れんげ草の咲くさんぽ径〜舟木一夫の世界

お元気な舟木さんもインフルエンザに罹ってしまわれたほどの寒さと乾燥に見舞われた冬も去って春本番!舟旅にも春の風が!

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例年なら12月12日の舟木さんのお誕生日直前あたりに開催されている、「中野ファイナル」が終わると一年のひと区切りという感じなのでしょうが、今年は、12月に新歌舞伎座で一ヶ月公演(3日から22日)が開催されることもあって、舟木さんファンはどなたも落ち着かないというかワクワクがまだしばらく続くという時期なのでしょうね。私も、「風 アダルトに」と「中野ファイナル」の余韻がまだ覚めていない状態ですが、12月の公演への期待でこれまたソワソワとしてどうにも落ち着かない心持でいます。
 
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舟木さんの曲をレコードやCDなどで聴いたり、DVDを観たりして新歌舞伎座までの間をつないでいますが(笑)そうこうしているといろんなことに気づいてしまいます。来年2月の京都南座のシアターコンサートでは舟木さんの恩師である遠藤実さんの七回忌に偲ぶとして「遠藤実スペシャル」が第二部で特集されるそうですが、その遠藤氏と共に「高校三年生」と「舟木一夫」を世に送り出したもうおひとりの丘灯至夫さんの御命日が今月の24日であることに気づきました。丘氏については、遠藤氏と同様にいろいろなところでそのお顔も作品も紹介されていますので、舟木さんファンの皆さまも私などよりずっと詳しく様々な事柄を御存じだろうと思います。ですから、丘氏についてはここではスルーさせていただき、もうおひとかた、私が常々気になっている作詞家の関沢新一氏の作品をあらためてご紹介しながら、その生みだされる詩の世界の幅広さ、変幻自在の言葉の魅力をあらためて味わいたいと思います。
 
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先日の中野サンプラザファイナルのトークでも舟木さん御自身が「最初がアレですから、そのままほっとくわけにはいかないので、ずいぶんあっちこっちの方向へボールを打った感じです」とおっしゃっているように舟木さんのデビュー当時から数年のヒット曲には実に色合いの異なった曲があります。その中でも、常日頃から私が凄くキャパシティの大きな作詩家だなぁ!と感服している作詩家が関沢新一さんです。

同じ人が創ったとは思えない詩の世界を生みだしていらっしゃることに驚かされました。どんな方なのだろうと興味津々でした。私が、わかる範囲の関沢氏についての資料は、以下に掲げたもののみで、どうも、作詞家というより「東宝の特撮映画」の脚本家としてのお仕事がメインという印象です。
とはいえ、美空ひばりさんのあの名曲「柔」の作詩をなさったのも関沢氏であることを知って驚きました。
長い間、舟木さんのステージを御覧になってきたファンの方には何を今更・・・ということだと思いつつも、間もなく関沢氏の御命日の11月19日を迎えるということもあって、関沢氏への感謝と尊敬の気持ちを込めて、舟木さんの作品とからめて、関沢氏のお仕事の一端を御紹介したいと思います。

関沢新一(1920年6月2日-1992年11月19日)
日本の脚本家、作詞家、写真家。京都府出身。脚本家として東宝の「キングコング対ゴジラ」などの特撮ものなど娯楽映画を多数執筆。
テンポのよい軽快な台詞回しは関西出身ということもあり、漫才が根底になっていると自ら述べている。作詞家としても著名であり第7回レコード大賞(昭和40年)を受賞した美空ひばりの「柔」。ミリオンセラーを記録した都はるみの「涙の連絡船」など、今なお語り継がれているものも多い。
 
「高原のお嬢さん」の「リーフ リーフ・・」「夢のハワイで盆踊り」の「イロハとアロハ・・」などにも、こういったいわゆる言葉の持つ「関西風のノリ」が生かされているという特徴が出ているように思います。
私が参考にした資料の「作詞の代表作品」の項目には、「学園広場」「高原のお嬢さん」「銭形平次」も記載されていました。この大ヒット曲、三曲に、先に揚げた言葉遊びを駆使した「夢のハワイで盆踊り」、そして私が個人的に大好きな「星の夜北へ帰る」を加えた五曲の作品をここに掲載します。
 
関沢氏の変幻自在な詩の世界の広がりをこれらの作品を通して、あらためて味わっていただけたら嬉しく思います。

イメージ 5関沢新一作品(シングル盤)
1963年
学園広場
只今授業中
1964年
叱られたんだね
初恋の駅
夢のハワイで盆踊り
1965年
渚のお嬢さん
月とヨットと遠い人
高原のお嬢さん
夏の日の若い恋
やなぎ小唄
1966年
銭形平次
太陽にヤア!
1967年
一心太助江戸っ子祭り
淋しかないさ
1968年
幸せよ急げ

