2012年1月7日 10日目 サマルカンド
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ミラクル体験!ドゥシャンベへの道
サマルカンドで我々が泊まったB&B「ザリナ」の人に、この後どこに行くか聞かれたので陸路でドゥシャンベまで行くと告げると、訝しげな表情をしていました。荷物を部屋に置き出かけようとしたとき、B&Bの事務所からおばちゃんが「ドゥシャンベまで行きたいんだろう」と声をかけてきて、事務所に招き入れ、お茶を出してくれました。
我々はサマルカンドのカフタルホナというマルシュルートカ乗り場からマルシュルートカに乗り、ウズベキスタンとタジキスタンとの国境、パンジャケント国境に向かう予定でした。これは『地球の歩き方'11〜'12』に載っていたルートです。
ところがそのおばちゃん曰く、パンジャケント国境はクローズされていて、しかも2年間ずっとクローズされているとのことでした。別の国境はサマルカンドから300キロ山間の道を走ったところにあるそうで、おばちゃんの知り合いのタクシー運転手に電話をし時間と料金を聞いてくれました。すると運転手さんからは、遠くて時間も料金も検討がつかないとの回答でした。
おばちゃんはドゥシャンベはあきらめ、タクシーを手配するからシャフリサーブスまで行ったらどうかと提案されました。これからまたウズベキスタンの別のところに行くぐらいなら、もうビシュケクに戻ろうというのが我々の考えだったので、おばちゃんには「ちょっと考えます」と言って、ひとまずサマルカンド観光に出かけました。
我々がドゥシャンベを目指したのは、陸路国境をまた戻ってビシュケクに帰るのはちょっとしんどいので、帰りは飛行機で帰ろうと決めていました。これまでのルートとビザの都合上、タシケントから帰るかドゥシャンベから帰るかしかないのですが、戻るぐらいなら進みたいということで、ドゥシャンベから乗ろうということになりました。
もう一つドゥシャンベに行きたかった理由は、ビシュケクでこの旅のためにビザ取りのため、ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタンの大使館をめぐりましたが、中央アジアらしからぬタジキスタンがゆる〜い感じで好印象でした。昼休み間際にタジキスタン大使館に着いたにも関わらず、快く手続に応じてくれ、オフシーズンということもあったのでしょうが、テレビを見ながら、携帯メールをしながら、ささっと手書きのビザをその場で発行してくれました。
そんなゆる〜い感じのタジキスタンとはどんな国なんだろう。情報が少ない故に、余計に行ってみたいという思いが強くありました。 それにビザ代については他の2国に比べてずば抜けて高く、30日間までで50ドルプラス(なぜか 50ソム(約86円)。わざわざまた50ドル払ってビザを取り直し行くのはアホらしい。 ドゥシャンベはあきらめ、タシケントから飛行機で帰るチケットを確保したほうがいいかなと、我々それぞれが思いながらタシケント通りを歩いていると、一眼レフを手にガイドの客引きを無視しながらモスクを撮影している東洋人が見えました。あの風体に一眼レフ、きっと日本人パッカーに違いない。もしかすると何か情報を持っているかもしれないと思い、彼の方へ向かうと、やっぱり日本人でした。思い切って「どこからサマルカンドに入ったんですか」と尋ねると、「タジキスタンを回ってドゥシャンベから入りました」と。
おー!なんということでしょう。サマルカンドで唯一見かけた日本人がドゥシャンベから来たとは。こんな偶然あるのでしょうか。
早速、その日本人パッカーがどのようにドゥシャンベから来たかを尋ねると、快く親切丁寧に若干誇らしげに教えてくれました。
彼もパンジャケント国境は封鎖されているという情報を知っていたので、ウズベキスタンのデナウから20キロぐらいのところにある国境から入ったそうです。
ドゥシャンベから国境までは乗り合いタクシーで1時間ぐらいで、料金は一人100ソーモニー(1500円)。国境を歩いて渡り、ウズベキスタン側国境からサマルカンドまでは、乗り合いタクシーで6時間ぐらいで、料金は一人40ドル。国境からサマルカンドまではこの時期はお正月帰省で利用する人が多く運ちゃんが強気のため、40ドルは普段の倍ぐらいの料金なのだそうです。
国境からサマルカンドまでは山間の道をひた走るとのこと。きっとB&Bのおばちゃんが言っていたルートでしょう。3日ぐらい前に降った雪は道路にはあまり残っておらず、タクシーの走行は問題ないとの事でした。
