思うこと。心に響く言葉。

すべて表示

美しいものを美しいと思えるあなたの心が美しい。

イメージ 1


「美しいものを美しいと思えるあなたの心が美しい。」 相田みつを



僕は色んな所に旅をして、色んな美しいものを見てきて、
やっぱり、一番感動するのは、自分が美しいと感じているものを、同じように美しいと感じている人がいるときですね。

僕が美しいと思うものを、同じように美しいと感じる心の持ち主がいる。

僕は何か、魂の故郷は一緒なんだなって感じたりします。


人は、魂のふるさとから、一人ひとり、肉体という制約をもって、魂の修行のためにこの世に生まれおちてくる。

魂の故郷って、限りなく美しいといいます。

もしかしたら、この現世も美しさに満ち溢れているのかもしれませんが、僕らは肉体という制約を持っているので、

感じるのも、五感からでしかないし、表現するのも五感を通じてでしかない。

感じるのも、表現するのも、五感を通じてでないとできない。
その肉体の制約があるから、逆に、遠い魂の記憶にある、限りない美の世界を、なんとしても、肉体の制約を超えて感じ、表現したい。

僕は、美の追求とは実はそうゆうことなのではないかと思ったりします。



@地上の人間は、無限の精神のほんの一部を表現しているにすぎない。それを表現する窓が五つ(五感のこと)しかありません。それも、至ってお粗末です。
それが肉体から解放されると、表現の範囲が飛躍的に大きくなります。精神がその本領を発揮し始めるからです。霊界にはあらゆる美が存在ますが、それを味わう能力は、霊性の発達の程度いかんにかかっています。一人の人間に同じ光景を見せても、一人はその中に豊かさと驚異を発見し、もう一人は何も発見しないということもあります。(シルバーバーチ)



美術の勉強って、いかに肉体の制約を超えて、霊界の無限の美に近づくかでは
ないかって思います。

もちろん、美術の技術的なこと、テクニックを磨くことも大事ですが、

見て感じるにしても、作る側として表現するにしても、一番大切なのは、自分
自身の霊性を磨く。魂を鍛え磨いていくことなんじゃないかって思います。

だって、類は友を呼ぶの法則で、まだ磨かれていない魂には、磨かれた魂が感
じられる美は、まだ感じられないと思うから。



@美を求める心は、魂の発達とともに自然に芽生えてくるものです。価値観が高まれば高まるほど、精神が成長すればするほど、醜い、卑劣な環境に不快感
を抱くようになるものです。波長があわなくなるからです。自分の置かれた環境をより美しくしたいと思い始めたら、それは進化と成長の兆しであると思ってよろしい。(シルバーバーチ)



絵画にしても彫刻にしても、建築物にしても、以前は何が美しいのか理解できなかったものが、年とともに、凄く美しく感じられるようになったりする。

それは、きっと、長年の肉体を持った生活の中で、苦労し、経験を積み、魂が磨かれてやっと見えてきた美なんでしょうね。


以前はあまりなんとも思わなかった、神社仏閣巡りや、美術館巡りが、今の僕にはなんとも波長があってきたというか、しっくりと心が安らぐものになって
きた。


もっともっと、美を感じたいと思ってる。


優れた芸術家に、若くして、自殺してしまう人が多いのは、もしかしたら、色んなケースがあるでしょうが、長い研鑽の時期を経て、肉体の制約を超えての美を自分なりに表現できるようになり、でもさらに美を求めていくと、もう肉体の制約がどうしてもじゃまになっていったからかもしれないななんて思ったりもします。


成仏っていいますが、僕は生きているうちに少しでも仏に近づきたい。成仏に近づきたい。
仏となって感じられる美に近づきたい。

そのためには、まだまだ厳しい修行、研鑽が必要なのかもしれませんね。
しっかり受け止め、自ら進んで、闘魂の精神で、この肉体の制約のある、人生をしっかり生き抜こうと思います。
いずれやってくる、無限の美にあふれた成仏の世界、魂のふるさとに帰れることを楽しみにしながら。


イメージ 2



その他の最新記事

すべて表示

なぜ勉強するの? 様々な答えがありますね。 僕の中にも様々な答えがありますが、そのひとつに、 「やっぱり人として生まれてきたか ...すべて表示すべて表示

「日本のほとけさまに甘えるーたよえる身近な17仏ー」  大江吉秀 を読みました。 身近にいらっしゃってとても ...すべて表示すべて表示

「東京いいまち一泊旅行」 池内紀 を読みました。 タイトルにつられてつい買ってしまった。 こうゆうのあこがれるねー。旅好きな僕だけど、年々遠くまで出かけるのがお っくうになってくる ...すべて表示すべて表示


.


みんなの更新記事