藪井竹庵

「コメントの承認後表示」なんてのは、熱さに懲りてナマスを吹くの例え同様に、頓珍漢な事だってのが判らないのかなぁ。ご常連のコメを第

全体表示

[ リスト ]

佐渡情話

イメージ 1 佐渡情話(さどじょうわ)は、新潟県の佐渡ヶ島に伝わる島の娘と他国の男との悲恋の民話。昭和時代に新潟県出身の浪曲師の寿々木米若(すすきよねわか)がこの民話と民謡の佐渡おけさを元に浪曲台本「佐渡情話」を執筆して、自分で口演して吹き込んで発売したレコードがヒットして米若の出世作になった。(出典=ウィキペディア)
 
 と云う事で、またまた、安寿さんのコメントからインスパイア(inspire=焚き付ける^^)されて、無謀にも、良く知らない米若の佐渡情話の記事を書いてしまおう(^-^)v
 
 佐渡情話の物語のダイジェスト(例によって、四代目 馬風の語り口調で・・・)
 昔、佐渡ヶ島にお弁と云う漁師の娘ありきだよ。そんで、本土の越後の柏崎から来た船大工の藤吉と良い仲になった。二人は来るたんびに会っていたんだが、仕事が完了して藤吉は来なくなった。お弁ちゃんは藤吉恋しで、佐渡ヶ島からたらい舟を漕いで、毎晩柏崎まで会いに行った。そんなに短い距離なのかって突っ込みたくなるねぇ、どうも。
 
 藤吉は最初は喜んだけども、妻子が居るんで不倫だし、度重なってバレたら家庭崩壊だ。一計を案じた藤吉は、お弁が目印にしていた柏崎の岬の灯台の灯を消してしまった。お弁は方向が判らなくなって海を漂い、やがて波に飲まれ亡骸が柏崎の浜に上がった。この辺、推理小説ファンには、突っ込みどころだねえ。亡骸が柏崎の浜に上がるんなら、たらい舟を漕がずにジッとしてたって、柏崎に到着する筈だよ(^ω^)
 
 そんな事を云っちゃうと「情話」にならないけど・・・お弁を死なせてしまった藤吉は、それを悔いて、海に身を投げて命を絶った・・・とまあ、かなり、無理線の話なんだが、あとは藪に任せるから、適当にまとめておくれ(^∇^)
 
 馬風さん。どうもありがとうございました。へぇ〜佐渡情話ってそう云う話だったんですかぁ。現代でドラマ化するには、かなり演出をしっかりやらないと、客にバカにされちゃいますねぇ。お弁ちゃん役は池内淳子さんで、藤吉夫婦役を仲谷昇さんと岸田今日子さんにして、早速、俳優を手配しましょうか・・・えっ? 皆さんお亡くなりになっちゃったって?
 
 じゃあ、仕方ないから、米若さんの佐渡情話でも、お聴きいただきましょうか・・・
 7:33 佐渡情話 / 寿々木米若
 
 データ・・・寿々木米若(すずきよねわか) 明治32(1899)年4月5日〜昭和54(1979)年12月29日 享年80。現在の新潟市出身。叔父は浪曲師の初代 寿々木米造。新潟の農家に育ち、21歳の時の1920年に上京して、二代目 寿々木米造に入門し寿々木米若。24歳で真打ちになるも、一門を離れて独立。その後「佐渡情話」のSPレコードが大ヒット。日本浪曲協会の四代目会長を、三代目会長の春日井梅鴬から引継ぎ、1952年〜1953年の一期務め、五代目会長を、二代目 広沢虎造に渡す。紫綬褒章(1964年)。勲四等瑞宝章(1969年)。
 
 米若さんは新潟出身であるために、二代目 三遊亭円歌同様に、「え」を「い」と発音してしまう新潟訛りが抜けなかったし、アクセントも変でした(^ω^)
 
 米若版では、お弁が「おみつ」、藤吉が「ごさく」と云う名前に替えられてますね。

閉じる コメント(6)

