両翼の権利
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この記事は、著作権問題を論じた麦氏の記事「著作権関連のエントリーが増えている」に対してエントリーしたものです。 麦氏は、Yahooブログ内で横行する著作権侵害行為(特に絵文字等の無断転載・再配布行為)に対して、一連の記事群で警鐘を鳴らすとともに、著作権侵害行為は許されないと主張しています。 転載機能を悪用した著作物の再配布等、著作財産権を侵害する行為については、絶対に許容すべきでない。この点は私も同意します。以下の記事は、それ以外の著作権侵害行為を想定して論じたものです。すべての侵害行為を許容する意図はありませんので、ご留意ください。 最近Yahooブログ内で、著作権問題を論じる記事を目にすることが多い。 良い傾向だとは思う。表現する者が、著作権を全く知らないなど、誉められたことではない。自分の権利に関わること、そして他人の利害に関わることなのだから。 しかしそれらの記事群を読み進むにつれ、私は何かが気になった。モヤモヤする。 どの記事も、判で押したように「著作権を守りましょう」の結論へと流れてゆく。「まあ適当なところで折り合いをつけましょう」という論調もあるが、妙に歯切れが悪い。全体を俯瞰した印象は、生意気を申し上げるが 付和雷同 だ。 著作権問題を論じ、侵害行為を否定する根拠は大きく分けて二つあるようだ。
1>権利侵害という違法行為なのだから、ともかくやってはいけない
もっともな主張だとは思うし、私にも同様の想いはある。2>自分も表現者の一人として著作権を尊重したいと思うから、侵害行為はしない・させない しかし私には、まだ疑問が残る。ずいぶんアッサリしたものではないか。これからは全てを自分のオリジナルで書き起こす覚悟です……なるほど潔い決意だ。だが、何かが引っかかる。 1>は、明快だが短絡的すぎると感じる。 駄目と決められているからやりません、という論法は、裏を返せば判断基準はお上次第ということだ。勿論、倫理上絶対に犯すべきでないルールは世の中にあるけれども、著作権はもっと微妙なものだ。しかも、ある権利と衝突することがある。それでも「そう決められているからやりません」としか繰り返さない表現者は、少なくとも私には、思考停止状態に見える。 2>は、判断基準が主観的で情緒的すぎる。 御自分が襟を正している分には構わないが、他者へ同じスタイルを要求することではない。この論法には、「記事を批判されると自分は悲しいから、批判行為はしない・させない」「配慮の足りない未熟な記事はマナー違反だから、そのような記事は書かない・書くべきでない」といくらでも拡大使用できる恐ろしさがある。著作権問題に止まっている間はまだいいが、私はこのような論調を非常に警戒している。 それにしても、私は相当、意地が悪い。 付和雷同現象の本当の理由は違うのではないかと、ついつい勘ぐってしまう。
1>権利侵害を認めるなど正義に反する。マナーにもモラルにも反する。そんな主張は、自分の人格を疑われそうだ、だから「私はそうは思わない」と書けないだけではないのか?
私にも、畏れはある。2>Yahoo!ブログサービスを利用しているうえで、著作権侵害行為をわずかでも擁護するような記事を書くと制裁を受けるかもしれない、だから「私はそうは思わない」と書けないだけではないのか? こんな記事を書いたら、軽蔑されるかもしれない。大家から睨まれるかもしれない。 それでも、書かずにはいられない。だから書こう。 著作権は確かに尊重されるべき権利だ。しかし私は、同等に尊重されるべき権利を有している。表現する権利だ。 著作権に比べれば、制限されることの多い不確かな権利だ。主張しても一銭にもならないし、応援者も少なさそうだ。それでも、著作権のほうが上位だとは思わない。 私が何かを表現したくなったとき、まず考えるべきことは「自分の想いやイメージをありのまま率直に表現すること」であって、「著作権に抵触しないよう表現を整えること」ではない。 「著作権を尊重しましょう」という主張は正当だが、だからといって「著作権を守っていない表現は尊重されなくてよい」という主張は行き過ぎだ。私は受け入れることができない。 【未熟な表現にも価値がある】 誰でも最初は初心者だ。表現することにおいても。 表現することを覚え始めた者は、いいなあと感じた著作物を無邪気に利用すること、模倣することがよくある。まだ「オリジナルで表現したい」という意識が育っていないし、したくても手立てが無い。成熟し、自分なりの表現方法を身につけた後に振りかえると、なんて我ながら幼稚なことをしたんだろうと恥ずかしくなる。そういうレベルのものを書くしかない。 それでも、その表現には価値がある。