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堂々と国策捜査で打って出て欲しい!!植草事件について神州の泉さんより転載

堂々と国策捜査で打って出て欲しい!!植草事件について神州の泉さんより転載
テーマ:謀略と真相

堂々と国策捜査で打って出て欲しい!!


ある支援者の方から、私が送ったメールに対して一通の返事が届いた。この方とは何度か支援のことで話し合っているが、返事のメールに出ていた気持ちは、ほとんど今の私の気持ちと同じものなので、ご本人の了解を得てここに掲載する。

(筆者が送った16日のメール)
*******************************************************************************
○○○○ 様

 おはようございます。昨日結審公判に行ってきました。Aさんに代表して傍聴していただきました。今までのマスコミ報道や裁判官の質問の仕方などから、ある程度は今回の帰結を予想していましたが、実際にそうなってみるとやっぱり強いショックと虚無感に襲われます。私は裁判官の常識や人間性に一縷の希望を持っていたので本当に残念です。彼らはゆがんだ権力機構の走狗としかいいようがない。怒りがこみ上げて仕方ありません。

 Aさんが傍聴したのでブログに簡単に書きました。無力感があります。日本の司法はここまで堕落を極めているんですよ。無実であっても、実際に相当数の無実の証拠を突きつけても、さも当然のように支離滅裂な検察側証言を百パーセント汲み取る裁判官に熾烈な怒りを覚えます。このどこが法治国家、民主国家でしょうか。

 今の権力機構は一部の金持ち連中と国際金融資本を利して国益を毀損することにしか機能していませんよね。事実上の警察国家です。権力の恣意性によって無辜の民がどんどん毒牙に噛み砕かれます。このままじゃ北朝鮮並みになるのは時間の問題でしょう。植草さんは最初から国策捜査で突き進むべきでしたね。

 http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2007/10/1016_9c5e.html

                      高橋博彦

*********************************************************************
(17日に来た返事)

高橋さん、メールありがとうございました。

 判決についてはTVの報道で知りましたが、「やはり」と思いました。
無罪判決を勝ち取るにはあなたの指摘のように作戦を正面から国策逮捕の線で
戦わなければ勝ち目はないでしょうね。
前の2回の件についてもきっちり冤罪を主張すべきだったと思います。

 植草さんが控訴後、どのように戦うかそれ次第でしょうね。
とても酷な言い方ですが、
私は死ぬ覚悟で家族と自分のために、そして彼を信じている人たちのために
戦い抜くように願っています。
 限りある命、彼が現世で救われる道はそれしかありません。
今は彼にとって自分自身の生まれてきた使命をまっとうする試練の時です。
そのような前世の縁をしょってきているひとなのだと私は思っています。

 彼が真に覚醒し、果敢に挑戦していくことが道を開く事になると信じています。
まわりは所詮、まわりです。すべて本人次第です。
現行の社会システムがそうである限り、司法の内幕がいくらひどかろうと
その中で勝利を勝ち取ることしかありません。
ただ、ただ、攻撃があるのみです。
罠に落ちた自分をいくら振返り、悔やんでみても始まりません。

 もし植草さんにお会いすることが可能なら、私はこう言いたいのです。

しばし心を休ませた後、
怒りをもって立ち上がってください。それがあなたの使命です。
あなたがそうするならば、応援します。

  ○○○○より

*******************************************************************

この支援者さんの思いはほとんど私やA氏の思いに等しい。我々に限らず、ゆうたまさん、mojoさん、その他の方々、実に多くの支援者さんが、この10ヶ月、検察側証人の数多くの矛盾点や瑕疵を発見し、そのつど、詳しく指摘しており、それはいちいち納得できることだった。しかし、結審において裁判官の判決は、決定的な目撃証人の言い分を頭ごなしに無視、徹底して検察側証言を是として採用するという結果になった。この裁判は明らかに暗黒裁判の様相を呈していると言わざるを得ない。植草さんご本人も語っているが、この裁判は法を適正に運用すれば有罪の余地はまるでないものだ。ところが裁判官の裁定は著しく法の適正さを欠いており、弁護側の言論をほとんど採用しないという異常な結果に終わった。この異常に偏った裁定基準と、事件初期からマスメディアが報道した一方的な印象操作はけっして無関係ではない。なぜならこの偽装事件の本質は、品川偽装事件及び京急偽装事件ともに、1998年の東海道線で起きた冤罪事件を徹底的に利用した国策捜査だからである。あとで展開するが、この国策捜査を実行した連中は、三度の事件の連続性を利用し、植草さんに対して虚構の性癖イメージを植えつけた。その理由は、メディアをフルに使って国民をごまかし続けた小泉政権の反国益性、そして経済犯罪の事実(りそなインサイダー疑惑)を、植草さんに暴かれて欲しくないからだ。

