人星亭喜楽駄朗オフィシャルブログ

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幼少時の思い出

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ナツメ

 
1 人星亭喜楽駄朗自宅そばの野原に一本のナツメの木がある。
 
  昨日、野原を散歩したら、ナツメが食べ頃になっていた。
 
2 一つもぎ取り食べてみた。
 
  ああ、少年の頃の思い出がよみがえってきた。
 
  50年前と同じ香りがする。
 
3 人星亭喜楽駄朗の少年時代は美味しい甘いお菓子をあまり
 
与えてもらえなかった。
 
それでどうしたかと言うと、仲間で野原や林に行っては、食べ物
 
を採っていた。
 
ナツメなんかは最高に美味しいごちそうだった。
 
4 ザクロ、スグリ、アケビ、柿、栗、野いちご、、、、野原や林
 
        には美味しい食べ物がいっぱいあった。
 
5 今の子どもたちは野原や林を駆け回ることを知らない。
 
  あんなに楽しかったことを今の子どもたちにも伝えたいとは
 
  思うが、全然興味を示さないのだろうか。
 
6 岩手県の小岩井農場に夫婦で遊びに行ったことがある。
 
  都会から来たであろう子ども連れ家族がいた。
 
  10歳くらいの子どもは牧場のベンチに座ってゲームを一生懸命
 
  やっていた。
 
  お母さんがたまりかねて
 
  「あんたね。こんなに素晴らしい景色の小岩井農場に来ても
 
   ゲームしているの。そんなのやめて、馬にでも乗ったら」
 
  と怒っていた。
 
  子どもはもしかしたら、ゲームで競馬レースを楽しんでいるかも
 
  しれない。
 
  子どもの精神構造はすっかり変わってしまった。
 
 
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焦げ飯の思い出

 
1 人星亭喜楽駄朗は幼少時、祖母に可愛がられた。
 
  いわゆるおばあちゃんっ子だった。
 
2 小学生の頃、外で遊んでお腹を空かせて家に帰ってくる。
 
  「おばあちゃん、何か食べたい」と言うと
 
  祖母は釜の底に焦げ付いている飯をきれいにはがして、
 
  にぎりめしをつくってくれた。
 
3 その美味しかったこと。今でも忘れない。
 
  標準語では「おこげ」とでも言うのだろうか。
 
  今の電気炊飯器は進化し過ぎていて、おこげができない。
 
  「おこげ」というボタンを押したらおこげができる炊飯器が
 
  欲しいね。
 
  メーカーで開発したら売れるのはないだろうか。
 
4 昔の人星亭家は家族8人の大所帯だった。
 
祖母は、大きな釜に一升ものお米を入れて、かまどでマキを
 
燃やして毎日ご飯をつくっていた。
 
  水は地下水を手押しポンプでくみ上げていた。
 
  水くみは私の仕事だった。
 
  かまど、水場、調理場が離れていて、祖母のご飯づくりは
 
  大変だったと思う。
 
5 祖母が亡くなって20年にもなるが、祖母の笑顔は
 
  今でもしっかりと脳裏に刻まれている。

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