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経済共同体と共通通貨の関係
初めての東アジア首脳会議(サミット)が、2005年の12月14日には開かれた。
これまでのいわゆるASEAN(東南アジア諸国連合)+3が、東アジア共同体にいわば格上げされる最初のサミットといってよい。
経済共同体というと、誰もが欧州経済共同体(EEC)を思い出す。
このEECの条約(いわゆるローマ条約)がドイツ、フランス、イタリアなど欧州大陸6カ国の間で結ばれたのが、1957年だ。
それから45年もたって、ようやく2002年に欧州の共通通貨としてユーロが誕生した。
つまり、経済共同体の条約を結んでから、共通通貨が誕生するまでには、長い道程を必要とする。
なぜだろうか。
EECの場合、関税同盟として出発した。
EECのメンバーの間では関税をゼロにした。
これは今、アジアを含めて世界では流行している自由貿易協定(FTA)と基本的には同じである。
FTAのメンバーは互いに関税をゼロにするのが原則だからだ。
しかし、関税同盟とFTAには大きな違いがある。
関税同盟の場合、第三者の域外に対してはメンバーが皆同じ関税、つまり対外共通関税をもつのに対し、FTAはバラバラのままである。
だからアジアの場合、共同体として一歩踏み出せば当然、関税同盟を目指すのが筋である。
そのとき対外共通関税は、あるメンバー国の一番低い水準に合わせるのが原則だ。
だから東アジアのように、日本のような先進国とインドネシアのような途上国が同居している場合、日本も途上国も同じ低い水準の対外共通関税を持つまでには、途上国の経済発展を待たねばならないので時間がかかる。
共通通貨となると、もっと時間がかかる。
アジアに共通通貨が誕生すると、2002年以降のヨーロッパのマルク、フラン、リラといった各国の通貨は消滅してユーロが誕生したように、アジアでも日本円、人民元、韓国ウォンなどは消滅してはじめて、アジア共通通貨が誕生する。
通貨の番人は中央銀行である。
だからそれぞれの国の通貨が消滅することは、その番人である中央銀行もなくなることを意味する。
日銀や中国人民銀行などがなくなって、唯一のアジア中央銀行が樹立されるのである。
これがもっと長い道程になることは容易に察しがつくであろう。長く粘り強い努力が必要なのである。
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