関裕二さん
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作家・関裕二さんの著書、
『なぜ饒速日命は長髄彦を裏切ったのか 』(PHP研究所)に、
伊勢遺跡が詳しく紹介されている。
↓
加えて拙著『邪馬台国近江説』も採り上げてもらっていた。
知らなかった!
関先生、ありがとうございます!
伊勢遺跡に注目する人がさらに増えるでしょう。
フェイスブックで告知してくれたウカ…もとい
「邪馬台国近江説」さんにも、感謝感謝!
関先生にはさっそく御礼の手紙を出しました。
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作家・関裕二さんの著書、
『なぜ饒速日命は長髄彦を裏切ったのか 』(PHP研究所)に、
伊勢遺跡が詳しく紹介されている。
↓
加えて拙著『邪馬台国近江説』も採り上げてもらっていた。
知らなかった!
関先生、ありがとうございます!
伊勢遺跡に注目する人がさらに増えるでしょう。
フェイスブックで告知してくれたウカ…もとい
「邪馬台国近江説」さんにも、感謝感謝!
関先生にはさっそく御礼の手紙を出しました。
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2月26日(日)に守山商工会議所青年部のお招きで、
地域活性化フォーラム「邪馬台国近江説」で講演をしてきました。
講演デビューはいささか緊張しましたが、
皆様の熱気のおかげで、何とか大役を果たせたかな(?)と思います。
会場では懐かしい顔にも再会でき、またブログ等で交流があった方との顔合わせもできて、
密度の濃い時間を過ごすことができました。
シンポジウムでもお伝えしましたが、たとえ邪馬台国でなかったとしても、
伊勢遺跡の価値はまったく変わりなく、
日本の古代史を解き明かすうえで大変貴重な存在です。
むしろ邪馬台国でないなら一体何なのだ? という新たなロマンも生まれます。
その意味で、一時的なブームに終わらない保存の流れが続いて欲しいと願います。
(もうそんな心配をする必要もないくらい、地元の熱気は凄かったですね、今村さん!)
今回の経験を通じて、自分の役割を改めて認識するとともに、
もっと多くの人に伊勢遺跡の重要性を知っていただきたい、
そのためにはさらに研鑽が必要だと痛感しました。
最後に、宮本市長をはじめ守山市役所職員の皆様、商工会議所青年部の皆様、
そしてご来場いただいた皆様に心から感謝申し上げます。
写真は「邪馬台国近江説」公式ホームページで!
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ひみコン、大成功のようですね。
関係者の皆様、本当にお疲れさまでした。
そしておめでとうございます。
ところで、しばらくチェックを怠っていた栗東市の下鈎遺跡で、
つい最近巨大な琴が発見されていたようです。
うかつでした!
拙著『邪馬台国近江説』では、「女王台与は下長遺跡にいた」と書きましたが、
最近は下鈎遺跡に住まっていたのではないかと考えています。
その根拠として、テラス付きの高殿が発掘されていることです。
これは特別な地位にあった人物の居館と考えることができます。
(拙著でもこの建物について触れていますが、その点については考えが足りませんでした)
今は下長遺跡は、あくまで豪族たちや庶民の実生活の場だったと考えています。
卑弥呼の死後、さまざまな理由によって伊勢遺跡は放棄され、
台与はわずかなお付きの人とともに下鈎遺跡で暮らした、というのが私の推測です。
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30日に守山市で開かれる卑弥呼コンテスト、通称「ひみコン」が、
今週発売の「週刊朝日」で紹介されています。
僭越ながら私のコメントも載っていますので、ぜひご一読ください。
初代「ミス卑弥呼」はどんな人が選ばれるのでしょう?
今からとても
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守山市商工会議所青年部さんが頑張ってくれて、
邪馬台国近江説のチラシができました!
さらに京都新聞や中日新聞にも載ったほか、
市役所発行の「広報もりやま」でも近江説を取り上げてくれているとか。
地元の方々が頑張ってくださっている以上、わたしも張り切らざるをえません。
いま構想を練っているのはマンガ原作。
マンガで邪馬台国近江説を広めようと考え、執筆中です。
他にも小説や脚本なども計画しています。
こちらはペンで盛り上げていきます!
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