雑俳
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【登場人物】 八五郎 隠居 隠居の俳句仲間 【概要】 隠居の家へやって来た八五郎が茶飲み話で、隠居の趣味は俳句だと聞いて自分も挑戦してみます。隠居に『初雪でやってごらん』と云われた八五郎が色々と作ってみるのですが、当然上手くいきません。 そこへ隠居の俳句仲間がやって来て、この間の獣(けもの)読み込みの狂歌を詠んで来たので見て欲しいと云う。隠居は『初雪や』の句を案じている八五郎を待たせてそれを見始める。 『では見せていただきましょう』 『子ねずみが あかずにかじる 網戸棚 度重なりて 猫に喰まるる』 『結構ですがちょいと天にはなりかねますな』 『初雪や・・・』 『八っつぁん、ちょっとお待ち』 『狩人が 鉄砲おいて 月を見ん 今宵はしかと くまもなければ』 『なるほど、鹿と熊ですな。よく出来ておりますが、まだ天にはなりませんな』 『隠居さん、隠居さん』 『八っあん、ちょいとお待ちと云っているだろう』 『隠居さん。初雪や 二尺あまりの 大イタチ この行く末は 何になるらん』 『ううん・・・これならテン(貂・天)になるだろう』 【資料音源】 ①NHK落語名人選(36)三代目 三遊亭金馬/POCN-1076・・・18:25/昭和32(1957)年11月28日放送 【雑感】 正月には必ず聴きたくなるのが金馬さんの落語です。難しい落語は一切やらず、老若男女、誰にでも判りやすい落語を演じました。落語の入門には最適な噺家です。私の世代の多くの子供は、金馬さんの落語をラジオで聴いて落語好きになりました。 雑俳と云うのは、本格的な形式の俳句ではなく、江戸時代中期に流行した雑多な形式の俳句の事。下の五文字を上の五文字にする、尻取りのような「前句付け」。「さあ事だ」のようなフレーズを上の五文字に使う「冠(かむり)付け」。いろんな言葉を折り込む「折句」。下の五文字を決めておく「沓(くつ)付け」。季語などの制約を取り払い、洒落・滑稽・風刺を主体とした川柳などが雑俳に含まれる。 もともとは『雪てん』、『天』などの演題でしたが、現在は落ちが変わったせいか雑俳以外の題ではやらなくなりました。①の音源でも金馬は、当時の人工衛星にライカ犬を乗せた事をサゲにしています。『初雪や 人工衛星 犬を乗せ 打ち出す先は どこへ行くらん』『八っつぁん。それは、天へ行きますよ』。 落語界きっての学者と云われた金馬。子供・与太郎噺を得意にしておりました。 志ん生・文楽よりも人気があり売れっ子だった時期もありました。釣り好きの師匠としても有名でした。 寄席ではなく、ホール落語(東宝名人会)に主に出演してました。 『世の中は 澄むと濁るで 大違い 刷毛に毛があり 禿に毛がなし』・・・このフレーズは、ご自分の容貌に照らして、必ず大受けしました。『世の中は 澄むと濁るで 大違い 墓は静かで 馬鹿は五月蝿』・・・これも、受けました。フォークバンドでベースを弾いていた頃の景山民夫は、これをパクって客を笑わせてました。 16:34 雑俳 / 三遊亭金馬 データ・・・三代目 三遊亭金馬 明治27(1894)年10/25〜昭和39(1964)年11/8 享年70 前名=三遊亭圓洲 出囃子=かっこ 本名=加藤専太郎 |
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落語 「雑俳」 三代目三遊亭金馬 作品の研究(24)
「雑俳」 三代目三遊亭金馬 (24) (出典) 「金馬独演会」 (文化放送) 昭和33年5月11日放送 (参考)「立川談志 ひとり会 2期 第1巻」 昭和42年12月26日 紀伊国屋ホール 「立川談志 花王名人劇場〜小さん一門会」 昭和55年7月20日 フジテレビ 【あらすじ】 八五郎が隠居のところに来て、俳句の話になる。 「
2011/1/29(土) 午後 2:48 [ 趣味多き弁護士の仕事と遊びの両面の報告 ]
「廃聖の、夫婦そろって、狂い詠み」
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2012/1/22(日) 午後 10:05 [ 末期高齢者憲坊法師のなんでもありの徒然草 ]
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金馬師匠の噺は人物が分かりやすくて好きです。
CDやテープ等声だけでもよく分かります。
「雑俳」と言うと新作専門の春風亭柳昇師がよく演じていました。
チョット不思議に思ったモノです。
金馬師匠も人工衛星なんかを出していたのですね。(^^)
2011/1/5(水) 午後 0:50
*菖蒲園さん。。
柳昇や談志も雑俳をやってますね。
聞き比べましたが、やっぱり金馬さんの面白さには敵わない(^∇^)
2011/1/5(水) 午後 1:43
もちろん私もそう思います。
私の拙い頭で考えるに、柳昇師は俳句その物の面白さやナンセンスで笑わせるのに対して、
金馬師のは俳句の面白さに加えて、
八五郎と隠居さんの人間関係まで感じさせる
面白さだと思うのです。(^^)
2011/1/5(水) 午後 3:28
金馬の噺は説教臭いって祖父が言っていましたが私は
ああいう先生がいたら学校も面白くって成績もうんと上がるのにって思いました。
お獅子見たいな金歯をはじめて見たとき、だから金馬って言うのかなって本気で思いました。
2011/1/5(水) 午後 3:30
柳昇さんのひとつ覚えネタですが、やはり、やはり金馬師匠には、かなわないですね。柳昇さんから入った人は、この噺はここまで奥行きがあったかと驚くでしょうね。
2011/1/5(水) 午後 5:13
へえ〜〜。
勉強になりました^・^
色々教えてくださいねー。
ポチ!
