柳田格之進
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だからと云って、臭い語りと人情噺は違うって事を残念ながら今の噺家の多くは理解できていない。プロの噺家は自分の語りを録音して千回以上聴いてみて欲しいんです。それでも判らないような噺家は、迷惑だから廃業しなさい。 ぞろっぺ(いい加減)と云われた志ん生がこう云う作品を仕上げるのに、何千時間を費やしているかって事が判らないような噺家は、努力が足りないし師匠だなんて云えないんです。 名前について・・・「ビクター落語 五代目古今亭志ん生7」ライナーノーツ(解説・保田武宏) ・・・主人公の名前ですが、同じカクノシンでも角之進と格之進の二通りが使われています。志ん生とその長男の十代目金原亭馬生は、角之進を使っていますが、同じ息子でも次男の志ん朝は格之進です。三遊亭圓楽も格組。そこで明治の柳枝の速記を見たら、格之進でした。これは、噺の中の人物に過ぎないのですから、格でも角でもかまいません。この人物の身分も、志ん生は彦根藩の浪人としていますが、どこの藩でもかまわないわけです。 25:27 柳田格之進 / 古今亭志ん生 データ・・・五代目 古今亭志ん生 明治23(1890)年6月28日〜昭和48(1973)年9月21日 享年83歳 前名=七代目 金原亭馬生 出囃子=一丁入り 紫綬褒章 勳四等瑞宝章 本名=美濃部孝蔵 オイオイ。冗談よし子さん。最近の藪の記事はあまりにも手抜きが多過ぎるだろうとお嘆きの諸兄も多いと思いますが・・・私とていつまでもジェームズ・ボンドではありません。もちろん最初っからジョニー・イングリッシュではあるのですが・・・それにしても・・・ローワン・アトキンソンも歳を取ったなぁ・・・どうりで私も歳を取る訳だ・・・ 何せ最近は、頭はスーパーコンピュータの如く回転するのだが・・・体力がそれに付いて行かないのだ。つまり筋力が衰えてしまって、タイピングするのもカッタるくて、ミスタッチが多くて、それを校正するのにイライラのしどうしだ。 同じ音源を何度も記事にするなと仰るなかれ。このブログは、志ん生基地外の藪井竹庵がやってるブログなんです。本来なら、一年365日(今年は366日らしいが・・・)、毎日志ん生の記事を書きたいのだが・・・残念ながら、過去7年間ヤフーブログをやってきた経験上・・・だんだんみんなが退いて行く。だから仕方なしに、時々志ん生の記事を書いている訳です(^-^)v |
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古今亭志ん五の納得できる「柳田格之進」
先日放送されたものの録画を見た。 流石に古今亭の「柳田」である。 この手の人情噺はこのようにさらっとやってほしいものだ。 志ん生、志ん朝とつながる古今亭の芸の「落語さ」(変な言葉だが:「落語度合い」とでも言った方が良いかも?)は尊い。この種の噺をねっとり、みっちりやられると、聴いていて疲れてくる。 志ん五に志ん朝が垣間見えた。 ...
2012/2/17(金) 午前 9:12 [ 末期高齢者憲坊法師のなんでもありの徒然草 ]






この噺を25分半で演じてしまうのも凄いですが、前半には無駄が無く凄い高座ですね。
そう言えば以前は、貼ってある音源も志ん生師の音源が多かったと記憶しています。(^^)
2012/2/15(水) 午後 7:39
この噺隙ではないのですが、こうしてすっきり語れば結構聴けるのです。
今の噺家どもはこれをねっとりやるので、引いてしまうのです。
一本TBさせていただきました。
2012/2/17(金) 午前 9:26
「隙では」−>「好きでは」の間違いです。
2012/2/17(金) 午前 11:53
出世しながら娘を身請けしなかった演出と、真っ先に身請けしたが半狂乱であったという演出とがありますが、「親子の縁を切った」という筋を通した前の方が、いいのかも知れませんね。
2012/2/19(日) 午後 1:16
*菖蒲園さん。。
私が持っている志ん生音源で、一番長いのは・・・唐茄子屋政談を通しでやっている40数分かな?
志ん生音源のほとんどは、20分以下です。志ん生も文楽も落語を良く知ってたと思います。もちろん、圓生が落語を知らなかったとは云いませんが・・・
「お話」ってのを突き詰めると・・・何がベストなのか?
人間が緊張して話を聴き続けられる時間て・・・20分くらいのもんじゃないですか?