 私のような無名の一般人が言うのはおこがましいのだが、植草さんはしばしば「歴史に学ぶ」ということを語っている。私も上記のメールと同様にはっきりと申し上げるが、植草さんはこの第一審に用いた公判戦略、その経過、そしてその結果を深く見つめ、ご自分の命運を左右することになったこの裁判の歴史的な現実を乗り越えて欲しい。

 個人も、社会も、それぞれが実存的存在であるとともに歴史的な存在でもある。より良い未来を形成するには、この歴史の失敗から何か教訓を得ることだと私も思う。本当に私も酷な言い方をするが、植草さんには第一審で用いた公判戦略の完全な失敗をとことん突き詰めて欲しい。二度にわたる弁護団の皆さんがどのような思想で弁護方針を定めたのか知る由もないが、裁判の素人の私が見ても明らかに効果の少ない闘い方だったという印象はぬぐいきれない。私は第二回公判を傍聴しているが、検察側の目撃証人は「私服の男性が」と確かに言い放っている。ところが弁護団はその肝心な言葉をいっさい追及しなかった。また刷新された新弁護団が展開した「犯人誤認説」は初期から最悪の戦略だった。私はこのような曖昧で妥協的な戦略は必ず逆手を取られると予想していたが、果たしてその通りの結果になってしまった。

 そもそもこれは国策捜査なのだから、これには痴漢犯罪そのものが生起していなかった。従って偽装犯罪論を前提として、これに一貫性を持たせるべきだったのだ。私もA氏も同じ考えだが、今後、植草さんは第一審で展開した弁護方針はいっさい捨てて、国策捜査論一点張りで立ち向かって欲しいと思う。なぜなら裁判官と検察の蜜月関係が揺るがないなら、どのような公判戦略をもってしても結果は同じだからだ。それなら歪んだ司法と検察を相手に、堂々と国策捜査論を戦略の礎(いしずえ)として打って出るべきだと思う。植草さんの臨む法廷が、適正な法が適用されない魔窟だとしても、戦いの中心はその場所になるから、巨大な相手を睨んで再び真実の開示に挑んで欲しい。そうすれば植草さんは、裁判史上、初めて国策捜査に挑んだ人間として歴史に名を残すことになる。また、その方向にしか真の名誉回復はないと思っている。

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資本主義は崩壊し、自然主義経済になる。


今、地球上で資本主義でない国家、それは発展途上国や自給自足経済をなしている国や民族でしょう。そもそも、西洋が尺度として定めた近代国家をなしとげた時点で、すでに資本主義ができてあります。たとえばすでに東南アジア各国は資本主義であると言えるかというと、首都のあるところではそうですが、奥地へ行ったらまだまだ資本主義でない地域や民族も多数あります。

したがって、近代国家形式の政府に束縛されていない人は、非資本主義の人となるでしょう。

彼らは最も自然に沿った生き方をしています。だけれども、先進国の人間がこれをまねしようと思ってもできることではありません。

すでに近代文明を身につけてしまっているので、彼らのまねをすることはほとんどの人間が賛同しないし、また不可能です。しかし、この資本主義のまま政治経済をやっていくと、必ず地球環境は破壊され、拝金主義・拡張主義によって戦争をせざるをえなくなります。今日の格差拡大も、小さな政府を志向したからそうなったのではなくて、大きな政府にしても当然に起こってくる問題です。なぜならば資本は必ず強いところに集中しようとするからです。政府がいくら金持ちから税金を巻き上げて貧乏人に配ったとしても、必ず資本は強いところに回っていきます。だから、地球環境も戦争も貧困も解決されません。



社会主義の崩壊は誰でも簡単に想像できます。社会主義政権が崩れればそれで終わりです。もともとは資本主義だったのだから、社会主義崩壊後は当然に資本主義となると人々は考えます。そして、またそれはそのとおりであります。

しかし資本主義の崩壊はほとんどの人がなかなかイメージできない。ここに落とし穴があります。つまりお金というものは当たり前に存在していると、骨の髄までしみ込んでいるから、資本主義の崩壊が想像できないのです。

資本主義というものは、現代のお金というものは、自然万物よりも優位に立っています。お金は何にでも交換できますが、バナナはバナナとしての用しかたちません。バナナをもってしてりんごの味を味わうことはできません。ただしお金ならばそれができます。

