからも自殺者が出てしまうだろう」と表情を曇らせた。

■死に場所
「いまだに地震と原発事故の夢を見る」。郡山市の仮設住宅で暮らす富岡町の男性(64)は、今も震災と東京電力福島第一原発事故が頭から離れない。
自宅は東京電力福島第一原発から10キロほどの場所にある。震災当時、勤務する建設会社の仕事で浪江町の建設現場にいた。避難者でごった返す中で苦労しながら富岡町に戻ったり、避難先を転々としたりしたつらい記憶を忘れたことはない。
桑折町の仮設住宅に住む浪江町の男性(87)は避難前、子どもと孫に囲まれ、にぎやかな生活を送っていた。仮設住宅では妻と2人暮らしで、「避難さえなければ離れ離れにならなかった」と寂しさが募る。
生まれも育ちも浪江町で、何よりも古里への帰還を望む。「死に場所ぐらいは自分で決めたい...」

町長「町民の不安 爆発寸前」
捜索を終えた町消防団員らは28日午後、二本松市の浪江町役場二本松事務所に戻った。男性が遺体で発見され無念の表情の団員に対し、馬場有浪江町長は「人の命の重たさを感じている。早朝からの捜索に町を代表して感謝したい」と言葉を詰まらせた。
馬場町長は「町民の将来に対する不安は爆発寸前だ」とし、「政府が賠償や生活再建などに関する支援策を早急に示さないと、また同じことが起きかねない」と国に早急な対応を求めた。東京電力に対しても「被災者の苦労を理解し、被災者への意識を改めるべき」と注文を付けた。


【関連情報】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/list/CK2012051202100003.html
【東日本大震災】震災関連死 福島が最多761人 復興庁発表


復興庁は十一日、東日本大震災の避難生活で体調を崩すなどして亡くなり、「震災関連死」と認定された一都九県の千六百三十二人(三月末時点)の内訳を公表した。年齢層別では六十六歳以上が千四百六十人(89・5%)で、高齢者が多数を占めている実態が判明。市町村別では、福島県南相馬市が二百八十二人で最も多く、宮城県石巻市百七十八人、仙台市百四十三人と続いた。

死亡時期別にみると、最も多かったのは震災から「一週間超〜一カ月以内」に亡くなった五百十人で、次いで「一カ月超〜三カ月以内」の四百五十九人。「一週間以内」三百五十五人、「三カ月超〜六カ月以内」二百三十五人と続き、「六カ月超〜一年以内」が七十三人だった。

都県別の内訳は、福島七百六十一人、宮城六百三十六人、岩手百九十三人、茨城三十二人。福島が最多だったのは、東京電力福島第一原発事故で、長期の避難生活を強いられている住民が多いことも影響したとみられる。

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<国会事故調>福島知事が政府の避難指示批判 ケータイ投稿記事

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(写真)国会の東京電力福島第1原発事故調査委員会に参考人として出席し、発言する福島県の佐藤雄平知事=29日午後、福島市


http://sankei.jp.msn.com/smp/affairs/news/120529/dst12052921220022-s.htm
【国会事故調】福島県知事、県の不備認める 「情報共有に問題」2012.5.29 21:19

東京電力福島第1原発事故の原因究明を進める国会の東京電力福島原発事故調査委員会(国会事故調)が29日、福島市内で開かれ、福島県の佐藤雄平知事が参考人として出席した。
佐藤知事は、政府から届いていた放射性物質の拡散を予測する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の情報を住民に周知せず破棄したことについて「情報共有に組織上の問題があった」と述べ、対応に不備があったことを認めた。
さらに事故調は、3号機の安全性について県と政府が協議していた平成22年の時点で、原子力安全・保安院から県事務方に津波対策の必要性について打診した文書が残っていたことを明らかにし、「県側が指摘すれば津波対策が取れた可能性がある」と追及した。佐藤知事は「私には伝わっていなかった」と弁明した。
佐藤知事は、震災当日、政府が避難指示を出す前に原発の周辺2キロ圏に県が独自に避難指示をした理由については「政府の対応が遅かったから」と証言。政府が10キロ圏、20キロ圏に避難指示を拡大したのも「報道で初めて知った」と話し、政府の対応を批判した。




http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120529-00000103-mai-soci
<国会事故調>福島知事が政府の避難指示批判
毎日新聞?5月29日 21時22分配信

国会の東京電力福島原発事故調査委員会(国会事故調、黒川清委員長)は29日、福島市内で福島県の佐藤雄平知事を参考人に招致し、質疑を行った。佐藤知事は、事故直後に県が独自に2キロ圏内に避難指示を出した経緯に触れ「避難指示を報道で知るなど情報伝達に混乱が生じた」と政府の対応を批判。「(政府の)避難指示が20キロ圏内に拡大したのも頭越しだった。自主避難と屋内退避の違いに住民は困惑したと思う」と振り返った。

