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安心して

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(ルリマツリ)

24日午後4時55分頃、夫は、静かに息をひきとりました。先生の確認が5時10分でした。

私と息子、そして大好きな心優しい兄夫婦が見守る中、安心したように、静かに息をひきとりました。


月曜日(22日)、いつものように病室へ行きました。
ちょうどA子さんがいてくださいました。                            私の顔を見るなり夫は「A子さんはカトリックなんだって。」と報告してくれました。クリスチャンファミリーのご家庭だとのことでした。
平成16年の4月に、結核の疑いで入院して以来、あんなに好きだった山に行けなくなり、ベッドの上で
命をかけた戦いをしているときに、懐かしい山の話をしてくださるA子さんは、ただそれだけでも夫にとっては”天使"”なのに。
やはり、"天使”は、"天使"でした。
私は、涙が溢れました。神に感謝しました。
A子さん、本当にありがとうございました。夫も私も息子も、生涯あなたのことを忘れません。素晴らしい看護師さんになられますことお祈りしています。


ルリマツリの花を花瓶に挿しました。「近くに持ってきて。」と言うので顔の近くに近づけてあげました。「きれいだね。」と、優しく、心に染み入るような声で言ってくれました。淡いブルーの色の花が好きでした。この頃、少し目が見えにくくなっていたのかもしれません。この夜に鎮静剤治療、及びモルヒネ投与がはじまりました。

23日(火曜日)、息子と2人で。
目が見えにくくなっているようで(モルヒネで神経が少しずつ麻痺しているとのこと)、「メールの字が読めない」というので読んであげました。
先生から「モルヒネの投与がはじまるとだいたい1週間です・・・。」と言われました。
個室のお願いをしたら満室で、優先的に手配しますと言うことでした。
後ろ髪を引かれながら帰りました。

24日(水曜日)
朝6時に電話が鳴りました。
「血圧が下がってきていて熱もあります。個室に移りました。」という内容でした。
大きく延ばした冬の槍の写真と3人で写った写真を抱えて、泊まり込みの用意をして急ぎました。
昨日とはうって変わって・・・、かわいそうでした。
寝ていました。神経の麻痺でまぶたが自然に開いてくるとのことで瞳がうつろに少し見えていました。
ゆっくりとした呼吸は、喉の奥からいびきのような音を立て、一生懸命呼吸していました。
看護師さんが呼びかけてくださり、私も大きな声で「お父さん来たよ!」と耳のそばで言いました。
カッと目を見開いてくれました。大きな目でした。解ってくれました。

遠のいた意識の中、酸素マスクの中で、ゆっくりと、懸命に、口を動かしました。
息子が、「『ありがとう』って言ってる!」

潮が引くようでした。徐々に徐々に喉の音は小さくなりました。

ほっと安心したように、愛する家族に囲まれて、静かに息をひきとりました。


10日ほど前に、「あなた達2人がいてくれてよかった。」と優しく言ってくれました。

”うそ漢文”でメールを打ってきていた時期、私も真似をして
「我持対君尊敬感謝信頼愛情」とうつと、
夫「ありがとう。
  嬉しかった。
  涙が出た。」
とかえってきました。そこでまた私が泣くわけでした・・・。


夫からは、目に見えるものはもちろん目に見えない物も山ほどたくさん与えて貰いました。
息子と2人それらを大事にこれからの日々を過ごしていこうと思います。


たくさんのかたに支えて頂きました。優しい先生や看護師さん、療法士さん、ヘルパーさん、おそばをつくってくださったtさん。
本当にありがとうございました。

会社の方々、山の仲間のみなさん、学生時代の同窓のみなさん。その他たくさんの友人のみなさん。親戚のみなさん。
本当にありがとうございました。

ブログを通じてお知り合いになって頂いた方々。
故はらぽこりんさん。
はるえさん、あおさんのママさん、mumuttiさん。呉々も呉々もお元気で。
ひでさんはパリからお便りを寄せてくださいました。
本当にありがとうございました。

