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京の通称寺

西岸寺 (通称「油懸地蔵」(あぶらかけじぞう))


<参道入口>
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西岸寺は、伏見の寺田屋の北、大手筋通を少し南に下がった所にあります。

ここには、通称「油懸地蔵」といわれている地蔵尊があり、長年にわたって油をかけられてきたため黒光りしています。

また、第三代の住職であった仁口上人が松尾芭蕉と親交があったことから、境内には、芭蕉から贈られた句を刻んだ石碑があります。



2 沿革
<駒札>
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仝鼎は平安時代に関白藤原忠通が建てたとも言われるが、確かな記録では天正18年(1590年)に雲海上人が諸堂を整備し、浄土宗の寺として建立。

△つては規模の大きい寺院だったが鳥羽伏見の戦いの兵火ですべて焼け落ち、地蔵堂のみ再建された。


3 「油懸地蔵」の由来
(1)地蔵堂
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(2)由来
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その昔、山崎の油商人がここの門前でころび、桶の油を流してしまった。
油商人は仕方なく、桶に残っていた油を地蔵尊に掛けて供養とした。すると、その後、商売は大いに繁盛したという。


(3)地蔵尊
鎌倉期に作られたもの。広く庶民の信仰を集め、長年にわたって商運を願って訪れる人々によって油が掛けられ、今では2cm余りも厚くつもって黒光りしている。
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(4)絵馬
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4 芭蕉句碑
’仗佑任發△辰浸安綵賛Α⊃慮上人(にんかくしょうにん)は松尾芭蕉と親交があり、境内には、芭蕉から贈られた句を刻んだ句碑がある。

碑は、文化2年(1805)の建立
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「わが衣に伏見の桃の雫せよ」


6膂
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 音に聞く伏見の桃の花よ。その美しい花の露を滴らせて、わたしの着物を染めてほしい。


(伏見が桃の名産地であることをふまえ、盛りの桃の花を任口上人の高徳になぞらえて、その徳に浴したいとの心を寓した挨拶の句である。)

貞享2年(1685)任口上人の高徳を慕ってたずねた芭蕉(42歳)が出会いの喜びを当時伏見の名物であった桃にことよせて詠じたもの。

「野ざらし紀行」には「伏見西岸寺、任口上人に逢うて」との前詞がある。

任口上人は当山の三世住職。重頼門下の俳人。法名は如羊と称して、宗因に連歌、維舟に俳諧を手ほどきし、晩年、宝誉上人の俳号をもった談林の著名な俳人である。

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