だからいつでもお金は圧倒的に強い。政治が発生してくるのは、富を蓄積できるからです。穀物の貯蔵が支配と被支配をうむわけです。でも、狩猟採集時代には政治は存在していなかった。なぜならば、他人の富を巻き上げることができないからです。

他人の富を合法的に収奪するのが、政府の徴税です。政府はその徴税の代わりに他国からの侵略に対しての安全を保障します。なぜ他国が侵略してくるかというと、その蓄えられた富を収奪できるからです。富が蓄えられなければ、宗教的要因を除いて人々が殺しあう必要はなくなります。

したがって、富を蓄えることができないようにすれば、貧富の差や戦争は生まれない・・・と、こうなります。その方法は資本主義をやめることです。そしてその資本を政府に集中させることでもない。つまりどこにも集中させず、資本は分散することによってうまく機能する社会を作ればいいということです。

資本主義でなければ社会主義、土地は私有でなければ国有、民家の競争でなければ政府の補助というように、二者択一でしか考えられないのが現在のい政治家、政党、官僚どもです。これは中道に行けということではありません。この質問内容自体からの脱却を達成できるのが、自然主義経済です。

自然主義経済は、通貨にマイナス利子の方法をとります。お金を持っていると減価しますのでお金は必ず分散し、つねに移動をしようとします。

そのとき、お金は力をもたず、労働や生産、自然万物そのものが強くなります。そうなったとき、経済優先から自然優先に変わります。お金をたくさん持っていても損をするので、

富を貯蓄することに意味がないので、他国に侵略しても無意味です。ただし、これは食料とエネルギーが完全自給されている状態です。これらの自給は資本主義によっては、お金が強いために達成されず、モノが強い場合には達成されやすくなります。原子力は効率が悪く、太陽光は産地直送エネルギーなので効率が良くなります。お金がモノよりも優位であると、月々の電気料金を支払うほうが太陽光というモノそのものより力を持つためです。

金持と貧乏人に二極化がなぜ進んでいくか。お金がためておけるからです。自然万物は減少しているのに、お金だけはその量が維持ないし増殖しています。自然界とのバランスが崩れていくのは当然です。

だから自然主義経済における通貨というものは、自然万物と同様に劣化していくものです。プラス利子制度などを始めたのはつい200年くらいの話であり、この方法を延々に続けるのは不可能です。土台不可能なシステムを我々は採用し、そしてそれを信じて疑うべくもない人々ばかりになっています。

イエスキリストの父が1ペニヒを預金していると2000年経った現在では、そのプラス利子によって、地球五億個分の金塊に相当するといいます。どこにそんなものが存在するでしょうか。このようなわけのわからぬシステムが資本主義経済であり、このような常識の中であれこれと議論されているのが既成政党です。ここにメスを入れない限り、すべての政策課題は解決しないでしょう。国防、経済、財政、教育、食糧、エネルギー、地域の問題、ありとあらゆる分野です。このまやかしのルールがすべてを狂わせています。

資本主義というものは架空の富をたくさん作りだします。だから負債というものも架空です。つまり世の中に存在している財産と、世の中に存在している負債とはつりあっていません。

この世の中に存在している通帳上のお金をすべて出してみろと言ってもできないでしょう。だから人類は、拝金主義としてお金中心にならざるをえなくなります。どこにもそんな富は存在していないのが現状です。

ようするに資本主義とは世界最大の詐欺師のマジックなのです。

ここにすべての原因があるのであって、憲法をどうしようと、人権がどうだろうと、何党が政権をとろうとも、すべてはこのお金のルールから動かされているだけであって、ここに人類は気付かなくてはならないのです。

http://heiwatou.web.fc2.com

転載元 転載元: 平和党公式ブログ(代表・大坂佳巨 低学歴・低収入・低血圧)

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小麦貿易がロシア前衛芸術を運ぶ

小麦貿易がロシア前衛芸術を運ぶ
 20世紀末、ラテンアメリカではガルシア・マルケス、フリオ・コルターサル、アレッホ・カルペンティエールといったノーベル賞クラスの小説家が大量に姿を現した。