自分の辿った道だ。そのうち自分で引き出しにしまう日が来る。他人から攻撃批難されなくとも。 その日を待てない攻撃者達は、新しい表現者の未来を奪ってしまう。私はそれが恐ろしい。 【社会的責任のレベル】 Web上に発信したモノは、世界じゅうの誰でも読める。著作権はプロもアマも関係無く厳守すべきだという主張は、正論だ。 正論だが、十数人程度が触れるコンテンツと、数百・数千・数万人が触れるコンテンツに同等の注意義務を果たせというのは、正直言って無理があると感じる。知名度・影響の大きさに応じて社会的責任を問われるというのが、現実に則した感覚ではないのか。少なくとも私の感覚はそうだ。 本当に面白い表現、本音を忠実に表した率直な表現は、注目度の低いマイナーなところに多々ある。法律だ権利だモラルだマナーだという枷(かせ)を外しやすいところに。お行儀の良い優等生的な表現は、そういう表現をしたい人とメジャーなところに任せておきたい。すべての表現が品行方正であるべきだという主張は、あまりにも「表現すること」を浅く捉えていると思う。 【確信的な侵犯】 批判精神を発揮するとき、著作権に抵触する表現を選ぶことがある。いわゆるパロディだ。 パロディは、表現者のセンスを問われる。そういう意味で、初心者の手には負えない。ある程度表現の訓練を積んだ者がやるのだから、著作権を侵害していることは承知の上で行っていることが多い。権利侵害だとわかっていながら、なぜやるのか。その表現方法が「粋に批判したい」と願う表現者にとって一番ぴったりくるからだ。他の手法では、表現が完結しない。目的を達成できない。だから、敢えてパロる。 また、先行する優れた著作物に触発されて表現する場合にも、敢えて著作物を大胆に引用することがある。引用は著作権のなかでも厄介な問題だが、「著作権に抵触するかもしれない」と恐れだしたら何も書けなくなる。 このような書き手達は、自分の表現手法がどの程度許されるか、発信した後の影響力はどれくらいかを考えて書いているはずだ。自覚的に行っている「踏み込んだ」表現に対し、第三者が「それは権利侵害だ」などと指摘するのは野暮なことだ。 以上、とりあえず三つの視点で、表現する権利の側から著作権問題を書いてみた。 これは私の考えであって、一般論ではない。正論でもない。 けれど私は思うのだ。 自分が表現したいとき、著作権やモラルやマナーはなんと重い足枷(あしかせ)だろう。そう感じる自分の心を偽ることはできない。少なくとも「ああ重い」と感じること、感じたままを表現することを忘れてしまってはいけないのではないか。威張って言うことでないとしても。 ではどうするか、その先を考えよう。表現したいことが向こうにあって、その道の途中に著作権が立ちはだかっているなら、どう折り合いを付けるかを考えよう。壁の前で回れ右するか、よじ登るか、ぶち壊すか。 私は、立ちはだかる壁に表現者の想いがこもっているならば、即まわれ右だ。傷つけ踏みにじったりはしない。商業的色合いが強い壁ならば、状況を見ながらこっそりよじ登るかもしれない。まったく管理されていない放置状態の壁だったら、遠慮なく穴を開けて通るかもしれない。 第三者からの批判はどうでもいいのだ。私の権利と衝突しているのは、壁を築いた著作者(もしくは著作権者)のみ。権利を有している当事者とだけ真摯に向き合えばよい。
※Yahoo!ブログ転載機能を悪用した著作物複製・再頒布行為だけは「絶対に許容できない」と、私が例外視している理由は、侵害行為が拡散しコントロール不能状態になるからだ。当事者同士での解決が不可能になる。回復不能の被害を撒き散らす行為だけは許してはならないと考えている。
ひとつ、お断りしておく。この記事を読んで、御自分の著作権侵害行為が許されたような気がしたかたは、読まなかったことにしてこの記事のことを忘れて欲しい。 私は「私の考え」を表現しただけで、誰かの行為を擁護する気はさらさら無い。「表現の自由」とは、そういうことだ。私の精神に帰属することだから、自由を許されている。 あなたが「表現の自由」を行使したいなら、御自分の内面をよくよく見て、自分の考えを自分の言葉で表明なさるがいい。著作権の堅牢なる牙城に「踏み込む」アプローチ方法はそれしかない。私はそう考える。 今回の記事を、著作権問題に真摯に取り組まれてきた麦氏に対する批判と読むかたもいらっしゃるだろうが、私にそのような意図は無い。 そもそも「表現する権利」と「著作権」は、対立する概念ではない。連続し補完しあう権利だ。とても大切な「ある自由」を保障する、両翼の権利。それは、「精神の自由」
