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先生への手紙 #1

先生にぜひともお会いしたいと思いを強めたのは5月頃からです。
先生に、伝えたいことがあるのです。
しかし一足飛びにお話できないので、まず3月からのことを順々に書きます。
 
3月11日午後、異常に長い揺れに、震源地は遠いが規模は阪神大震災より大きいと私は直感しました。阪神大震災のときの身体感覚を、まだ忘れていなかったのですね。速報で宮城県沖が震源と知ったときには、嘘やろ、と口に出ました。東北沖の地震をこの地ではっきり体感するなど、想定外どころか「想像外」だった。
その後、どのような映像を見たかは、先生とさほど変わらないでしょうから、割愛します。
 
私の耳に焼き付いたのは、11日夜のニュースでアナウンサーが発した「沿岸部のいくつかの町が壊滅」という言葉です。嘘やろ、と口に出ました。「甚大な被害」を意味する比喩だと思った。現地の映像はまだ届いていなかった。
その後数日の間に、文字通りの意味だとわかり、私はネットで沿岸部の町の現地情報を漁り初めました。探して読まずにはいられなかった。ネット上の安否情報を検索サービスに登録する作業にもボランティア参加しました。これも、被災した町の行政機能が一部復旧したと知るまでは「突き動かされて」という状態だった。
人の死、というより、町の死、ということへの衝撃だったと思います。

誰もが必ず死ぬのであるし、見ず知らずの他人が遠方で大勢死んでも、それは私の痛みではありません。しかし、人の生き場所が共同体として再起不能だという事態に対して、私はかなりの痛みを感じるらしいのです。
何故だかわかりません。私は共同体というものをただ毛嫌う性質だと思っていたし、今でもそう思っている。それなのに、見ず知らずの土地の先行きをやたらに気に掛け、何かできることはないかと動き回っている。今、とあるNPOのかたに、現地に行けない代わりにこちらで事務作業の手伝いをできないかと打診中ですが、この動きも私には稀の中の稀です。
 
阪神大震災のときは違っていた。あのときも痛ましい映像は繰り返し見ていたし、なにより物流がストップして職場は連日混乱の渦で、今回の震災よりずっと身近に感じ続けてしかるべき事態だったのに、はるかに他人事でした。
それとも、たんに、あのときは若かったということでしょうか。
 
歳をとると変わるのでしょうか。
歳をとったというよりも、毎日のいちいちが土地と共同体とそう簡単には切り離せないという毎日を繰り返して、このようになったのでしょうか。
 
いや、ここまで書いてわかったように思います。
私は、毎日のいちいちの繰り返しを、自分ひとりで、どこかの殺風景な河原に、石を積み上げてはただ壊す繰り返しのようなものとして見ているつもりでした。
おそらく違うのでしょう。私が毎日やっていることは、誰やかやとしち面倒くさくつながりながら、あれやこれやを与えたり取られたりもらったりくすねたりして、自分もまだ知らないそれなりの何かを積み上げている、そういうふうに書いた方がずっと本当に近いと感じているのかもしれません。
そして、二つの風景を別ち意思をもって後者をたぐり寄せる力は、私には無いのです。私にはそんな才能はないし、努力もしていない。ならば力のみなもとは、私の外にあるのでしょう。そのあたりまでは、私は腹のどこかで了解しているのかもしれません。
 
私は「それなりの何か」を得ることに拘りません。得られずに死ぬことを、私自身の不幸せとは感じないのです。
けれども、私の娘のことを思えば、河原で石を積んで壊すしかない土地に生きるよりは、「それなりの何か」を得る力を保った土地に生きたほうが良いと感じます。もし、娘が彼女自身の意に反して後者の土地から引き剥がされるようなことがあれば、私は痛みを感じるでしょう。まして、天災ではなく人災としてそれが目の前で起こったなら、強い怒りを感じるでしょう。
 
東北の海沿いの町、そうして書くまでもないことですが、福島の原発周辺の町に私が想いを馳せて止まないのは、このあたりに根があると感じます。
 
 
 
先生に伝えたいこと、とは。
覚えていらっしゃいますか。先生は若かった私に文庫本を一冊手渡してくださったことがあります。ガルブレイスの「ゆたかな社会」です。
先生がそのとき、「ゆたかさ、とは何だろうか」と訊ねるように独り言のように仰った言葉の調子を、私は今でも忘れていません。本の内容はあらかた忘れましたけれども。

「ゆたかさ、とは何だろうか」という言葉は、たえず私の宿題なのです。

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