もちろん、長く語る名演もあるのですが・・・所詮落語ってのはエンターテイメントですからね。その意味で、志ん生ってのは落語を最も理解していた噺家だったんだと思います(^∇^)
2012/3/1(木) 午後 9:44
こんばんは、藪井さん。
柳田を志の輔がPARCOで、一ヶ月やった時に、この噺をよく、飽きずに一ヶ月やるなぁ〜と思いました。
あと、五代目の圓楽さんの柳田は、どーも苦手でした。古今亭のが好きでした。
聴いた後味、みたいなのが、合う合わないがあるのでネ。
2012/3/5(月) 午後 11:50 [ Mars_jj_boy ]
*けんちゃん。。
この噺を法師さんがお好きではないって感性は判ります。なんか・・・いかにもって感じで武士の行動を語る訳で・・・「井戸の茶碗」同様に、あまりにも押し付けがましい感じがします。こう云ういかにもって噺を更に臭い語りでやられたら・・・もはや落語ではなくなっちゃいます。
仰る通り、この噺は志ん生のさらりとした語りだからこそ聴けるんです。
2012/3/8(木) 午後 7:13
*けんちゃん2。。
すべての2バイト文字に誤変換の問題が付きまとうのかどうかは知りませんが、特に日本語は「かな漢字変換」が問題になりますね。
ワープロソフトの場合には、連文節変換に関して、かなり構文解析が適切になってきて誤変換が少なくなってきていると思いますが、ネットのコメント欄で多用される単なるIME(インプット・メソッド・エディタ)の場合は・・・特にMS-IMEは、誤変換がますます多くなってきているように思います。以前は変換頻度の多い候補から表示する学習機能があったのですが、近年のMSものは、プログラムを軽くする為に学習機能を取り去ってしまってのではないかと思われます。
2012/3/8(木) 午後 7:42
*キャバンさん。。
落語ってのは噺の展開を簡単にする為に、お約束のパターンってのがあると思います。その一つのパターンが、どうしても必要な金を作る為に、娘を吉原に身売りさせて五十両(400万円)の金を作ると云うものですね。しかしながら、五十両の支度金を貸してくれるのは、よっぽど器量のいい娘だけですよね。遊郭の経営者にしたって五十両と云う金は大金であり、その金の回収は大変な筈です。
吉原に身売りして五十両の金を作ると語られる落語はたくさんありますが、この演目はそれと武士の了見が絡む特殊な演目と云えますね。浪人になってしまった武士の了見は「井戸の茶碗」でも語られますが・・・「井戸の茶碗」はあまりにもご都合主義のおとぎ話とも云えますね。
いろんな演出があると思いますが、落語とは「いい話」であるべきで、リアリズムなんか追求して欲しくありません。昭和30年代の日活映画であるべきです(^ω^)
2012/3/8(木) 午後 8:03
*Marsさん。。
私は・・・志の輔の評価はあまり高くしていません(^ω^)
決して下手な噺家ではなく、一定のレベル以上の噺家ではあるのですが・・・私が志の輔をあまり評価しない点は・・・客受けだけを考えた詰まらないマクラをやるからです。私は噺家とはその語りの技術を聴かせる職業であり、客に媚びるような語りをやったら、噺家として負けだと思います。
古今亭の語り・・・つまり大師匠の志ん生は、客に媚びる語りなんかやらなかった。志ん生ほど稽古してたらもちろん自分の語りに絶対的な自信を持っている訳ですから、客に媚びる必要なんか無いんです。でも志ん生は50近くになるまでまったく受けない噺家でした。
圓喬スタイルを追求した志ん生は、客に媚びた語りをやらなかったから受けなかった。つまり志ん生は技術も無いのに客受けしない語りをやっていたんです。三語楼一門に加わり、その爆笑スタイルを本格に組み込んだ独特の志ん生スタイルを作ってから、誰にも負けないスーパースターになりました。
2012/3/8(木) 午後 8:31
いいですね〜^^ポチ
三方丸く収まる結末ですが柳田様の肝の大きさに救われます^^
2012/3/8(木) 午後 10:41
*右近さん。。
落語、特に東京の落語のルーツは寺方の法話ですから、後の噺家が下らん改編をしなければ、元々良く出来ている、為になるお話なんです。すべて実話ではなく江戸時代の落語作家が作った創作ですから、数百年受け継がれてきている訳で、よくない話が残ってるはずはありません(^∇^)
2012/3/10(土) 午後 9:42