「精神の自由(=何を思っても良い、何を考えても良い、何を信じても良いという自由)」の上に、「表現の自由」があり、その成果物である著作物を保護するのが「著作権」だ。 「表現する権利」を大切にする表現者は、自分の著作権を大切にする。だから他者の「著作権」も尊重することができる。「著作権」の意識が高い著作者は、そこへいたる表現の難しさをよく知っている。だから他者の「表現する権利」に寛容になることができる。 著作権侵害というテーマについて、麦氏は表側から、私は裏側から見つめ分析し、記事を書いた。主旨を明快にするため、過激な表現を採った箇所もある(少なくとも私はそうだ)。しかし、互いの間にある隔たりはそう大きくない。勝手ながら、私はそう感じている。 |
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2010/5/30(日) 午前 2:51 [ てんさいよりも もっといい ]






前回の栞と今回の記事、きちんと出来うる限りの方向から考えて、言葉を交わしたい、と強く感じました。しっかり考えて出直してきます。
2005/9/29(木) 午後 4:16
やっぱり・・・私とは(いい意味で)違う御人ですね。(汗) (私見ですが)自由とは、『何をやっても良い権利』ではなく、自身が責任の取れる範囲で気ままに行動できる権利、と思ってます。ただ、「精神の自由」という見方は新鮮でした。私の精神は、自由すぎるかも?(自戒・・・・汗)
2005/9/29(木) 午後 7:49 [ Prowler7010 ]
お晩です。仰りたい事は良く分かります。が、法治国家である以上、守るべきは守るべきであると思います。文才のある方であれば尚更、表現は一つではない筈。スピード違反は10km/h超過だろうが100km/h超過だろうが罪は罪です。権利を侵すのも同様、パクリはパクリです。そもそも、オリジナルで勝負していればそんな問題は起きない筈。そこが大事なのでは?
2005/9/30(金) 午前 0:24
【ちょっちぷんさん】およ、出直されるのですか。ちょっちぷんさんのブログで著作権侵害に関わるようなことが思いつかないので、別の部分で何かを感じていただけたのでしょうか。気長にお待ちしております。
2005/9/30(金) 午前 1:27 [ wataritori_novel ]
【prowlerさん】自由と責任ですね。責任には、たとえばこのブログならブログ削除・ID抹消・最悪の場合は訴訟まで含まれてくる。そうなったとき、私は著作者はともかく読者様に対する責任が果たせなくなります。だからこのブログでは、私は自重しますよ(笑)私の「精神の自由」に対するこだわりは、ちょっと異常なものがあるのです。自由奔放という意味ではなく・・・それなりの背景があるのですが、まだ語れません^^;
2005/9/30(金) 午前 1:38 [ wataritori_novel ]
【つんさん】真正面からのコメント、ありがとうございます。この記事には、prowlerさんが書いてくださった「自由には責任が伴う」つんさんが書いてくださった「それでも権利侵害は罪だ」という補足が絶対に必要です。読み手が引いてしまってコメントがなかったら、私は非常に辛かった。つんさんの仰ることは御尤もです。私も「オリジナルへのこだわり」は強く、オリジナルで書いてこそ表現者だと思っています。
2005/9/30(金) 午前 1:49 [ wataritori_novel ]
【つんさんへの続き】それでもこの記事を書いたのは、著作権遵守を論じた記事は多いのに、その前権利である「表現する自由」を論じた記事を見かけなかったからです。私のなかで危機感が募りました。みんな、書きたいことを自由に表現したいと思わないのか?著作権は絶対不可侵のルールなのか?誰も声を上げないのか?・・・書かずにはいられなかったし、正当ではないが必要な問題提起だと私は思っています。
2005/9/30(金) 午前 2:09 [ wataritori_novel ]
わたりとりさん、こんばんは。片翼のエンジェルゆずゆです。人は【これ】と思った論を敢て違う所から光を当て直す事はとても難しく辛いことです。元の論が明らかに【正論】であればなおのこと。わたりとりさんのご意見、なるほど、確かに、そんなところも、と感じる所が満載でした。私にとって自由とは、直径1センチの円でしか行動が許されなくても、表面張力をいっぱいいっぱい使って、地面に体がタッチするその瞬間まで頑張る、その気持ちだと捉えています。
2005/9/30(金) 午前 2:36
また「表現の自由」は「著作権」というルールを守った人だけに許された特権だとも思っています。【精神の自由】と【表現の自由】の架け橋に一生懸命の自分らしさを求めています。「著作権を遵守」=【己を大事にする】。大事にして欲しいです、自分の心。ゆずゆワールド全開で生意気なコメントいたしました。
