蒋経国というとらえがたい人
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蒋介石の息子であり、台湾の独裁者であった蒋経国は、何とも不思議な政治家だ。 開発独裁政権の成功例として、シンガポールのリ・クワンユー、韓国の朴正煕と並び称される蒋経国。リ・クワンユーや朴正煕と異なるのは、内省人の李登輝を国民党副総裁に抜擢し、権力のスムースな委譲を成功させたことだろう。 だが、蒋経国が死後の青写真を描いていたかというと、どうもそうではないらしい。李登輝への権力委譲は、蒋経国の突然の死によるハプニング的色彩が強かったというのが李登輝自身の見方だ。 李登輝登用というと内省人という側面に焦点が当たりがちだが、むしろ彼が共産主義者であった点に注目すべきだろう。強力な反共政権であった台湾国民党は、共産主義者を弾圧する一方で、共産主義者であった李登輝を登用しているのである。 蒋経国自身、若い頃は共産主義者であった。中国共産党に入党し、その後ソ連留学時にはソ連共産党に入党している。その後和解した父、蒋介石の下では、軍や人民の統制に力を発揮している。ソ連在留時に学んだ、共産主義独裁政権の統治技術の応用だ。 それでは彼自身がソ連政権の恩恵をこうむっていたかというとそうでもなく、蒋介石の息子にもかかわらずスターリンの粛清にあっている。シベリア送りこそ免れ、すんでのところで命こそ助かったが、寒村に送られ蟄居。 もっとも、右も左もわからぬその村でロシア人の嫁さんをGETしたのだから、ただでは起きないというか、懐が深く人間的な魅力もある人物だったのだろう。 その後、冷戦構造の中で小国、台湾を運営する段になると強力な反共主義者になる。中共との対立を考えると当然ではあるのだが、そんな中で共産主義者李登輝を登用するのだから、懐が深いというか多面性、柔軟性を備えた人であることが判る。 学者出身の李登輝は、政治における師は蒋経国であると公言してはばからない。台湾そして李登輝というと親日的姿勢で日本でも人気があるが、よくいえば多面性、柔軟性のある現実主義者、悪く言えば食わせ者の系統を継いでいることは頭の片隅においておいて損は無いだろう。 個人的には、好きなタイプの政治家なんですけどね。
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