2011/1/5(水) 午後 5:36
本当にいろいろご存知ですね〜〜^−^
俳句のイロハや川柳との違いがよく解ります
落語も上手いとついのめりこんで聞きいってしまいます
ポチ
2011/1/5(水) 午後 6:59
私は川柳が好きで、読むんですが、古川柳がおきにいりです。
最近の、【サラリーマン川柳】はちょっと惨めで、江戸時代の方が笑えます。
でも俳句は難しく、私は季語がだめです。
2011/1/5(水) 午後 10:35
こんばんは。
おもしろいですねぇ〜。金馬師匠の噺って、わかりやすくて、いいですよね。以前CDで聞いた「佃祭」とか「たがや」が好きです。
ところで、昼休みのこの記事のことを職場で話したら、みんな大爆笑でしたよ。言葉遊びって、面白いですよね。
2011/1/5(水) 午後 11:41 [ けんぱ ]
*菖蒲園さん。。
まあ、柳昇さんを、名人の金馬さんと対比させるのは可哀想ですが・・・(^ω^)
柳昇さんは晩年、落語界の「癒し系」だなどと云われて、若い女性にも持てはやされたりもしましたが、噺家としての素質の事を云ったら、取り上げるべくも無いって事でしょうか? まあ、弟子の桃太郎にしても、昇太にしても・・・厳しいかも知れませんが、ウチで取り上げるレベルの噺家ではありません(^ω^)
そうですね。金馬さんは一茶の句など、実に様々な句を取り上げているし、それを覚えるだけだって、並々ならぬ稽古量が伺えます。それにタダ笑わせるだけじゃなくて、八五郎と隠居の人物描写ですね。志ん生や文楽や圓生でさえ、その部分では金馬さんの表現に敵わないんです。金馬の落語は乞食の落語だと云った、アンツルの感性こそ乞食の評論家だと云わざるを得ません。
2011/1/7(金) 午前 4:39
*安寿さん。。
安寿さんのお爺ちゃまは、超頑固者だったんじゃないですか? (^ω^)
ご自分のプリンシプル(原理、原則、主義、信条)をお持ちで、人に説教されるのが嫌いと云う、白洲次郎のような人だったんじゃないですか?
でも、江戸東京落語のそもそものルーツは、お寺のお坊さんの法話だと云われてますから、金馬さんがご隠居の言葉として語ってるのは、東京落語の本寸法なんですよ。現在の落語家みたいに、三平さんの真似でしかなかったら、お布施の額もかなり少なくなっちゃいますよ。
滑稽噺が専門の金馬さんでしたが、「藪入り」と云う人情噺風の名演も、動画で残ってますね。
2011/1/7(金) 午前 4:40
*キャバンさん。。
柳昇さんは、テレビの草創期の、「お笑いタッグマッチ」のレフリーとしての印象を今だに持ってるんですが・・・もうあれから半世紀も経ってしまった・・・
あの頃は、落語はただ面白ければいいと思ってましたが・・・さすがに半世紀も落語を聴いてくると、そうじゃないと小言を云うようになりますね(^ω^)
2011/1/7(金) 午前 4:58
*くろまめさん。。
私は、落語ってのは「ためになる話」だと思ってます。ただ面白いだけで終わるのは、本当の落語では無いのかも知れませんね(^∇^)
2011/1/7(金) 午前 5:08
*右近さん。。
落語って、単に面白い話じゃないと思います。瀬戸内寂聴さんが法話のDVDを出しておられますが・・・法話なのに実に面白い。
実は、それが、江戸東京落語のルーツなんです。堅苦しい法話では、聴いている檀家の皆さんが退屈するので、面白い話を織り込んだんです。やがてそう云うお坊さんが、お座敷に招かれて、面白い法話(落語)をやりました。後にそれが、寄席場と云う見世物小屋で木戸銭をとって、落語をやるようになりました。江戸落語の最初のプロの噺家が、初代 三笑亭可楽です。
2011/1/7(金) 午前 5:15
*ちろさん。。
う〜ん。サラリーマン川柳ってのは、愚痴みたいな感じで、作った当人には受けるのかも知れないが、そんな愚痴を聞かされたって、気分が良くなりませんね(^∇^)
落語にも良く登場するんですが、大田南畝(蜀山人)と云う人が江戸時代にいて、この人は主に川柳ではなくて狂歌を作ったのですが、その才能は物凄くて、「近江八景」と云う落語にも語られてますが、琵琶湖を訪れた際、「近江八景の題目8つの全てを31文字の歌の中に入れて詠んだら籠代をただにしてやる」と籠屋に問われ、歌ってみせたとされるのが・・・
