「五十歩百歩」は、ほんとにそおか?!
【五十歩百歩】 (Yahoo!辞書)
...本当にそうか?!
ほらっ!こんなに違う。
ちなみに...ハトの場合。
やっぱり...違う
なんでも感心して聞いてちゃイカンな
※ちなみに「政府」「野党」「東電」では...どおなの?! |
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【五十歩百歩】 (Yahoo!辞書)
...本当にそうか?!
ほらっ!こんなに違う。
ちなみに...ハトの場合。
やっぱり...違う
なんでも感心して聞いてちゃイカンな
※ちなみに「政府」「野党」「東電」では...どおなの?! |
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【牛にひかれて善光寺参り】
《信心のない老婆が、さらしていた布を角にかけて走っていく牛を追いかけ、ついに善光寺
に至り、のち厚く信仰したという話から》思ってもいなかったことや他人の誘いによって、よい
ほうに導かれることのたとえ。 (大辞泉)
だけど...この牛じゃないだろっ
「善子さん」に「光子」さん?!
ひどい...ひどすぎるセンス。
でもこれ、実際に善光寺境内に
あるらしい...。 |
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【四六時中】
一日中。ずっと。 (語源由来辞典)
さて...この言葉、知ってはいるが深くは考えなかったでしょ。
一日は24時間。なのに何が「四六時中」なのか? その答えは...偶然にも嘉門達夫の歌に一致してたのです♪ 嘉門達夫の「替え歌メドレー」の中に、サザンの歌を 「しろく24、ししち28♪」と歌う部分があります。 そう、「真夏の果実」の中の一節です。 元々このことわざ、「二六時中」だったのです!! 子、丑、寅...昔は時刻を十二支で表していました。 一刻は現在の2時間。十二刻で24時間となります。 二六時中とは、午前六刻、午後六刻の2サイクルを表したもの。 午前と午後の両方で「一日中」を表す十二刻。 これが「二六時中」の語源なわけなのです。 ところが一日が24時間になったため、六時間×4=24時間。 で、「四六時中」となったわけです。 う〜ん、この使い方には、ちょっと無理があるよなぁ。 ところで浪〇さん!コメントに「時うどん」ネタ、使用禁止っす♪ |
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いったんネット上にアップされてしまうと、
情報は投稿者や為政者の意図に関係なく
どんどんと拡がっていくこと。
だからヘンな情報が流出してしまう前に、
先に「ネタとして作り上げた」情報を流すと、
何が何だかわからないことに...なるよなぁ。
悪いうわさというものは、いったん世間の人の口に上ると、とても防ぎようがない、
という意味。 ⇒ 「人の口に戸は立てられぬ」 (日本辞典)
それにしても...某都知事さんが無責任にも「海保職員が銛で突かれた。」 などというとんでもない噂を流したが、あれはどおしてそのままスルーなんだろ?!
ああいうこと、社会的責任がある人が言っていいとはとても思えないが。
開いた口が...ふさがらない |
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「そんなアホな!」と思うのが普通であろう。
負け惜しみである...が、命がけの負け惜しみなので、
できればこおいうことは避けた方がいいというたとえ?!
無念無想の境地にあれば、どんな苦痛も苦痛と感じない。(Yahoo!辞書)
という風にある。小学校の時に、炎の中心部の温度は低いと習ったが、
それにしても涼しいということはない。苦痛を感じない、というのは誇張だろう。
このことわざの出自は、織田信長が武田氏を滅ぼした際、恵林寺の僧・
快川が六角義弼らをかくまったため、織田信忠に焼き討ちにあった際、
このような辞世の句を残したと言われる。
しかしこの後焼け死んだわけで、たとえ熱さを感じなかったにせよ、
どう考えてもこれは負け惜しみ、捨てゼリフと言わざるを得ない。
あまり賢い行為とは言えず、これを格言とするのは「?」であろう。
まして受験生などにこう言うのは「逝ってよし!」と同義である。
『新釈ことわざ事典?!』編纂にあたって。
次男のガラクタを整理していて、「ことわざ辞典」を発見した。見ていると、「いやいや、これは
おかしいやろ?」というものや、時代にそぐわない、あるいはどう見てもむりやりこじつけた、
としか思えない「大人の浅知恵」と思えるものを多く発見。改めて「新釈」として編纂することに
しました♪ (編者 注。)
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開設日: 2006/4/15(土)