2005/9/30(金) 午前 2:39
ゆずゆさん、この記事も片翼です。だから相対する片翼の記事(麦さんの記事)にTBする形でしか書けなかったし、ゆずゆさんのコメントはとても嬉しいです。「著作権を守りながらも自由に書く」「自由に書きつつ著作権に配慮する」反対方向からのアプローチですが、突き詰めれば着地する場所はそう遠くない、と私は思いますよ(完全に一致はしないでしょうがね)
2005/9/30(金) 午前 9:06 [ wataritori_novel ]
「著作権」というものに対して無知すぎるな、と感じ少しの恐怖心と好奇心が湧きました。私が他の方の著作権、肖像権を侵害していないとすれば、理由はただ一つ、産みの苦しみを感じているからに違いないと思います。どんなに優れた言葉も、私の表現したいこととは少しずつ、あるいは大きく違っているから、それを出来うる限り正確に表すためには、出来る出来ないは別として自分の身から搾り出すしか方法がない。そう感じているからだと思います。
2005/9/30(金) 午後 3:17
そしてそれが苦しいからこそ、他の方の産み出したもので表現しきれるものではない、と考えています。私は著作権について知らなさ過ぎるので、その権利が「何のために作られたのか」ここをもうちょっと勉強しないと、その先は論じるに値しないと思いました。以上、感じたことの中間報告です。
2005/9/30(金) 午後 3:24
それとは別に前回の栞と今回の記事から「精神の自由」「両翼の権利」という言葉から、様々な事柄に置き換えることの出来る、とても大事なこと、胸の震える、核心にせまること、を感じました。これは後々まとまったらトラックバックさせてください。著作権のこととは少しずれるからトラバにはせず記事を書くかもしれませんが、その際はご紹介させてもらえれば、と思っています。ここから引き出した「大切な何か」は私の胸を直撃しています。
2005/9/30(金) 午後 3:28
ちょっちぷんさんの表現はオンリーワンですね。オンリーワンを気取っているわけではなく、御自分に内面に率直であろうとした結果、誰とも重ならない表現になってしまうのだと、私も読んでいて感じます。書き手が自分の内面に目を向けている間は、著作権侵害行為は起きません。目が外に向かったとき、道が別れるのだと思います。
2005/10/1(土) 午前 5:57 [ wataritori_novel ]
【続き】ちょっちぷんさんの記事、楽しみにしています。この記事には、実は裏テーマを忍ばせてあります。おそらく、バレましたね(笑)・・・このコメントまで読んでくださったかた、ありがとうございます。私は著作権問題をダシにして、裏で全く別のテーマを読み手に投げかけています。この記事単体でなく、「両翼」という言葉・「TBで書いた」という点・コメント者へのレスを読んでいただければ、おわかりになるかと思います。
2005/10/1(土) 午前 6:37 [ wataritori_novel ]
公の場で人とのかかわりがあるのなら,それぞれの権利・自由が尊重されるべき。そのための規則を守るべき。というスタンスでぼくは書いてきたつもりです。でも,規則だけが尊重されて,その根源にあるものが忘れられるのも問題がありますね。わたりとりさんの記事から,そんなことを考えて書いてみました。
2005/10/1(土) 午後 2:59
こんばんは。以前、替え歌でahoo批判をしましたが、著作者人格権の同一性保持権を侵害しているおそれがあるとのご指摘を受け該当部分を修正しました。リスクは覚悟の上でしたが、私の素直な気持ちでした。今在るモノから、別の新しいモノが生まれることを期待して妄想をふくらませます。(笑)
2005/10/1(土) 午後 9:58 [ らぶ ]
なぞなぞのようです。何回も読みましたが相変わらず裏読みできません。著作権、気にしすぎると何もかもが気になってしまいます。強引に、今自分の表現を阻んでいるものと重ね合わせたりもしましたが、全然違いますね。
2005/10/1(土) 午後 11:21
【麦さん】TBありがとうございます。麦さんの著作権問題の記事を読みたいと煽った責任を、やっとひとつ果たせたかなという思いです(爆弾で返す無礼者にて、誠に失礼しました^^;)。麦さんのブログスタイル・知名度と私のブログのそれは大きく違います。お互い、表現して効果が高いこと、表現したくてもできないことがありますね。今回は、TBのおもしろさを再認識できました。
2005/10/2(日) 午後 0:01 [ wataritori_novel ]