我々はタジキスタンのお金ソーモニーは持っていなかったのですが、その日本人パッカーによると国境で両替できるがレートはかなり悪いから、国境での両替は必要最低限にして、あとはドゥシャンベで両替したほうが良いと言われました。
またドゥシャンベの様子をこの日本人パッカーに聞くと、「何もないけど、昼間はウズベキスタンみたいに警官は多くないし、街の雰囲気はのんびりしている感じ。夜の雰囲気は出歩いていないからわからないけど。日中は毎日必ず数時間停電がありました。両替屋もあちこちにあって便利でしたよ。」とのことでした。
彼はこれからブハラ、ヒバへと旅行するとのことだったので、我々も彼に情報提供をすることができました。最後は「お互いに安全と健康に気をつけて旅行しましょう」と別れました。
この出会いのおかげで、ドゥシャンベまでの道が続きました。本当に神様っているんだなぁと思わずにはいられない出来事でした。しかしこのドゥシャンベで更に神業的経験をすることになるのです。
今宵の宿とディナー
我々の所持金がだいぶ少なくなり、帰りの飛行機代の分をとっておかなくてはならないため、安くてカード払い可能なところということで、B&B「ザリナ」にしました。
『地球の歩き方』には思いっきりVisaマークがついていたのに、いざ「ザリナ」に行くと、「うちはカードは使えませんが、宿泊費は普段より安いですよ」と。ウズベキスタンの地方都市のカード事情は本当にあてにならんな。で、いくらか聞くと40ドルとのこと。とりあえずお部屋を見せてもらうことに。
お部屋が明るくて清潔だし、バスルームもまずまず。大事な暖房の効きですが、窓側の壁にスチーム暖房が張り巡らせてあり、触ると触れないぐらいの熱さ。これなら問題ないだろうし、お湯もきっと問題ないだろうと思いました。甘かったですが。
このときの我々の所持金が300ドルと数十ドル。乗り合いタクシーに乗るのに細かいドル札があると支払いのときに助かります。100ドル札で払ったらドルでおつりをくれるとのことだったので、今夜はここに泊まることにしました。
B&B「ザリナ」で我々が借りた部屋です。
今夜の夕食は昨日と打って変わって質素に。ホテルの近くに「レギスタン」という2階建てのわりと大型スーパーがあり、そこへ買い出しに行きました。カップラーメンを買おうと思っていたのですが、こんなに大きく品物も揃っているのに、なぜかカップラーメンだけでなく袋ラーメンも売っていませんでした。タシケントではたくさんみかけたのに、そう言えばヒバのスーパーでも売っていませんでした。都会暮らしであればあるほどインスタントラーメンの需要があり日本も同じだなと感じました。サマルカンドやヒバの人々はインスタントラーメンがなくてもちっとも不便ではない暮らしをしているのでしょう。しかし旅行者としては手に入らないのは不便です。仕方なく、にんじんサラダだけ買いました。また途中の商店でサマルカンドの地ビール「パルサー」を買い、ホテルに戻りました。
外から戻ってきたばかりのホテルの部屋は暖かく感じても、ずっと部屋にいるとそうでもないことが発覚。こんなにスチーム暖房は熱いのに、どうして部屋が暖まらないのでしょうか。今夜も凍える夜になりました。
今夜のディナー。寒いので、スチーム暖房の前に張り付いて食べました。
ウズベキスタンのビールはナンが美味しいだけあってか、小麦の味がしっかりした濃い味でやや甘めでヨーロッパビールのよう。キルギスのビールより断然おいしい。
お湯はちゃんと出るよね。恐る恐る蛇口を全開にし5分、10分経ってもぬるま湯でヒバを彷彿させます。まさかサマルカンドでも凍えるとは、もう諦めて意を決してぬるま湯シャワーを浴び、バスタオルを巻いてスチーム暖房の前でガタガタ震えながらうずくまる。ダーリンはこのときがこの旅で一番凍えたと言っていました。確かにスチームの前でバスタオルに包まりながらガタガタ震えるダーリンの姿は、凍死しかかったETのようでした。
こんなに寒いのにベッドは薄っぺらい夏がけ布団しか用意されていなかったので、毛布を持ってきてもらうようにB&Bの人にお願いしました。毛布を持ってきてくれたついでに「お湯が出ない」と試しに言ってみるとぬるま湯を指して「お湯は出てますよ」と。ダーリンが「これが一番熱い温度ですか」と聞くと、「そうです」と。B&Bの人は厚着してスチーム暖房の前から離れられない私に「そんなに寒いですか?」と不思議そうな表情をしていました。
やっぱりこちらではあれがお湯だし、この部屋の温度は暖かいに入るんだな。ますますビシュケクの我が家は恵まれているんだと実感しました。
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