 その作風は一様に、前衛芸術と言われたフランスのシュール・レアリズムとロシア・アヴンギャルド芸術を複合させたものであった。

 30年間共に暮らした夫婦であっても、お互いを100%理解し合う事は不可能のようである。妻は夫に不満を言い、夫は妻に不満を言う。その意味で、人間は一生自分を100%理解してくれる人間の居ないまま、孤独で生き続ける事になる。ノーベル賞作家大江健三郎は、作品の中でアルコール中毒患者をしばしば描きながら、その登場人物を使い「100%他人に理解される事の無いその人間の孤独は地獄だ、そこから抜け出したい」等と酔っ払って語って見せる。おそらく大江の本音であろう。

 フランスのシュールレアリズムは、その人間の内面を深層心理まで遡り、表に出し、表現しようとした。しかし深層心理を表現しただけでは足りない。ロシア・アヴンギャルドはその深層心理の欲求を、政治の世界で実現しようとした。人間の欲求、理想が政治の世界で100%実現する、それは確かに理想である。

 人間の内面の欲求を全て政治的に実現する。芸術の政治化、政治の芸術化の課題は、現代の芸術の世界ではタブーで、誰も挑戦しなくなった。このテーマを芸術家は「怖がり」避ける。芸術家は政治とは無縁、政治家は芸術知らず・・ロシア・アヴンギャルド以降、果敢な実験から芸術家達は「逃げて」来た。芸術家達の無知と無能と臆病が原因である。

 ラテン・アメリカの作家達はこれに挑戦した。そしてノーベル賞が続出する事になる。

 この一群のラテン・アメリカ作家達をラプラタ派芸術と呼んだりする。南米を貫く大河ラプラタの沿岸に、この作家達が多数輩出したためである。

 文学研究者達は、なぜラプラタ河沿岸に大作家達が輩出したのか、答えを見出せていない。文学者は文学の研究しか行わない。そのため問題が見えない。ノーベル文学賞の秘密は、小麦の流通ルートを知らなければ解明出来ない。

 南米の産業は農業と資源開発である。世界中で、農産物と資源の輸送は河川のある所では河川を利用し、水路運搬が行われる。鉄道、トラック輸送よりはるかに安価に輸送が可能なためである。北米大陸では多くの河川が最終的にはミシシッピ河に注ぐ。カナダと米国を貫くミシシッピ河が、北米大陸の食糧輸送の大動脈となる。

 世界最大の穀物輸出地帯=北米大陸には、カナダ、米国という国境は無い。カナダ、米国の農産物は、ミシシッピ河上の船舶で「混合」されて運ばれる。ミシシッピ河文明である。

 南米では最北部を除き、大部分の河川は最終的にはラプラタ河に注ぐ。豊かな南米諸国の農産物は、ラプラタ河上の船舶で「混合」され一体化されて運搬される。アルゼンチン農業、ウルグアイ農業等は存在しない。ラテンアメリカ農業だけが存在する。ラプラタ河文明である。

 過去に南米諸国に乱立してきた軍事独裁政権は、米国の穀物商社が背後から支えて来た。軍事独裁政権により貧しい農民を軍事力で押さえ込み、安い賃金で大規模農場で働かせる。安い賃金=安価な農産物、それが穀物商社に莫大な利益をもたらして来た。その意味で一群の南米諸国の軍事政権等は、カーギル、ADM社等の穀物商社独裁政権として「1つ」であった。この南米の穀物商社独裁政権の輸送網がラプラタ河である。南米諸国はラプラタ河独裁政権とも言える。

 北米大陸では、ミシシッピ河の河口ニューオーリンズに圧倒的大部分の穀物が集まる。ここが世界最大の穀物輸出港である。ニューオーリンズのあるルイジアナ州の名前は、フランスのルイ国王の名前から取られた。ニューオーリンズの港周辺には、フレンチ・クォーターと呼ばれる古式豊かなフランスの街並みがある。世界最大の穀物輸出港ニューオーリンズは、かつてフランスが植民地として支配して来た。ニューオーリンズの最大勢力が、フランスの穀物商社ドレフュス社、アンドレ社、ブンゲ社等であった。

 一方、南米の豊かな穀物農産物は、ラプラタ河周辺に集まり船舶で河を下り、ラプラタ河の河口アルゼンチンのブエノスアイレスに集積される。ここがラテンアメリカ最大の食糧集積地である。

 ブエノスアイレスからは、さらに船舶で南米を支配する穀物商社の本拠地ニューオーリンズに向かう。ブエノスアイレスとニューオーリンズを結ぶ航路が、南北アメリカ大陸という世界最大の農産物輸出地帯の大動脈であり、南北アメリカを事実上「一体化」して来た。

