わっ道具屋だ
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いきなり一丁入りで出て来るトンチキがいると思ったら・・・。
立川錦之助
落語にゃなってないけど・・・この勢いでしゃべりまくられたら、今の落語家は敵わない。
本名_____北野武(きたのたけし)
生年月日___1947年(昭和22年)1月18日 出身地____東京都足立区 師匠_____深見千三郎 松鶴家千代若・千代菊 立川談志 入門_____1974年(昭和49年)(松鶴家千代若・千代菊) 所属_____オフィス北野
1973年(昭和48年)にビートキヨシと「ツービート」でデビュー。後に解散。
1986年(昭和61年)12月に写真週刊誌「フライデー」の編集部を襲撃。翌年6月に傷害罪で懲役6カ月、執行猶予2年の有罪判決。
1994年(平成6年)8月、ミニバイク運転中に転倒し右頬など3ケ所を骨折する重傷。翌年3月復帰。
「HANA-BI」の金獅子賞は、日本人監督としては1951年(昭和26年)黒沢明監督の「羅生門」、1958年(昭和33年)稲垣浩監督の「無法松の一生」以来、39年ぶり3人目。
余談だが、ビートたけしには師匠が多い。まず本当の師匠と言えるのが浅草ロック座時代に座長だった深見千三郎。その後、1974年(昭和49年)頃に松鶴家千代若・千代菊に師事し、「松鶴家二郎・次郎」。後に「ツービート」に改名。売れてから解散後、以前からファンだった立川談志に弟子入り志願。立川流落語会Bコースに入門して「立川錦之助」という高座名をもらう。その他、Wけんじも師匠格だという話。さらにツービートのデビューの世話をした松鶴家千とせも、師匠格と言えるかもしれない。(geinin.jpより転載)
19:48 |


もう落語だかなんだか分かりませんが、ここまで笑わされると「参りました」としか言いようがないですね。横井英樹とか片桐機長とかに時代を感じます。
2006/1/9(月) 午後 11:20 [ mannennetaro2005 ]
彼は、やる事がいっぱいあって、まさか落語家にはなりませんが、彼のような熱心さと感性で落語をやられたら、たちまち名人になっちゃいます。落語の名人は、現れにくくなったのじゃありません。名人になる為の努力をしていないだけです。
2006/1/10(火) 午後 2:11
北野監督として映画を撮るまえに、座談会で「日本映画史」に載ってた事柄を話してましたが…あれほど忙しい人がいったい何時、あんな分厚い本を読んでるんだろうと感心しましたよ~~。…暇があっても読破できないままの私です。~~
2006/1/10(火) 午後 6:56
昼行灯と云われた大石内蔵之助も、左甚五郎も、普段はぼんやりしていても、やる時ゃやるんですね。それが名人です。志ん生の根多じゃないけど、ぼんやりしているから、名人かな?と思うと・・・やっぱり、ぼんやりしているのが普通です^^。
2006/1/11(水) 午前 4:50