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国史画帖『大和桜』⑱ 源 義平、平 重盛、待賢門の奮戦・・

平重盛は「年号は平治1159-60なり、都は平安、我等は平氏なり、敵を平げるに何の疑いあるべきぞ」と平安城を守る藤原信源義朝を攻めるべく、待賢門(御所東門)に自ら五百騎を率い攻め寄せ、大音響に「この門の大将、信頼卿と見るは僻目(ひがめ=偏見)か、かく申すは桓武天皇の苗裔、太宰大弐清盛が嫡子左衛門佑重盛(さえもんすけしげもり)、生年二十三」と名乗りをかければ、信頼恐れて退く。

義朝これを見て「悪源太はおらぬか、信頼の大臆病者は攻め立てられしぞ、あれ追い出せ」との声に応じ「かしこまりました」と駒に一鞭当て駆け出でて大音響にて「この手の大将は唯人ぞ名乗り給え、我こそは清和天皇の後胤、左馬頭義朝(さまのかみよしとも)が嫡子、鎌倉悪源太義平(あくげんたよしひら)十九歳、いざ見参」と群がる敵の真ん中に躍り込み、続く十六騎共に、馬の蹄に蹴散らし斬り倒し、その勢い鬼神の如く、たちまち五百騎を追いまくり・・・

重盛新手を率いて、またも攻め来るを義平は弓を小脇にかい挟み「出でや組まん」と、互いに左近の桜、右近の橘の周囲を、追いつ追われつ、げに天晴の戦いであった。


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     小松内大臣重盛、悪源太義平・・紫宸殿の戦図

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      小松内大臣重盛、悪源太義平・・紫宸殿の戦

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           藤原信頼 (ドラマより)
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            京都御所・大内裏


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