「二度とない」を付けると日常的なことが恐ろしくなる
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普段は何気なく過ごしている日常がもうこれからの人生で二度とないことだと考えると、一つ一つの行動が極端に大切なもののように感じられます。 実は自分も小さい頃は誕生日を迎えることを何よりも楽しみにしていました。誕生日プレゼントをもらうことができる上に、自らの地位が多方面で1段階向上するためです。そして小学生から中学生、そして高校生に成長するに連れて社会的地位は確実に高まり、自らの発言が世間に通用するようになります。つまり、誕生日を迎えることによっての長所が圧倒的に多く、それに対する短所がほとんどないように感じられるのです。
しかし、誕生日には自分の中で今でも後悔している忘れられた“短所”がありました。それは、その時に刻み付けた年齢的地位はこれからの人生で二度と経験することはなく、その誕生日自体も二度と訪れないということです。考えてみれば当たり前のことで、高校生が小学生のような扱いを受けることは絶対になく、また「10歳」という年齢は人生の中で二度と経験することはありません。ただ、その「10歳」の時にしか経験できなかったことをすべて経験していたであろうか、そう自分に問いかけると必ずしも「YES」という回答は出せないような気がします。社会的地位の向上を目指して足早に駆け抜けてきた「二度とこない時代」をもう一度ゆっくりと歩いて進みたい、そんな叶わぬ願いを抱く自分がいます。 2011年もすでに残りわずかとなりました。この2011年という年がそれぞれにとって如何なる年であったとしても、それはこれからの人生で二度と経験できない貴重な宝物になるはずです。 |