1977年(アルバム「15周年記念・限りない青春の季節」収録)
星の夜北へ帰る(1964年頃の作品)
 

イメージ 8学園広場 作曲:遠藤実
 
空にむかって あげた手に
若さがいっぱい とんでいた
学園広場で 肩くみあって
友と うたった 若い歌
 
涙ながした 友もある
愉快にさわいだ 時もある
学園広場に 咲いてる花の
ひとつ ひとつが 想いでさ
 
ぼくが卒業 してからも
忘れはしないよ いつまでも
学園広場は 青春広場
夢と 希望が ある広場
 
学園広場誕生秘話舟木さんのトークと映画の映像付
(15周年記念アルバム再録音の音源かな?)
 
 
 
 
イメージ 6夢のハワイで盆踊り 作曲:船村徹
 
月の浜辺で そろいの浴衣
ハワイよいとこ 夢の国
やぐら囲んで 輪になって踊りゃ
椰子も夜風を ちょいと招く
いろはとアロハ あなたと私
アロハのハワイで盆踊り
 
太鼓ないなら 酒樽たたこ
樽がないなら 手をたたこ
遠く離れりゃ こころにしみる
富士と桜と盆踊り
いろはと アロハ あなたと私
アロハのハワイで盆踊り
 
イメージ 7おどるあの娘は ハワイの花よ
唄は桜の国の唄
富士の白雪 朝日でとける
誰にとけるか 花飾り
いろはとアロハ あなたと私
アロハのハワイで盆踊り
 
年はとっても 気持ちは若い
若いぼくらは 尚若い
みんな仲良く 手拍子あわせ
おどれ今宵も 明日の夜も
いろはとアロハ あなたと私
アロハのハワイで盆踊り
 
 
イメージ 9高原のお嬢さん 作曲:松尾健司 
(日本コロムビア創立55周年記念)
 
あの人に逢いたい たまらなく逢いたい
高原に風はわたり 白樺はゆれていた
夏がゆけば 恋も終わると
あの人はいつも 言ってた
リーフ・リーフ・・・
君にぼくの恋を語ろう
 
 
http://www.youtube.com/watch?v=w5IJjdg2kKY  ←舟木さんご自身による「ベスト歌唱」だそうです。
 
イメージ 10つぶらなる瞳よ つぶらなる瞳よ
高原の夏はすぎて 別れゆく夜はきた
一人よせる 夢ははてなく
残り火は 赤く燃えてた
リーフ・リーフ・・・
ぼくの恋は 消えてしまった
 
あの人に逢いたい たまらなく逢いたい
東京の空のどこか あの人は住んでいる
せめて いちど逢ってききたい
夏の日の 恋は嘘かと
リーフ・リーフ・・・
東京の 秋は淋しい

 
 
 
松尾健司氏は、ご存知の通り「高原のお嬢さん」の作曲をなさった方です。本来はアレンジャーでいらした方の作曲なさった「高原のお嬢さん」が舟木さんの曲の中でも5本の指に入る大ヒット曲となったわけなのですね。
 
 
イメージ 11銭形平次  作曲:安藤実親

男だったら 一つにかける
かけてもつれた 謎をとく
誰がよんだか 誰がよんだか 銭形平次
花のお江戸は八百八町
今日も決めての 今日も決めての
銭がとぶ
 
やぼな十手は みせたくないが
みせてききたい こともある
悪い奴らにゃ悪い奴らにゃ 先手をとるが
恋のいろはは 見当つかぬ
とんだことさと とんだことさと
にが笑い
 
道はときには 曲がりもするが
曲げちゃならない 人の道
どこへゆくのか どこへゆくのか 銭形平次
なんだ神田の 明神下で
胸に思案の 胸に思案の 
月をみる
 
http://www.youtube.com/watch?v=qNlkXphul1U  ←1995年の歌唱
 
イメージ 12(資料)
安藤実親氏について〜フレッシュアイペディアより〜
 
鹿児島県・鹿児島市武町に生まれ、1946年(昭和21年)、国鉄西鹿児島工場に就職。1952年(昭和22年)に鹿児島県立鶴丸高等学校を卒業すると、卒業と同時に国鉄を退職し、上京した。上京後、1954年(昭和29年)にコロムビアレコード専属作曲家であった松尾健司に師事。そして1961年(昭和36年)にコロムビアレコード専属作曲家となり、主に編曲を担当した。1964年(昭和39年)には村田英雄の「姿三四郎」で作曲家としてデビューし、コロムビアレコードからゴールデンヒット賞・新人作曲賞を受け、以後、こまどり姉妹・舟木一夫・村田英雄・美空ひばり等の作曲を手掛けた。
 

