2011年3月11日

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3月12日

前回からかなり間が開きました。

これからちょこちょこと書いていきます。


妻の会社に着くと、7、8人の社員さんが事務所や倉庫を片付けてました。

その中から妻を見つけ、

車のシガーソケットから携帯電話を充電できる充電器をもらい、

また家に引き返しました。


家に置いてあった母の車で携帯電話を充電して、

会社に残っていた2人に電話をかけますが、

つながりません。


そうしている時に、

ご近所さんが給水車が来るよと教えてくれました。



携帯電話を車で充電したままポリタンクを出してきて、

ご近所さんに水を汲んでくれるようにお願いして、

俺は直接会社に行こうと思ったのでした。



この時、

隣家との間の高さが低くなっている所を何気なしに見たら、

俺の車の夏用タイヤがゴロゴロと落ちてました。



昨夜、後輩がそこにおしっこをしていたのを思い出しました・・・・・・・・。


そこでしていいよって言ったのは俺なんですが。(地震の日4に書いてます)





会社の同僚や友人、知人が大変な状況になってたら

助けに行きたいと思うでしょう。

が、

こういう状況では、自分の安全を確保しながらにしましょう。





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3月12日 早朝

次の日(寝た時にはすでに日付が変わってましたが12日です)

朝早くに目が覚めました。

と言っても、7時半くらいでしょうか。


とりあえず家の中を見て周り、

状況の把握をしました。


昨日の帰りにコンビニで買ったお菓子を食べていると、

妻の会社の営業の方が来ました。

会社が臨時休業になったことを伝えに来たのですが、

あいにく妻は避難所。

伝えておきますと言って

お菓子の残りをあげました。



バイクで避難所に行くと、

校庭をウロウロ(散歩してたらしい)している母を見つけました。

母から、

妻は避難所(避難所に車を止めてたらしい)から直接会社に行ったということを聞きました。


早く家に戻ってきて家を片付けてくれと言いましたが、

怖いからまだ避難所にいるといわれました。


舌打ちをしながら、妻の会社に向かうことにしました。









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地震の日 深夜

一旦、避難所の小学校から家に戻り、

ぐちゃぐちゃになった家の中でとりあえずどうしようか考えました。

が、

電気もきてない真っ暗な中で片付けはとても出来ません。

やっぱり、妻、母と合流したほうがいいのかなと思い

また避難所の小学校へ。


体育館はやっぱり人がいっぱいでこの中から2人を探すのは無理。

わかってはいたのですが、

やはり2人の無事を確認したいと思ってました。




が、

あきらめて家に戻り、

ガラスや瀬戸物が割れてない部屋を片付けて、

反射式、対流式のストーブ2台を持ってきて暖をとり、

部屋が暖まったところで、

ストーブを消して、布団に包まり眠りにつきました。




電気を使わないストーブは今回大活躍でした。

何年か前に、

「絶対にあったほうがいい!」

と言って無理やり妻を納得させ買ったものですが、

あの時の俺は間違っていませんでした。






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地震の日 深夜

避難所になっている近くの避難所に行くと、

校庭にはたくさんの車。

皆が集まっている体育館の前では3つくらい火を焚いてました。

深夜だったのですが、(この時深夜1時)

10人ほど火に当たってました。

俺もその中に入り、

少し火に当たり体を温めて、体育館の中へ。


体育館の中にはたくさんの人がいました。

寝ている人もいれば、起きて家族などと話している人も。


足の踏み場も無いくらいでした。


携帯電話の電池もなかったため、

ポン子と母を捜してしばらくウロウロしてましたが、

ぜんぜん見つからず、

また外に出て火に当たりました。





携帯電話は今では手放せないものですよね。

こういう時は本当に必要な時以外使わず、

充電切れには注意しましょう。


知り合いが災害にあったといってむやみにメールしたり、

電話したりも控えたほうがいいですね。


実際に被害にあった人は、

家族との連絡を優先したいと思いますから。


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地震の日5

とりあえず、庭にある母の車の鍵を手探りで探し出し、

王子君を乗せて、王子君の家族が避難してる避難所に向かいました。

そんなに遠くは無かったので、10分もしないうちに到着。


仙台新港の火事はより近く見え、

道路にはたくさんの車。

異様な光景でした。


避難所で王子君を降ろしたら、

「このご恩は一生忘れません」

といって避難所に入っていきました。


今、当の本人はその言葉はすっかり忘れているようです。



その後、家に戻り

途中のコンビニで買った「防寒手袋」をして、

首には同じコンビニで買った「タオル」を巻いて

防寒を出来る限りしました。

歩いていくために。

歩いても10分くらいなのでたいしたことはないのですけどね。




福島から帰ってくる途中でガソリンスタンドが大渋滞だったので、

なるべく車は乗らないようにしようと思いました。

この時すでにガソリン不足になりそうな予感はありました。






本当にこの日は寒かったのを覚えてます。

コンビニには品物がほとんどありませんでしたが、

それでも防寒になるものを買ってて正解でした。



仙台新港の火事を見ながら

歩いて家族のいる避難所に向かいました。





この時期の防寒は大事ですよね。

会社に置いていた自前の防寒グッズは

すべて波をかぶって使い物にならなくなってました。


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