【らぶさん】替え歌の記事、私は修正後に読んだのです。元の形を読みたかったし、らぶさんも修正は残念だったろうと拝察しました。第三者が書き手を思いやり、リスクを教えることは「指摘」であって「攻撃」では無いと思っています。が、それでも「思うまま表現したかった」「読みたかった」「残念だ」という正直な気持ちを、大切にしたいですね。らぶ妄想、期待してます^^
2005/10/2(日) 午後 0:06 [ wataritori_novel ]
【chargeupさん】ありゃ、なぞなぞ、気になりますか?では近いうちに答えを書かないと^^; なぞなぞは横に置いておいて、chargeupさんに伝えたいことがあります(コメントが無ければ黙っているつもりでしたが)。以下続く。
2005/10/2(日) 午後 0:11 [ wataritori_novel ]
【続き】「表現の自由」と衝突するのは、著作権だけではない。モラル・マナー・常識などもある。これらと衝突し、読み手から攻撃された書き手は、自分にはモノを書く能力も資格も無いと思ってしまう、自分の「思い」や「考え」は異常で許されないと自信を無くしてしまう・・・でも、私にとってはどんな「思い」も「考え」も尊重されるべきものだと、一度書ききってみたかった。chargeupさんのブログを知ったからです。書けて良かったと思います。というわけで、遅ればせながら御礼申し上げます(-人-)
2005/10/2(日) 午後 0:40 [ wataritori_novel ]
わたりとりさん、こんばんは。まだここで足踏みしています。私はお話を読む時、読むというよりは作者が語りかけて来る感覚でいます。ブログを読む時は、勢いや風。息使い、リズムを大事にします。文字は書き手の心を知るための暗号みたいなものと捉えています。だからこそ、文章の技術力やボキャブラリーなどには拘らなくていいと思っています。心さえあれば。【Capital Forest】は私に映像を与えてくれ、頬に触れる空気のしなやかさ、森羅万象の音響を伝えてくれます。
2005/10/5(水) 午後 11:53
前回、今回の栞。謎の人物わたりとりさんの物理的な像はチラチラ見え隠れするものの、わたりとりさんのお心に触れようとすると、文字が邪魔をして気持ちが隠れてしまいます。読解力がないだけ・・・(かもしれない)そして私はわたりとりさんにとって、付和雷同の人ですか?もしそのようにしか、私が表現できていないなら、私の未熟の致すところです。でも未熟者の一生懸命は、付和雷同になるのでしょうか?著作権に未熟な人には権利が有っても、自分の気持ちに一点の曇りもない【著作権を守ろう】の主張をした私は、怪しい人ですか?
2005/10/5(水) 午後 11:57
自分の記事でとも思ったのですが、なんだか上げ足とりみたいで、違うかなとも思いまして、コメント欄にて失礼しました。これも私の感想です。もちろんわたりとりさんは大好きですし、尊敬していつも拝読しています。不快なコメントでしたら、ご指摘くださいませ。食いつきどころが違うよ、なのかもしれません。お付き合い願えると、嬉しいです。
2005/10/5(水) 午後 11:59
ゆずゆさん、おはようございます。揚げ足取りなどとは思っていませんよ。ゆずゆさんの疑問こそが、この記事の【裏テーマ】でした。ただし、ゆずゆさんの全ての疑問にここでお答えし、納得いただくことは難しいかもしれないし、納得いただくまで議論するつもりはない、という点は、まずご理解ご容赦ください。
2005/10/6(木) 午前 9:27 [ wataritori_novel ]
「付和雷同」の件は、個々のブロガーを揶揄したり攻撃したりするつもりで書いたものではありません。「著作権問題」というテーマについて、「遵法しましょう」という主張は正論であるとともに麦さんという【知的で理論的で成熟した(そして知名度の高い)ブロガー】が発信した主張の影響力が非常に強かったため、反論しにくい空気が醸成されつつあった、この「現象」に対しての爆弾投下でした。
2005/10/6(木) 午前 9:27 [ wataritori_novel ]
私は、「著作権問題」を論じたブロガーはそれぞれ、御自分の考えをしっかり記事にして書かれていると思っています。勿論、ゆずゆさんもです。しかし、それらの記事がつながりあったとき、書き手が意図した以上の圧力が発生することがある。ゆずゆさんの記事も、つながりあった瞬間から「数」に組み込まれ、勢力図の一翼を担います。(※そういえば、ゆずゆさんは以前【寄らば大樹の蔭】という表現を使われていませんでしたか?あれも、個々のブロガーを批難する表現ではなかったろうと私は感じるのですが・・・)
2005/10/6(木) 午前 9:29 [ wataritori_novel ]