イメージ 3
 
星の夜北へ帰る  作曲:船村徹
 
果てしなき 荒野を行けば
ほほぬらす 星の涙よ
ふるさとは 母のいる国
夜ごと見る 夢より遠し
 
駒とめて 静寂(しじま)の中に
あおぎ見る 星の思い出
あの星は 指きりの星
この星は 恋そめし星
 
花咲けど その名も知らず
若き日の 君は旅人
人の世の 運命(さだめ)はかなく
あの星に いつの日逢わん
 
イメージ 4

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閉じる コメント(6)

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春日局さん こんばんは。
関沢新一さんはこれだけ沢山の舟木さんのための曲を作られていたのですね。
私の大好きな曲が殆どです!。
余り知られていないところでは、「初恋の駅」・とても素朴で
曲がシンプルですのですぐに好きになりました。
「月とヨットと遠い人」・この曲がとてもムーディで何ともロマンチックなのです。(笑)
しかし何と言っても「学園広場」ですよね!。
名曲中の一つです。
そして「高原のお嬢さん」当時の映画を見た事を昨日のように
思い出します。

2013/11/10(日) 午後 9:33 [ いつでも青春♪ ] 返信する

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いつでも夢を♪さん、私が舟木さんのオリジナル曲の中で関沢氏の作品をチェックしようと思ったのは「高原のお嬢さん」「銭形平次」の作詩が同じ関沢氏だと知って「え〜っ!」とビックリ仰天したからです(笑)さらに、私の大好きな「星の夜北へ帰る」と「一心太助江戸っ子祭り」の2曲も同じ関沢氏の作品だと知った時には二度ビックリでした。私自身が正反対の「星の夜・・」と「一心太助・・」をどちらも大好きなことを思えば、それほど不思議ということはないのかもなんて思ったりもしますが聴くのと創るのとでは大違い(笑)幅広い感性とセンスの持ち主である関沢新一さんとちょっとだけでもお話したかった(笑)

2013/11/10(日) 午後 10:00 春日局 返信する

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関沢新一氏は多彩な方だったのですね。銭形平次のタイトルロールでお名前をよく見ていたので、銭形平次の印象が一番強かったですね。こんなにたくさん舟木さんの曲を作詞されているとは知りませんでした。ヒット曲やいい曲がたくさんありますね。「星の夜北へ帰る」が1964年頃の作品とは驚きです。船村先生のメロディーがこの詩にぴったりで透き通るような哀愁がありますね。

2013/11/11(月) 午後 7:37 ゆふぎり 返信する

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春日局さん、本当に変幻自在の詩の世界という感じですね私は復活してから知った曲が多く、その前は本当に有名な数曲ほどしか知りませんでした。そしていまだに知らない曲がたくさんあります。「初恋の駅」も復活して初めて聴いたのですが、瞬間(ひえ〜、こんな可愛い歌も歌っていたのか)と思ったものです。しかし無理もないですね。舟木君は可愛かったのですから、会社としてはその方面も歌わせたのでしょう。と同時に「星の夜北へ帰る」も。舟木さんが「いろんな方面」と言うのもうなづけますね。(この大人気の新人を、学園ものの次にどういう方向に行かそうか)と試行錯誤もあったかもしれませんね。

2013/11/11(月) 午後 8:10 [ 復活舟木組 ] 返信する

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ゆふぎりさん、プロの仕事というのは守備範囲の広さにおいて本当に圧倒されますね。舟木さんのコンサートのスタンディングで最高に盛り上げる「銭形平次」の存在感は格別ですね。この方が「星の夜北へ帰る」の作詩をなさったのですから私はもう脱帽です。特撮映画の脚本とこの詩も全く違う世界のようでありながら浪漫の広がりという点で共通するものがあるのかもしれないと思ったりしています。

2013/11/11(月) 午後 9:51 春日局 返信する

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復活舟木組さん、私も全く同じですよ。「絶唱」以降は「初恋」くらいしか知りませんでした。それ以外の曲には当時はあまり関心が持てなかったように思います。若い頃は自分自身の感性のキャパシティが小さかったんでしょうね。民謡風のもの、時代もの、抒情歌系、ちょっと演歌系、ポップス系・・二十代の舟木さんは本当に幅広いジャンルの曲にチャレンジしていらしたことを「復活」してから気付きました。そのことが今の歌い手としての舟木さんに大きな糧になっているんだということも強く感じています。

2013/11/11(月) 午後 10:03 春日局 返信する

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