のせた(瀬田)から さき(唐崎)はあわず(粟津)か ただ(堅田)のかご ひら(比良)いしやま(石山)や はせ(矢橋)らしてみい(三井)
と、即座に近江八景を読み込んだ狂歌を作りました(^∇^)
2011/1/7(金) 午前 5:23
*けんぱさん。。
これから新年会の季節となりますが、ただ飲み食いしてるだけじゃ詰まらないので、余興なんかをやると良いですね。落語をやると云っても大変だから、小噺を幾つかやってみるのも良いですね。
金馬さんの勘違い川柳も面白いんですが、酔っ払ってる席ではあまり受けません。オーソドックスに、「横丁に囲いが出来たねぇ。へ〜い」ってのが無難です。三平さん流に、これはどこが面白いかと云うと、「囲い」と「塀」が掛かっていると説明しておいて、間違えて「横丁に塀が出来たね」とやっちゃった場合は・・・「かっこいい」とやります。
これは、米朝さんと同い年で現役最長老の三笑亭笑三さんの根多だったと思いますが、多くの若い噺家が真似しています。
2011/1/7(金) 午前 5:40
前に金馬を聞かせていただいた時にも書かせていただいたでしょうか…
この方のご隠居の描写が本当に素晴らしいと思います。
八五郎と対比して聞かせていただくと益々2人の人物が浮き上がって来ます。
好きですね。
こちらへお訪ねする様になって東京の噺家さんに好きな人が増えてきて嬉しいです(笑)
2011/1/9(日) 午前 10:50
*しゅうちゃん。
圓生は、声の悪さの事を「金馬が風邪を患ったような」と表現しましたが・・・金馬の魅力は何と云っても、あの豪快な「だみ声」にあるんですよね(^ω^)
三代目 三遊亭圓馬(1882〜1945。本名=橋本卯三郎)と云う噺家は、京都の笑福亭の門下で、7歳の頃から子供噺家として高座に上がってましたが、11歳の時に東京へ巡業に来て、浮世節の立花家橘之助(1866〜1935。本名=石田美代)の門下に入って、東京の三遊本家の噺家になります。橘之助と圓生の師匠の圓蔵に重用され東京で活躍するのですが、豪放磊落な性格から、31歳の時に圓蔵を殴ると云う事件を起こし、東京にいられなくなって、上方落語界に復帰します。東西両方の高座で同じように人気を得た唯一の噺家です。
三代目 小さん(1857〜1930。本名=豊嶋銀之助)は、多くの上方落語を東京に移植しましたが、圓馬は元々上方の噺家で、東京で、東京風に直した上方落語をやったので、同じように、移植の功労者と云えます。
2011/1/11(火) 午前 5:41
*続き。。
東京弁も大阪弁も自在にこなせたので、東京で上方落語をやり、大阪で東京落語をやると云う、マルチ噺家でもありました。文楽が入門した師匠の、初代 桂小南は、ちゃらんぽらんな噺家だったので、前座時代の文楽を預かり、徹底的に教育しました。出囃子の「圓馬囃子」を自分で作曲するなど、東京には出囃子が無かったのですが、東京でも出囃子を使うようになったのは、圓馬の影響だとも云われています。
金馬の話をするのに、なんで圓馬が出てきちゃうのかと云うと、金馬の芸風を説明するには、多大な影響を与えた圓馬を先ず説明する必要があるからです。
圓馬が真打ちになったのは27歳の時で、七代目 朝寝坊むらくを襲名しました。金馬は巡業先でむらくに出会い、文楽と同じように圓馬の大ファンになってしまい、稽古をつけてもらったんです。金馬は圓馬の豪快な面を、文楽は繊細な面を継承したと云われています。
八五郎は何故、隠居のところに遊びに行くのかと云えば・・・金馬がやってる隠居だからです。志ん生も文楽も圓生でさえ、金馬が語る隠居の味は出せません(^∇^)
2011/1/11(火) 午前 5:42
金馬師匠のこの噺の記事を昔書いてますので、TBさせてください。
2011/1/29(土) 午後 2:47
*キャバンさん。。
金馬さんの「雑俳」は正月になると上げたくなる記事です。
ウチでも過去に、三つくらい同じものを上げてたと思います(^ω^)
2011/2/11(金) 午後 7:24