また、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)の電子メールが県に届きながら削除したことについて、佐藤知事は「情報共有が不十分で、県民に大変な心配をかけおわびしたい。情報が錯綜(さくそう)した組織上の問題」と陳謝した。

一方、国会事故調はこの日の質疑で、福島第1原発3号機でのプルサーマル計画を巡り、東電による同機の耐震性再評価(バックチェック)が妥当かどうか、内容を確認するよう福島県が経済産業省原子力安全・保安院と内閣府原子力安全委員会に求めていたにもかかわらず、経産省側が計画導入の遅れを危ぶんで「保安院だけの確認で済ませたい」と県側に働きかけていた疑いがあることを明らかにした。

国会事故調によると、佐藤知事は同評価に関し保安院と安全委によるダブルチェックを検討していた。しかし、経産省側は同評価で実施されていない津波の検証を、安全委が求める可能性を懸念。ダブルチェックを強く要望してはいなかった当時の副知事に相談し、保安院だけでチェックすることにしたという。【深津誠、奥山智己】

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許せません(怒)!東電:賞与も値上げ分に 今冬147億円、人件費に計上 ケータイ投稿記事

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★またしても、トンデモ東電!許せませんね。ザマみやさんも、怒っています(怒)http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/lite/archives/65807795.html
◆最近の東電の身勝手な振る舞い5つ
* 税金1兆円を東電に注入
? * 電気料金(企業・家庭)の値上げも相当な反感を持って受け止められている
? * 儲けの9割を家庭用電気料金から得ていた
? * 2013年4月に柏崎刈羽原発を再稼働させ、2014年度3月決算で黒字を目指そうとしている
? * 2013年度冬のボーナス支給 その資金は値上げする電気料金で準備。
これは全て、東電がそうしたいと思いそうしてきたことですね。どれも消費者が「それでいいよ」とは認めていないのです。




http://sp.mainichi.jp/m/news.html?cid=20120529k0000m020110000c
東電:賞与も値上げ分に 今冬147億円、人件費に計上
家庭向け電気料金の平均10%超の値上げを枝野幸男経済産業相に申請している東京電力が、社員の今冬の賞与(ボーナス)147億円分を料金値上げの原価となる人件費に計上していることが28日分かった。福島第1原発事故の処理と賠償で財務内容が悪化し、国から1兆円規模の公的資金投入を受ける東電は今夏のボーナス支給は見送ったが、冬のボーナスに関しては「未定」としていた。
電気料金値上げの妥当性を審査している経産省の有識者会議「電気料金審査専門委員会」(委員長・安念潤司中央大法科大学院教授)は、東電に対し、人件費の一段の削減を通じた値上げ幅圧縮を促したい考え。同専門委は29日に会合を開き、人件費や修繕費などの計上が適正か審査するが、委員からは「公的資金を投入される立場を考慮し人件費を決めるべきだ」との厳しい声も出ており、冬のボーナスの大幅削減を迫られる可能性がある。
東電が経産省に示した資料によると、12年度はボーナスを147億円計上。13〜14年度も各290億円強のボーナス(夏・冬含み)を見込んでいる。東電は福島第1原発事故以降、社員の年収を20%(管理職は25%)削減したが、専門委では「実質破綻企業の合理化策としては甘過ぎる」との指摘が出ている。東電は燃料費や人件費などに一定の利益を上乗せした総額を基に、7月から家庭向け電気料金の平均10.28%値上げの認可を枝野経産相に申請している。【小倉祥徳】2012年05月29日 02時39分

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残念 遅きに失した「脱原発」の管発言

 
無知能弁舌者の集い:原発事故調査委員会
 
あ〜〜っはっはあーー !!
 
 
あ、
こりゃまた、いきなり失礼しました。

 
 
 
管直人さま
 
 
 
あなたもご苦労なことでしたねえ。
 
この時を、発言の機会にするしかなかった。
と言うのは分かりますよ。
去年の事故後からのことを考えますとね。
 
 
でも私ゃ、散々初めから言ってきとりましたわ。
 
電話でね。 もっとも、
あなたは「出んわ」で、取り次ぎだらけでしたが。
 
まあ、そん時のことを今更とやかく言っても仕方ない。
 
私ゃまだ、こういう先端通信には遠い存在でしたから、
そりゃあ、要らん通信費用もかかりましたよ。
 
ホンの1年前のことでしかないけど、世間では、
去年の今頃は、あなたの引き降ろしに湧いてました。
 
 
 
あなたの不幸は偶然のタイミングだったということと、
その偶然の際に、枝野が官房長官だったということ。
これはしかし、任命していたあなたの自業自得です。
 
 
 
自民党が長年かけて強欲の構造を、財界ぐるみで、
ガッチリと固めていた土台の行政とその機関が、
あの大惨事に機能の発揮ができるわけが無い。
 
 
政権交代後のわずか1年半後のことは、
その生みの親:自民党こそが十分に分かっていた。
 
だからこそ、自民の関係者からの声が出たんです。
 
今は、放っときゃいいんだ。」とね。
 
 
はっきりと、この耳で聞いていることだし、
何度も書面にまでして送ってますよ。
 
 
 