この記事を読んで「それでも私は著作権を絶対に侵さない」と感じたかたは、もともとそのようなスタンスであり、御自分に率直な記事を書かれたのです。しかし、なにかしら小気味よく、風穴を開けたように感じられたかたは、無意識のうちに「勢力」の影響を受けていたということです。「勢力」の圧力を取り払った状況でもう一度自分を振り返ること、この記事はその「効果」を狙っています。ですから、私の「心」をここから直接引き出そうとすると、混乱されるはずです。私の本来のスタンスから離れ、極端に右に寄って書いているからです。
2005/10/6(木) 午前 9:30 [ wataritori_novel ]
ただし、自分が「思ってもいないこと」は一言も書いていませんがね・・・。ゆずゆさん、大きなテーマを論じるとき、私の心はそう簡単にある一点には落ち着きません。振り子のように揺れ動きます。揺れる想いを揺れていると書くことも正直な「表現」であり、敢えてある一点だけを取り出して書くことも正直な「表現」であると、私は考えます。そのように捉えていただければ、嬉しいなあと思います。これからも宜しくね^^
2005/10/6(木) 午前 9:32 [ wataritori_novel ]
わたりとりさん、こんばんは。丁寧に対応して頂いて、ありがとうございました。お声を聞く事ができ、感じる事がいっぱいできました。モヤモヤもヒラヒラになり、暗闇だと思った景色も光が幾筋か透る感じです。ストライクに飛んできたわたりとりさんのお言葉は痛烈ですが、両手に溢れる程たくさんのものをいただきました。袋につめて、思いの重さを噛みしめながら持ち帰ります。【付和雷同】を『表現を禁じる警告』と感じたのは浅はかでした。反省します。【勢力図の一翼】深く心に刻みます。
2005/10/6(木) 午後 8:07
本当にありがとうございました。心から感謝します。そして、これからもよろしくお願いいたします。もし、私の軽率な質問が、わたりとりさんのペースをかき乱す事になっていたら、申し訳ございませんでした。もうこんなわがままな事は慎みます。ごめんなさい。
2005/10/6(木) 午後 8:10
わたりとりさん,ゆずゆさん,こんばんは。反対側から引っぱってくれ,とわたりとりさんにお願いした手前,ちょっと,ハラハラドキドキしながらやりとりを拝見していました(笑)。ぼくのなかにも相反する価値が同居していて,今回書けなかった部分をわたりとりさんに補完していただいた,というのがぼくの素直な思いです。コントラストをはっきりさせるために,こんなふうに書いてくださったわたりとりさんに感謝です。
2005/10/6(木) 午後 10:47
ゆずゆさん、yahooがahooで記事が反映されてなかっただけで、私の方はいつもどおりです、心配無用ですよ^^ 麦さん、私は「精神の自由」を論じた記事を、別のあるブロガーに触発されてぜひ書きたいと前から願っていました。今回は麦さんの胸を借りて書いたようなものです。こちらこそ有難うございました(-人-)
2005/10/7(金) 午後 0:48 [ wataritori_novel ]
ふう〜…。わたりとりさん、だめです。なんだか調子が出なくてちっとも言葉が出てきませんです。ちょっと、少しの間ブログお休みしようか、検討してます。あ、裏テーマ理解していたのか、自分ではよくわかりませんでした(笑)でも一番最後にたどりついたテーマは「人権」です。あの、死刑廃止問題とかの人権、と言うより人が生きる上での権利、みたいな意味で。このことを書くのには、クリアな思考状態を保ちたいので、休んでからにしようかな、と思います。
2005/10/8(土) 午前 0:35
ちょっちぷんさん、おはよう。「人権(基本的人権)」テーマは重い。真正面からぶつかったら、私だって休むぞ^^;(だからこそ、こういう攻め方でしか書けなかったのです)。資料<http://www.city.kanuma.tochigi.jp/Kurashi/Jinken/sl092.htm>
2005/10/8(土) 午前 7:10 [ wataritori_novel ]
「人権」について、ちょっちぷんさんご自身の問題としてひきつけて書きたい(学問的に論じたいわけではなく)わけですよね・・・。これは私の考えですが、「人権」は、それが抑圧された歴史から生まれてきたものです。「人権」を自分のこととして、実感をこめて論じるには、なにかしら「侵害された」「抑圧された」に近い経験を基にしないと、難しいかもしれない。(私がこういった問題に敏感なのは、それなりの背景があるのです。ただ興味があるとか、勉強したとかいう理由だけで「自分のこととして」論じるのは難しい・・・)
2005/10/8(土) 午前 7:24 [ wataritori_novel ]
