ちけん坊のブログ

日頃の仏事での出来事や感じた事などを綴っています。写真は花や虫を中心に自然の風景を掲載しています。

祈りの風景

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諷誦文の整理

葬式の時に奉読する諷誦文(ふじゅもん)の数が百通を超えた。古いものからある程度は削除しているのであるが、なかなか思い入れや未練があって躊躇してしまう。諷樹文は引導作法の中核を成すもので、昔は「亡者の供養の為に読経する主旨を述べること」とされていたが、江戸時代には「滅罪の経典を読誦し、即身成仏の印言を授け、真言を聞かして成仏させる」と変化してきている。

現代では、①無常の必然(死の事実)、②故人の足跡、③追善作法(亡者の供養)、④亡者のあるべき姿(後生の安心)の四つのパートで構成するのが一般的となった。①の無常の必然には当然ながら故人への哀悼の意が含まれる。導師としての技量が試される場面だ。亡くなられて枕経が終わり通夜までの間の限られた時間で作成しなければならず大変である。

僧侶によってはいくつかのバターンの諷誦文を使い回し、故人の略歴だけを入れ替えている方もいるようだ。それはそれで忙しい寺院では仕方ないことなのだろう。そんなことを思うと、暇な田舎寺の住職である私はある意味で幸せと言えるが、亡くなられた施主家には余り関係ないことだ。誠実に遺族の気持ちと寄り添う事が住職としての勤めで、諷誦文にはその気持ちが顕れる( ^ω^)・・・溜まった過去の諷誦文にそんな事を思っていた・・・

◇一週間前の裏山
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