ものの2週間も経たないうちに現地視察へ批判を向ける。
画策は、3月11日の深夜から始められていたでしょう。
 
あなたがあなたの性格として、行かざるを得ないようにね。
 
 
そりゃあ簡単です。
東電からの報告はおろか、東電に間借りの安全・保安院が、
まともな報告など出来るわけが無い
 
出来てもするわけが無い
 
時系列からみても、この現地視察の批判が、用意周到の
後出し批判であったことは冷静に見る目があれば明白。
 
 
枝野は言ってましたね、変わらぬ逃げの言い訳を。
 
「あとで批判の対象になるから行かない方がいい」
と、進言したなどと。
 
 
この事実に、何も気がつかない国民の不思議さ。
 
こんな有事の際に「後での批判」など持ち出せるか?
 
 
枝野は、この時点で行政の罠に嵌まっていましたね。
 
 
 
自民党が批判の先鋒となって、マスコミを巻き込む。
予め海上保安庁OBの言質まで用意していました。
 
その言質とは何か。
 
「一国の総理がこういう災害現場に来ると障害になる」
というものでしたね。
「こういう・・・」って、分かりもしないのにね。
 
私は、これも自民党の本部から直接聞き込んでいます。
 
 
 
だから、1年過ぎた今でも、
肝心の自己責任者、東電:勝俣の恥知らずまでもが、
この現地視察の影響を口にしている。 バカでしょ
 
 
 
居てもたっても居られない私の性分は、
思うに任せぬ体の動きで、通信手段に向かうだけ。
 
日本のマスコミにはホトホト嫌気でしたから、
外国の大使館にしましたよ。
 
まず、一番先に思い浮かべたのがドイツ大使館。
ドイツ語なんかにする暇なんか無いですからね。
 
当時は、東京から大阪に機能の緊急移転もあって、
どうなるかなんかも考えやしません。
お恐れながら、大使名と政務部公使の宛名にしてね。
 
 
あとは、フランス大使館。
無駄なことでしたが、アメリカ大使館にも送った。
 
余りにも日本の原発事業に腹がたってましたからね。
たとえ、霞と消えることでも気が済みませんから。
 
 
 
マスコミぐるみで始められた「原発守れの音頭」
多くの国民も意外に簡単に翻弄されてたんですねえ。
 
私は、居てもたっても居られないついでに、
こういう「ブログ」に初めて手を出したけど、
その時期から、まだ1年も経ってませんね。
 
だけど、ページを開設してみて驚きました。
 
 
 
あちこちと、見よう見まねで覗いてみると、
原発対応に関する批判の材料が、
まあなんと、新聞やテレビの受け売りの多いこと。
 
管の視察が悪かったとか、政府の対応が問題だとか、
なんとも、原発行政や自民党の喜ぶことの多いこと。
 
 
しばらくは、投稿の意欲も出ませんでしたよ。
 
まあ、治まらない気持ちの発散で、
チンタラ開始が去年の7月を境でしたかねえ。
もうすぐやっと1年というところです。
 
 
 
あなたも雁字搦めの真っ最中でした。
後はもう、言わずもがなの流れでしたね。
 
 
 
 
でも繰り返しますよ、管直人さん
 
あなたは、機を逸してしまいました。
「脱原発」の宣言は、1年遅かったですねえ。
 
当時は、しかし、命の危険もありましたかね
 
 
 
 
国会の事故調委員会。
 
現委員長の黒川がどういう立場の人間か。
あなたなら既にお分かりでしょう。
 
かつては、学術会議の会長でもありましたから。
権威を構築し、人命よりも利益優先の弁舌学者を、
密かに原発推進のために、多くの会議に送り込む。
 
 
 
この事故調の最終報告にの字が、
果たして、どのように織り込まれるでしょうか。
 
 
悲惨な楽しみにしましょう、お互いに。
 
 
 
参考人質問とはいえ、
国会の場でのかっての首相の「脱原発」の姿勢。
 
日本のメディアへの期待は皆無です。
 
最大発行部数を誇る読売新聞に、
「管前首相、《脱原発》発言」
などという見出しは万が一にも載らないでしょう。
 
 
 
願わくば、外国メディアからの逆輸入情報への期待。
 
 
「日本という国では、日本のマスコミと行政機関が
原発事故対策の総司令官を、雁字搦めに封じ込めて、
国民の安全を放置のまま放射能の恐怖に晒し続けた」
 
こんなところでしょうか。
 
 
微かな希望は、あなたの発言からの盛り上がり。
 
 
 
 
 
ついつい、長くなりました。
 
 
最後になりますが、私は、
あなたがワイシャツの袖まくりで動く姿が好きだった。
 
 
 
 
長生きしてください。
先はまだあるでしょう。

 
 
 
 
【めいろの:ご愁傷さま】2012.5.29−①

 

転載元 転載元: 感性のmeiro

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