yasのブログ
○心が高貴である、あるいは粗野で醜悪であることについて。
○心が高貴である、あるいは粗野で醜悪であることについて。
なにゆえに、同じ人間なのに、心が豊かな人、いや、高貴だと云ってもいいような人がいるのに、その一方で、どんなに控えめにみても、留保条件をつけてみても、心卑しく、粗野な感性しか持ち得ない人がいるのはどうしてなんだろう?勿論、僕なんかに人の評価を下す能力が備わっているとは到底思えないから、人の精神性の違いを感じる手段とは、当然のことだが、他者の分かりやすい言動を通じてである。ある意味、人となりが分かる動機とは、深い洞察力があればそれに越したことはないにしても、現実的にはかなり表層的な言葉や態度にかかっているのではなかろうか。これは、他者の内面がいかなるものかは、それゆえに案外と誤魔化しがつかないということである。
ここでは、心の病に陥っている人のことは、この拙論の対象か
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