 ニューオーリンズに集まるフランスの穀物商社は、元々はベルギー、スイス等の出身企業であり、ロシア、ルーマニア等の豊かな農産物を西欧に輸出して来た。

 フランス語の古語ロマン語を話す人間達をロマン人と呼び、それを英語読みでルーマン、ルーマンの作った国をルーマニアと呼んで来た。またロマン人をラテン語読みでア・ルマン、ア・ルマンの作った国をアルメニアと呼んで来た。共にフランスの植民地であり、古来フランスが穀物を求め、東欧ロシアの一部を植民地支配して来た歴史が見える。

 ロシア最大の油田アゼルバイジャンのバクー油田の利権を巡り、戦争を繰り返すイスラム教アゼルバイジャンとキリスト教アルメニア。ア・ルマンの国アルメニアの背後には、フランスの石油企業エルフ・アキテーヌ社、トタル社が居る。

 フランスの穀物商社もルーマニア、ロシア=ウクライナの穀物の輸出入を専門とし、アムステルダム、アントワープの港を使用して来た。フランスの穀物商社は、ウクライナ、アントワープからニューオーリンズ、ブエノスアイレスへと穀物貿易の手を拡げて行った。アントワープとブエノスアイレス、ニューオーリンズを結ぶ航路が世界の穀物の大動脈である。

 1917年、ロシアの共産主義革命で逃げ出したロシアの富裕層は、このルートで北米、南米に亡命した。

 一方、第二次世界大戦後ウクライナ独立運動がソ連(ロシア)に弾圧されると、独立運動家達はカナダのアルバータ州に逃亡した。カナダ最大の穀物地帯アルバータ州と、ロシア最大の穀物地帯ウクライナはこれで連結された。アルバータ州等の穀物は、5大湖の水路からミシシッピ河=ニューオーリンズへと運搬される。

 そして穀物商社ドレフュス、ノーベル平和賞受賞者アルバート・ゴアが、ソ連から密輸した天然ガス、原油から化学肥料、農薬がアルバータ州で生産され、それはミシシッピ河を下降しながら全米の農家へ運搬されて来た。さらに農薬、化学肥料は、ミシシッピ河口のニューオーリンズからブエノスアイレスへ運ばれ、ラプラタ河を北上し南米全域の大規模農場に配布されて来た。船舶の行路には農薬、化学肥料、帰路には農産物。高価な農薬、化学肥料の代金を安価な農産物で支払わせる、事実上の南米農産物の「買い叩き」である。

 世界最大の食糧輸出大国アメリカ=カナダ、世界2位の食糧輸出大国フランス(の穀物商社)、ロシア最大の穀物輸出地帯ウクライナ、大豆小麦輸出で常に世界トップを争うアルゼンチン等の南米諸国が、こうして連結される。これがカーギル、ADM(アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド社=フランスの穀物商社アンドレ社、ドレフュス社と合併)の活動ルートである。

 1930年代、ソ連(ロシア)に独裁者スターリンが現れ、自由な芸術活動が弾圧されると、ロシア・アヴンギャルド芸術家達はこの穀物商社の貿易ルートでニューオーリンズ、ブエノスアイレスに逃れた。

 1968年、哲学者サルトル等の活躍したフランス5月革命が挫折すると、シュールレアリズム芸術に革命の理念を「溶かし込んだ」前衛芸術家達が、フランスの古い植民地ニューオーリンズへ傷心の旅に出、ニューオーリンズからブエノスアイレスに漂着した。ブエノスアイレスで、独裁者スターリンに追放された老成したロシア革命の闘志達とフランス5月革命の闘志達は、南米の軍事独裁政権を打倒するラテン・アメリカの革命家達と合流し、ラプラタ河を北上、南米に散らばった。

 ロシア・アヴンギャルド芸術とフランス・シュール・レアリズムが、ブエノスアイレスで合流しラプラタ河を北上、ラプラタ派芸術を生んだのである。


※・・シュール・レアリズム芸術については

 全集「小説のシュール・レアリズム」白水社 全巻を参照。


 ラテン・アメリカ作家については

 全集「ラテンアメリカの文学」集英社 全巻
 全集「ラテンアメリカ文学叢書」国書刊行会 全巻

を参照。


 ロシア・アヴンギャルド芸術については

 花田清輝「アヴンギャルド芸術」新潮社
 シクロフスキー「ロシア・フォルマリズム論集」岩波書店
 また、桑野隆氏の全著作を参照。


 ラテンアメリカ諸国の軍事独裁政権については

 ウィリアム・ブルム「アメリカ国家犯罪全書」作品社を参照。

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松本哲
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