ちょうど時間となりました
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「おとなの漫画」と云う、昭和30年代に月〜土の昼帯でやっていた、非常にユニークな5分のコント番組のエンディングで使われたフレーズだ。 なにわ節の、二代目 広沢虎造の「ちょうど時間となりました」と云うフレーズをアレンジして、残念と云う意味の「シャクだった」を追加したものだ。当時、流行語大賞のようなものがあったら、間違いなく大賞を獲得したと思われるほど、当時の子供たちは、このフレーズを良く使った。 「おとなの漫画」は、5年半に渡って放送された番組だった。今なら問題にならないが、放送当時としては、非常に過激な、不謹慎な番組としてスポンサーやPTAには評判が悪かったようだ。しかし、一般の視聴者には絶大な人気があった。また、ハナ肇とクレージー・キャッツを有名にした番組でもあった。 おとなの漫画 フジテレビ 昭和34(1959)年3月2日〜昭和39(1964)年12月31日 政治や社会的事件をニュース・コントとして戯曲化したユニークな番組。月曜〜土曜の昼、5分間の生放送。その日の新聞を見て、城悠輔とブラック・バッグスや青島幸男等のコント作家が、即座に根多を作ってコントにした。 |




おもしろ〜いo(*^▽^*)o~♪博士が10才頃?。父も母も子供の頃は自分の家にテレビが無くてテレビを持っている家に見せてもらいに行ったらしいです。
2006/6/25(日) 午前 10:45
この背景には欠かせない存在。早稲田大学法学部在学中の1951年、松本英彦、中村八大らと『渡辺晋とシックス・ジョーズ』を結成したリーダーの渡辺晋氏。プロダクション(渡辺プロダクション)発足時の大きな賭けであり、映画業界全盛の頃のテレビを世に認知させたことでも、晋氏の後ろだては、かなり大きい。「おとなの漫画」がヒットし、すべてが勢いづいた番組ですねっ^^。
2006/6/25(日) 午後 9:33
きゃん姫。こらこらっ、私の年をバラすんじゃない^^。きゃんのお父上と同い年だから・・・これからは、厳格な父親で行くからねっ^^。私の言葉は、お父上の言葉だと思いなさいっ^^。でも、文節の最後に「^^」を付けちゃうと、どうも威厳が無いな^^。でもまあ、ネットでは、年齢性別社会的地位などすべて無関係で平等だから、これに懲りずにお友達でいて下さいね^^。
2006/6/25(日) 午後 9:45
ヤマさん。数週間前にフジテレビが、2日連続でやった4時間ドラマ「ザ・ヒット・パレード」をご覧になりました?柳葉敏郎が渡辺晋さんを好演しましたが、私の知らなかった部分もあって、非常に参考になりました。もう一度再放送して欲しいドラマです。時任三郎が演じた、「おとなの漫画」のスポンサーの石油会社の社長と、晋さんとの攻防を、もう一度見てみたいです。
2006/6/25(日) 午後 9:55
え??(゚o゚;テレビでやっていたの??観たかった!!。。きゃんて、テレビを観る習慣が無いのよね。。「観るぞ!!」と気合を入れないときゃん用のテレビは寝ています(((^^;
2006/6/26(月) 午後 11:03
テレビはヒマな人間が見るものです^^。きゃんみたいに忙しい娘さんが見るものじゃありません^^。私も若い頃はテレビなんか見る暇なかった。毎日飲み屋で夜遅くまで人生に付いて語っていた・・・orz。
2006/6/26(月) 午後 11:24
いいですね!いいですね!久し振りに聞きましたよ。最初タイトルだけ見て来たから、広沢虎造の「清水の次郎長」かと思ったけど、クレージー・キャッツの方が良かった。「大人の漫画」白黒の生番組だったものね。
2006/11/5(日) 午後 6:38
*さすらいさん、渡辺プロダクションを作った渡辺晋さんの物語が、今年の夏ごろに、ドラマになりましたが・・・ザ・ヒットパレードでは洋楽を、大人の漫画では、時事コントをやりましたね。クレージー・キャッツと青島幸男を時代の寵児にしました。
2006/11/6(月) 午前 8:16