ちけん坊のブログ

日頃の仏事での出来事や感じた事などを綴っています。写真は花や虫を中心に自然の風景を掲載しています。

祈りの風景

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遺影と供養の関係

少し前までは、亡くなられた方の年齢が八十歳になっておられたら長生きされたという感覚があったが、最近は高齢化社会で九十歳を越えないと長生きされたとは言えなくなってきているようだ。そんな中にあって故人が若ければ余り影響はないが、高齢の方を見送る時の遺影が供養をする上で大切なツールとなっている。

 私は葬式の時には必ず遺影をしっかりと見つめてお経を唱えるが、読経していると何となくその人の生きて来られた足跡というか、人生観みたいなものが垣間見える。その一方で亡くなられた年齢よりもかなり若い遺影が祀ってあったりすると、なかなかその故人をイメージしにくいものだ。
 
 お葬式の前には枕経をするので実際の遺体のお顔を拝見するのであるが、そのお顔と全く違うとなれば戸惑いだけでなく、読経ののトーンも自然と下がってしまう。そんな時には枕経で拝見したお顔を思い出して読経するようにしているが、何か違和感があるのは否めない。


 供養する側からすると遺影を拝見し、故人に想いを馳せて読経や様々な修法をする。例えばお性根抜き一つをとってみても、蓮華印を結んでそこに仏さま(霊)を乗せて法性の界に送ると観想(イメージ)するように、お葬式の時などは故人の霊を観想して引導するからだ。

亡くなられた時に比べて極端に遺影が若いと、その観想が曖昧なものになってしまう。できることなら亡くなられた年齢に近い遺影か、少し若くても晩年をイメージできるものにしたい。特に供養では、故人が高齢者であればあるほどその遺影の持つ役割は大きいのだろう。

※ヤマボウシの花芯・・・
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