経験がない人は「論じるのは難しいだろう」というだけで、「論じる資格がない」などという意味ではありませんからね!ちょっちぷんさんが記事を書かれたら、ぜひ読みたいと思っています。総論で捉えきれないなら、ある一点だけ取り出すという方法もありますよ(今回の記事がそう)。楽しんで書いてね。おもしろいテーマなんだから。^^
2005/10/8(土) 午前 7:33 [ wataritori_novel ]
本当に重いです。わたりとりさんが仰るように、学問的に論じたいわけではありません。学問的に論じるには必要知識の絶対量が圧倒的に足りなすぎます。侵害され、抑圧されることはあったとしても今度はそれを記事に盛り込めるか(書くことが出来るか)ということもありますよね。その大小もあるにはあるでしょうし。大小で経験とするかしないかを決める、というのではなく説得力、というか表現力に繋がるほどの経験かは大きく問われるのかな、と思います。
2005/10/8(土) 午後 1:10
総論で捉えきりたい!という気持ちはあれど、今の自分には荷が勝ちすぎています。どんな形になるかはわかりませんが、シンプルに、シンプルに削ることの大切さを今回は考えながら書いてみたいと思っています。そのためにも感情のふり幅をコントロールできるまで、しばらくお休みすることにしました。最後の一文、心に刻まれました。いや〜わたりとりさん、大好きだ〜(笑)
2005/10/8(土) 午後 1:14
たびたび失礼します。話は「人権」にまで及んできましたか。この記事の力の大きさを感じます。新記事の一部で,今回のやりとりについて書きました。http://blogs.yahoo.co.jp/mugi373/12874729.html 。この記事にリンクしましたが,ご承知おきください。
2005/10/8(土) 午後 6:30
「人権」私が勘違いしていそうな言葉。勝手にブログ権(ブログをやる権利)に置き換え。ブログ権と対立(両立が難しそう、というべきか)しそうなものがいっぱいです。その中で最も地位の低いのがブログ権のような感じです。えーと、何か間違っているでしょうか?(間違っていそう)
2005/10/9(日) 午前 0:09
chargeupさん、「ブログ権」という造語、いいですね!考える範囲がうまく絞れそうです。私のなかでは表現の自由権とほとんど同等です。つまり衝突するのは「公共の福祉」のみ(ちょっちぷんさんに提示した資料の一番下にあります)、自分の精神の基づき何を書いてもいいと思っています。しかし、「ブログは違う、もっと制限を受けて当然」という人もいるでしょうね。私の「ブログ権」と衝突するものは「何」か、「誰」と衝突するのか・・・。
2005/10/9(日) 午前 8:36 [ wataritori_novel ]
chargeupさんはよくおわかりだと思いますが、ブログの場合はサービス運営者が一番目の衝突者であり、自由を根こそぎもぎ取ることができる権力者です。本来なら「公共の福祉」を守るための監視員・執行員という捉えかたをすべきなのですが、Y!のやり方は判断基準が不明確・説明責任を果たさないなど不備が多すぎです。いつかY!の独断で断罪(削除)されるのではないかと私は怯えながら書いています(半分冗談、半分本気)。
2005/10/9(日) 午前 8:55 [ wataritori_novel ]
あの、あの、えーと本当は「人権」って言葉使いたくなかったんです。でもそれしか浮かばなかった。法のもとに制定され、守られるべき、万人に平等な権利、のことではなく、「私」は「私」の権利に何を求め、そして何を思うか、そして「私」の思う権利は「他者」も持ちえるものか、「個」の思考する権利が「欲」を越え「多数」にフィードバック出来るか、というかんじで考えています。
2005/10/9(日) 午前 10:50
「人権」って言っちゃうと、専門知識の必要量が莫大な気がして、専門でリード出来る人がいないと極論に走りそうな気がします。麦さんが記事で仰っていたように、必要知識の絶対量が足りない私などは、拡大解釈したり、縮小解釈(なんて言わないかな)したりして暴走しそうです。専門家でも相当暴走する話題だし。
2005/10/9(日) 午前 10:58
うー、こういうところで交わす言葉にたくさんの「気付き」があるのに、パソコンが死ぬなんて…。今ここを離れたくないっ(笑)でも相棒は治療しなければ。それでは行ってきます。長々すみませんでした。
2005/10/9(日) 午前 11:01
ちょっちぷんさん、了解です。chargeupさんが「対立しそう」と本当に悩んでいらっしゃるものも、法律うんぬんyahooうんぬんではなく「他者」のことでしょう。・・・が、これ以上、この記事のコメント欄で展開発展させることは難しい。別の機会(記事)でじっくりやりましょう(笑)