顔アイコン

伊豆の伊東温泉に米若さん別荘があって、米若亡き後、旅館になっていましたが、ここに米若ファンが集まって佐渡情話を聞く会がありました。
足が不自由になった祖父に付き添ってイヤイヤ聞きに行って、聞いているうちに、引き込まれて聴き入ってしまいました。
懐かしい声をありがとうございました。

2010/10/1(金) 午後 4:02 安寿

顔アイコン

藪井さん、おはようございます。
佐渡情話、ありがとうございます。私は佐渡に住んでいますが、佐渡の話ってなんか暗くて・・・住んでる人間は楽しい人ばかりなんですけどね。それでも、佐渡を取り上げていただけるだけありがたいです。
これからの季節は、穏やかな海から荒々しい海に変化していきます。でも、食いもんがうまくなります!悪いことばかりじゃないんですよ。

2010/10/2(土) 午前 7:42 [ けんぱ ]

Yahoo!アバター

*安寿さん。。
そうでしたか・・・
長い間人間やってますと、歴史がありますね。私が子供時代に、お婆ちゃんから聞いた事によると・・・ウチのお婆ちゃんは、志ん生と同じくらいの年齢ですが、戦前は、川田義男(のちに晴久)や講談の宝井馬琴さんと親しかったそうです。

2010/10/2(土) 午後 3:45 藪井竹庵

Yahoo!アバター

*けんぱさん。。
佐渡にお住まいでしたか・・・
民話やおとぎ話に科学的考察を加えても仕方ありませんが・・・たとえば、浦島太郎はアクアラングも無しに、どのように呼吸をしながら竜宮城へ行ったのか?

たらい舟のスピードは知りませんが、歩く速度より遅いと思います。佐渡と柏崎は、最短距離にしたって百キロくらいありますよねぇ。毎晩たらい舟で往復していたとしたら、ギネスブックに載るほどの超人って事になりますね(^ω^)

トライアスロンの優勝者だって、そんな事は不可能です。
♪海は荒海、向こうは佐渡よ・・・と云う、作詞=北原白秋、作曲=山田耕筰の「砂山」と云う童謡の歌詞にあるように、たらい舟で横断できるような海じゃありませんね。でも、民話ですから、リアリティは必要ない訳で、そのような不可能な事をもやってしまうほど、恋焦がれていたと云う事を表現しているのでしょうね(^∇^)

2010/10/2(土) 午後 3:55 藪井竹庵

Yahoo!アバター

真似たら喉がいたくなりそうですが((((^^:

たらい舟って、まえにテレビでジュンサイを採るのに乗ってました(◎_◎;)小さっ!!

一週間に一度位にしておけばいいのにね(*≧m≦*)キキッ♪

2010/10/2(土) 午後 4:24 きゃん

Yahoo!アバター

*きゃん。。
そうですね。ジュン菜は、ヌルヌルしてますが、酢の物で食べるとお酒のハカが行きます(^ω^)
採集には、あんまり移動するもんじゃないし、ジュン菜を引っ掛けたり傷付けたりしないように、タライのようなものに乗って・・・現在はプラスチック製の浅い風呂桶のようなものが多いようですが・・・芽を摘んでますね。

印旛沼のような低地の沼は、鯉のぼりの季節を過ぎると、ヒシ藻が岸沿いの浅場に繁茂してきて、ボートの電動モーターのプロペラに絡み付いて、ボートが動けなくなっちゃうので、水竿(みざお)と云って、竹竿で沼の底を突きながら、ボートを動かしたりしましたよ。

2010/10/3(日) 午前 9:25 藪井竹庵

コメント投稿
名前パスワードブログ
投稿

閉じる トラックバック(0)

トラックバックされた記事

トラックバックされている記事がありません。

トラックバック先の記事

  • トラックバック先の記事がありません。


.

藪井竹庵
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

検索 検索
  今日 全体
訪問者 69 753574
ブログリンク 0 39
コメント 4 33433
トラックバック 0 417

開設日: 2005/2/22(火)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.