1958年台湾海峡危機、米統合参謀本部が中国に原爆投下進言、大統領が却下
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米シンクタンク「国家安全保障公文書館」は30日に、中国と台湾が武力衝突した1958年の台湾海峡危機の際に、台湾を支持する米軍の首脳部がアイゼンハワー大統領に対し、中国への原爆投下を進言したが、却下されていたとする公文書を公表した。
当時、米政府内で核使用が検討されたことは既に知られているが、今回の文書でさらに詳しい計画内容が開示された。 1958年の台湾海峡危機は、中国人民解放軍が8月に、台湾側軍事拠点だった同海峡の金門島を砲撃し、衝突の火ぶたが切られた。 台湾側は金門島対岸の中国福建省アモイへの反攻に転じたが、中国が米国による台湾への支援物資輸送を阻止するため台湾海峡を海上封鎖する可能性が浮上した。 同公文書館が米情報公開法を通じて入手した米軍の旧機密文書によると、米軍首脳部は戦況を憂慮した。中国が金門島周辺の海上封鎖に踏み切った場合には、爆発力10〜15キロトンの原爆(広島型原爆は約15キロトン)をアモイ一帯に投下する計画を策定した。 当時のトワイニング米統合参謀本部議長は閣議で、この計画をアイゼンハワー大統領に進言したが、核使用に慎重だった大統領は却下した。通常兵器による対抗策を練るよう軍部に命じ、原爆投下は回避された。 1950年に勃発した朝鮮戦争の時に当時の国連軍司令官のマッカサー元帥も中国の支援を受ける北朝鮮軍による急進撃に耐えられずに、中国の丹東市に原爆を投下すると準備したが、米国会で否決されただけなく、辞職まで追い込まれひっそりに米国に引き上げた。 |