そして、陰ながら応援してくださった多くの読者の方々。
ありがとうございました。


27日に無事葬儀を終えました。
前日の通夜には式後、山の仲間のみなさんが、遺影の前で山の歌と"都の西北"を歌ってくださいました。
何よりの花向けで、本人はとても幸せでした。ありがとうございました。



本当に、私と息子は、夫にはもちろんのこと、皆様に、言い尽くせぬ感謝で一杯です。



心より皆様のご健康をお祈りします。

ありがとうございました。

さようなら。



        

         

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閉じる コメント(6)

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ご愁傷様です・・・。
なんとお言葉をお掛けして良いのか分かりませんが・・。

ブログをお休みされてからも、毎日チェックしてきました。
まさかこんなに早く逝かれてしまうとは、考えてもいませんでした。
本当に残念だと思うと同時に、私も悲しいです。

父が特発性の間質性肺炎で入院して2週間で亡くなってしまいましたので、Yさんには父の分も長生きしていただきたいと思っておりました。
またYさんのたまに出る毒舌が面白くて、ほとんど毎日ブログは拝見させていただいてました。

最後はご家族の方に囲まれ、静かに息を引き取られたとのことで安心いたしました。
よくがんばりましたね。

まだお若かったのに、ほんとうに残念ですね。
奥様も息子さんもしばらくはお辛いでしょうけれど、Yさんはきっと近くで見守っているはずです。 削除

2007/10/31(水) 午前 2:11 [ ひで ] 返信する

心よりお悔やみ申し上げます。今はそれしかいえなくて申し訳ありません。ひでさんのおっしゃるとおり語主人はいつもお二人の近くにいて守ってくださると思います。これからお疲れが出る時期だと思いますが天国のご主人のためにもご自分のお体労わってあげてくださいね。

2007/10/31(水) 午前 10:09 MUMU 返信する

心よりご冥福をお祈りいたします。
私の父も家族に見守られるなら逝きました。

思い出しちゃいます。 いろんな思いで見守られた事と思いますが、それだけでも素晴らしい事だと思います。

この後も楽しく人生を過ごされることを期待しています。

2010/5/19(水) 午後 3:01 [ 水遊び ] 返信する

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水遊びさん、ありがとうございました。一日一日大事にと思って、花守も忘れずに過ごしております。

2010/7/2(金) 午後 8:12 [ wak*l*ssof7* ] 返信する

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えっと、初めてブログに書き込みさせて貰います( ´∀`)
迷ったんですけど、どうしてもありがとうを伝えたくて書き込みしました(´∀`*)

スポーツとかでもそうですが、ブログも小説みたいに書き手のセンスが問われるんだなって。
同じようにブログを書いてる者としては刺激的でもあり、実力の差を知ってちょっとがっかりしたり笑(´ェ`*)

でも純粋に一読者として楽しくブログを拝見させた貰いましたし、あっというまにファンの一人になってましたヽ(*’∀’*)/

自分のブログでもないのにちょっと書くか迷ったことがあるんです。
というのもちょっと抱え込んでる悩みがあって。
私の悩みにどんなことを、wak*l*ssof7*さんなら言ってくれるんだろうって率直に知りたい気持ちです。

koikaren@i.softbank.jp

時間がある時でもちろん構わないので、もしよかったら連絡を貰えませんか。

2015/2/10(火) 午前 1:50 [ tyf*pe4* ] 返信する

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> tyf*pe4*さん

夫が亡くなって7年と3か月余りたちます。
にもかかわらずこうしてブログを見てくださっている方がいてくださる、本当に感謝です。
ましてや ”ファン”だなんて!
天国の夫は、びっくりして恐縮し、にこにこと喜んでいます。
ありがとうございます。

”ピンチはチャンス!”といいますね。

Please don't be afraid!

まだまだ寒さの折、どうかお元気で。

ありがとうございました。 削除

2015/2/15(日) 午後 3:05 [ wakclassof78 ] 返信する

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