「停電はシステムが悪いから」とアウンサンスチーさん
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5月25日発行のNEWS WATCH誌より 「私たち国民の中で、ある一人が電気が来るようにしてくださいと言いました。 私たちは努力しますと答えました。人々に電気が来るようにしますと言ったときに、私は何を思い出したかというと、今朝ラジオのニュースを聞いていたとき、マンダレーで停電が多いためデモが起きていることを聞きました。それで、デモは私が聞いたのは2つあります。1つはロウソクに火をつけてデモをしていることを聞きました。それで、国民は自分の気持ちを表したのです。このような平和的な方法で、電気がないのでどのような苦労があるかということをこのように表現したことは私はとても気に入りました。 でも、もうひとつ聞いたことは何かというと、デモをしている人々のうち一部は。。。それで、ニュースの中で何を聞いたかというと、このようにマンダレーで電気がないことに関して、デモをしているとき、彼らの中の一部に、頭に巻く鉢巻に何か書いてあったのか、大声をあげていたのか、それはわかりません。 あまりよくはっきりしません。そのニュースで言ったことは、「先に電気をください、民主主義は後でください」と言ってました。そのことは私の気持ちとしては好きになれません。 この件について私は皆さんにきちんと考えてほしいと思います。私たちの国では停電するのはどうしてでしょうか。原因を考えてほしいです。とにかく、私たちの国にはどのような問題であれ、どのような状況であれ、国民がこのような状態にどうしてなるのかを真剣に考える必要があります。 原因を知ってはじめて、何をどのように改善すればいいか、私たちが知ることができます。そして、この国で停電するのはこの国でエネルギー資源がないからでしょうか。それは違います。私たちには天然資源が豊富にあります。私たちの国には天然資源が豊かにあります。私が子供の時には電気はいつもありました。人口が増えるにつれて、電気供給量は人口増加に追いつけるように増えませんでした。私たちの国は貧乏ではありません。国民だけが貧乏なのです。私が言いたいことは、私たちの国には停電するのはどうしてかというと、システムが悪いからだと言いたいです。私たちは電気を得ることであれ、水を得ることであれ、大変大切な仕事をするためであれ、本当に準備しなければならないのはシステムであることを私の信念として持っています。 ですから、私は政治を行なうということは、ある意味では国民に受けるように話しているのですが、私がこのように言ったことでマンダレーで勇気を持って電気がほしいことでデモを行なった国民の一部は納得いかないと思います。 どうしてかというと、私は「電気が最初で民主化は後で」という考えは同意しないと言いましたから、一部の人はこのことを納得がいかないと思います。 でも、私の考えでは、私たちは正しく国民に自分の意見を表すことに責任がありますと信じています。それで、停電するのはシステムのせいです。このシステムを改善してはじめて電気の問題の解決を図ることができます。ですから、民主化が後というのはあり得ません。デモクラシーを実現することは電気を得ることと同時に一緒にしなければならないと私は信じます。ですから、私たち国民の気持ちの中にしっかりと記憶してほしいと思います。私たちが政治を行なうということは、何のためにやっているのかということです。私たちが政治をやっている意味は私たちの国を豊かにするため、私たち国民が安心して暮らせるようにするため、私たち国民の人生をよりよいものとするためにやっているのです。政治によってシステムを改善しないではこの問題は解決できません。ですから、私は「デモクラシーの実現を待ってもいいです、今すぐあれをください、これをください」という考えは私は考え直してほしいです。一部の人は、経済が一番大切です。政治は大切ではありませんと言っています。でも、本当は政治はどうしても経済は切っても切り離せないものです。私たちの経済、景気が悪いのは政治のシステムと大変深い関係があります。ですから、私たちはデモクラシーは後からでいいという気持ちを持ってほしくないです。デモクラシーを実現することと、他に私たち国民の必要なことを実現することを一緒に手をとって私たちが行なうことが必要です。 電気について言うと、どうして電気を私たち国民がほしがっているのでしょうか。停電するということはミャンマー国全国で起きています。私の家でもしょっちゅう停電しています。でも、発電機を買っておくことができる人たちはあまり苦労を受けません。発電機を持つことができないほとんどの国民は停電すると苦労をしなければなりません。どうして苦労をしなければならないのでしょう。電気をどうして私たちがほしがっているのでしょうか。どうしてほしがっているかというと、明かりがほしいからです。夜真っ暗になっていると、明かりがほしいです。明かりがどうして必要かというと、私は考え直してみました。ちょうどタイミングがよかったです。今朝、マンダレーでデモのニュースを聞いてからずっと私はこの問題について考えています。ちょうどウーティンウー名誉総裁がこの問題について言いました。それで、私たち人間は私たちミャンマー国民だけでなく人間はなぜ明かりをほしがっているかというと、私は考えてみました。明かりをどうしてほしいかというと、明かりがあるときは自分の人生をもっと自分のものにすることができます。たとえば、暗闇の中では歩くことさえ、手探り足探りで歩かなければなりません。何かにつまづいたりしないか、どこかにぶつかったりしないか、明かりがあるときは自信を持って堂々と自分の道を歩くことができます。このように電気がないと本を読みたい人も本を読むことができません。勉強したい子どもたちもろうそくの火で勉強しなければなりません。ろうそくで勉強することと、明かりの下で勉強することは違います。屋内の仕事であれ、外の仕事であれ、暗闇の中では仕事をするのは大変難しいです。それで、自分の人生は十分なものになりません。自分の人生が明るいものになりません。自分の人生を自信を持って持つことができません。自分のやりたいことを自信を持ってすることができません。明かりがまた来ることを待たなければなりません。ですから、いつも言っているでしょう?昔の人々は毎朝、お日様が出てくるのをずっと待たなければなりませんでした。そして、ずっと昔、人間の頭脳や知識が発展していなかった時代、次の日お日様が本当に出てくれるのだろうかと不安になっていました。私たちは電気がまた来るのだろうかと不安になっているのと同じです。それで、私たちの国を明かりを得るということは本当は私たちの人生を私たちが所有することができるチャンスをほしがっているのです。水を得ることも同じことです。水が来るだろうか、来ないだろうかと知らないと不安になります。水がいつになったら来るのだろう、そのとき水を取りに行かなければならないのかな、そのとき列に並んで、一部の場所では地区の水道の前で行列を作って並んで、バケツなどで水を入れて持ち帰らなければなりません。水がいつ来るのかもわかりません。それで、自分の人生を自分のものにすることができません。どんな人であれ、自分の人生を自分で所有したいと思っているはずです。自分の人生を自分の力で形作りたいです。それは当然のことです。そして、政府の人たちの責任は何かというと、国民のすべてができるだけ自分の人生を自分で所有できるように政府がその状態を作らなければなりません。仕事の機会を作ったりしなければなりません。水を得るようにしなければなりません。電気を得るようにしなければなりません。交通や通信がよくなるようにしなければなりません。経済が発展する状態を作らなければなりません。それは、政府の人たちの責任です。」 国民民主連盟議長 アウンサンスチーさんの5月22日、ダゴンミョーティッ(東部) で行なったNLD支部オープン式で行なったスピーチの全文。 (全訳終わり) 「システム」とは「電気発電、電気供給のシステム」だと思っていたら、どうやら「政治のシステム」のようである。 それなら、どのような「政治のシステム」に変えれば電気が来るようになるのであろうか。 政治を変えることで電気が来るようになるのだろうか。 自分にはこのスピーチも消化不良に終わってしまった。 追記: アウンサンスチーさんは明日からタイに出発。20年ぶりの海外渡航となります。 タイのフォーラムではどんなスピーチをするのでしょうか。 |