2005/10/9(日) 午後 3:29 [ wataritori_novel ]
こんにちは。私のブログは普段こう言う事を論ずるに値するブログでは無いのですが、色々な偶然も重なり、著作権とモラルについて色々な方の御意見を紹介させて頂いています。私個人としては、著作権、肖像権、商標権、ジャスラック等々、あくまでも運営主とその権利者との間の問題であると思っており、第三者がそのブログに対して個々に云々する事は控えたいと思っています。
2005/10/15(土) 午後 4:58 [ pin*k*ojpn ]
ただそれには、それらを承知した上であえて行う場合、要するに「リスクを承知して行われる場合」だと思っています。麦さんの記事もトラバさせていただきましたが、それを承知した上でwataridoriさんのブログも考察の一例として加えさせていただきたくお願い致します。
2005/10/15(土) 午後 4:59 [ pin*k*ojpn ]
pinokioさん、はじめまして。麦さんも記事で書かれていましたが、「リスクを承知して行う場合」という限定は大切ですね。権利侵害行為は非常にリスキーな挑戦(もしくは挑発)ですから。ただし、初心者に【表現する怖さ】だけを植えつけることのないよう、先行者は多方面から言及するべきではと感じ、このような記事を起こしました。そちらで取り上げていただき、ありがとうございました。
2005/10/16(日) 午前 10:14 [ wataritori_novel ]
こちらこそ有り難う御座います。微妙な判定は、やはり運営主自身がリスクを承知で行う事も有るかと思います。知らずに行う事は論外ですが、あくまでも著作権を大切にしながら、パロディとかで表現したりする事は今後も有ろう事かと思います。2chなどは批判の多い物がありますが、またオリジナルな発想もそれを土台として有り、それは著作権と紙一重と言う物が逆にオリジナルをヒットさせたり、する事実も現実に存在してますから・・・。
2005/10/16(日) 午後 10:32 [ pin*k*ojpn ]
著作権に関しては、私もどこまでがよくてどこまでが悪いのか、よくわからないまま、転載等何も考えずにしていました。今後気をつけたいと思います。
2005/10/17(月) 午後 1:02 [ ]
すみません・・・ 私も、何も考えず転載ボタン押してました。ブログやってる人が自分で作って「転載してもいいですよ」て書いてるのを、相手にことわって転載してるのですが、それは、いいんでしょうか・・?
2005/10/17(月) 午後 1:33
【かつやままさん、チョコさん】はじめまして。同じ要件なので、いっしょにレスさせていただきますね。転載について、この記事は非常に厳しい書き方をしていますが、これだけは「駄目」と抑えておかないと、何をやっても「自由」と誤読されかねないからです。転載機能を使用したかたを糾弾したり軽蔑したりする意図はありません。キツイ書き方をして、ごめんなさいね^^;
2005/10/17(月) 午後 1:44 [ wataritori_novel ]
【続き】私は、ユーザーを加害者にしかねない「機能」を付けたyahooこそが、糾弾されるべきだと思っていますが・・・なにしろ大家ですから・・・現状は勉強して、自衛するしかありませんね。チョコさん、「相手」もシロウトだという点、最終判断は自分の責任において下すのだという点は、抑えておく必要があると思いますよ。私のブログはハウツー系ではないので、これくらいしかお話できなくて、すみませんです(-人-)
2005/10/17(月) 午後 1:55 [ wataritori_novel ]
31517946.html「こんな記事もあります」からたどりつきました。大家さんてば、意外にいいセンスしとるな。
2010/5/28(金) 午前 1:50
【阿檀さん】うぉ、5年前のを発掘してそちらにチラ見せとは・・・大家やるじゃん。
そちらの記事、拝見しました。二次創作は非商業&原作名紹介ならフリーでいいじゃん、と私は思っていますが。私の感覚がユルいんでしょうかね。描く人の感覚はまた違うのかな。
2010/5/28(金) 午前 10:47 [ wataritori_novel ]
昨夜TB打とうとしたんですが、1度では通らず、やっと通った時にはすごい時刻になっていまして、コメント入れそびれましたミ^。^彡っ
というわけで、今日になってコメント入れておく次第。
2010/5/30(日) 午後 2:37
TBどうも^^
私の一行にどんだけ書かれるのん、と思わず笑いました。アマの立場で私もなんか書こうかな。雑文程度ですが。
2010/5/31(月) 午前 0:21 [ wataritori_novel ]