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海外の人達と沢山仕事をしたこの夏。自分にとっては沢山の決意を新たにした夏にもなりました。国内情勢と海外の情勢、各国の人達の考え方や、仕事において日本が何に立ち遅れを感じさせるのかも再認識させられました。
昨日中国の方との仕事があったのですが、『これは本当に良くない状況かもしれない』と思えました。というのは、現在の国内情勢や社会状況、また大凡の世論調査などから出てくる個々の認識と、外国勢との間には相当に大きな隔たりがあるように感じました。これは実際に自らが音楽ビジネスのみではなく、ギャラの支払いや貿易に関与することで、為替レートのリスクや内外格差を肌で感じ、生身で体当たりして出てきた感想です。
結局のところ、日本は何処かに島国根性から脱却できず、マクロの目線で物事が進められない気がします。どちらかと言えば、目の前で捉え易いミクロの世界観から目線が行くような気がするのですが、これでは国際社会に大きく取り残され、気が付けば現状はかなり苦しいものが有ります。苦しいが故に、更なるミクロへ目線が向かうという悪循環から、何らかの形で抜け出さなければ、いずれ日本は世界第二位の経済大国は過去の偉人たちによって成し遂げられ、過去の産物に過ぎない、ものけの空になってしまうかも知れないという危機感さえ感じさせます。
昨日の中国の方からは、日本人の良くない部分を随分と指摘されましたし、仲良くなる海外勢からは大凡同意見として、
『Japanese is saying "Yes is not Yes" always I can't understend this expression and culture,also I dislike this expression in Japanese " Our try to best" so different meaning!』
と何十年も前から言われ続けている傾向から、未だ抜け出せないでいる現状があるように感じます。これは欧米勢だけでなく、アジア圏内や中東でも同様の意見が見られ、ほぼ世界共通で共有している認識のようです。ただ自分も日本に住み、日本人として会話するときには全てが『Yes,No』で片付けられず、微妙なニュアンスが日本文化には存在していて、それが美学であるとも思える部分があります。なので、どの立ち位置で自らが会話し、どちらのナショナリティの中で生きているのかを考慮していかなければ、相互の誤解を解いていくことが出来ないと思っています。
兄貴のように慕っている友人からは
『アメリカに移住しないか?』
という誘いを貰ったり
『活動の拠点を海外にしよう』
という意見があったり、沢山選択の余地はあるのですが、やはり国内に留まりながら海外との連携プレーを促す立場でありたいと思っています。
でも、この狭くなった世界で(物理的にと言うことではなく、入手できる情報として)生き残るのは、やはりグローバル戦略しかないのではないかと感じます。やはり世界観を広げマクロでの視野を作り上げ、海外との共存共栄を目指すしかないのではないかと考えています。
『お前は音楽だけやっていろ』と言われてしまいそうですが、音楽に関わっていると、とにかく海外との関係が濃厚で、少しこんなことも書いてみたくなりました。
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