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カンタベリー大聖堂は、英国東南部ケント州カンタベリーにある英国国教会の総本山で多くの観光客が訪れる一大観光地です。私も英国滞在中にカンタベリーとドーヴァー海峡の町ドーヴァーを訪れたことがあります。カンタベリー大聖堂には歴史的出来事がたくさんあります。
597年にローマ法王グレゴリウス1世は南部イングランドでのキリスト教伝道のため聖アウグスティヌス(英国読みでは聖オーガスティン)をカンタベリーに派遣します。当時のケント王は絵セルベルトで、キリスト教徒のバーサと結婚したばかりであったので、アウグスティヌスにカンタベリーに修道院を建設する許可を与えた。この修道院の廃墟が今も残っています。また、彼はイングランドで最初の大聖堂を建てます。現在の壮大な大聖堂はその跡に建っています。
カンタベリーは、1170年にヘンリー2世と対立した大司教トーマス・ベケットが暗殺されて以来800年以上にわたって、ヨーロッパの重要な巡礼の地になっています。礼拝堂の床に1本のろうそくが立てられており、その下にベケットは埋葬されています。カンタベリーは今日英国のもっとも美しい歴史都市の一つになっており、ユネスコは、1988年にカンタベリーの一部、聖マーチンズ教会、聖オーガスティン修道院、大聖堂などが含まれる地域を世界遺産に登録しました。ノルマン様式大聖堂は、カンタベリーの町に近づく中世の訪問者が感じたと同じ畏敬の念を21世紀の訪問者に与えています。
中世にはカンタベリーは巡礼で最もにぎわった町の一つでした。「カンタベリー物語」はチョウサーの描くイングランドと暗殺された大司教トーマス・ベケットの聖地へいざないます。チョーサーの書いた「カンタベリー物語」は600年以上の時の試練を経ており、世界中に知られています。「カンタベリー物語」の巡礼者は、カンタベリーへの巡礼の道をたどり、暗殺された大司教トーマス・ベケットの墓を参拝し、そこで贖罪を行います。チョーサー自身が巡礼でカンタベリーに来たという記録された証拠はありませんが、彼は国王の公文書送達吏、特命大使としてロンドンからヨーロッパ大陸を何回も訪れていますが、その時にカンタベリーの町を良く知ることができたのでしょう。当時有力な王族であったランカスター公爵につかえる重要な一員であったチョーサーは、当然公爵の異父兄黒太子エドワードの葬儀に出席したはずです。黒太子エドワードの墓は大聖堂の中にあります。
カンタベリーは、多くの詩人と劇作家の生まれたところで、何世紀にもわたって英国文学者に創造的刺激を与えてきました。エリザベス朝時代に活躍したクリストファー・マーロウ(劇作家、詩人、翻訳家)はカンタベリーで生まれ教育を受けました。英国の最もロマンティックな詩人リチャード・ラブレイスの実家がカンタベリーを流れるストア川の堤にあります。ルーパート・ベア(イギリスの新聞漫画の主人公のクマ)はカンタベリーで生まれました(作者は何人かのチーム)。ジェイムズ・ボンド冒険譚の一つがこの近くで創作されています。チョーサーの「カンタベリー物語」は世界中で読まれているし、チャールズ・ディケンズは彼の最も人気ある物語の一冊は、カンタベリーを舞台にして書いています。
カンタベリーは今日世界中の人々が訪れるのを歓迎しています。多くの由緒ある建物、商店、バー、レストランなどは昔の世界のたたずまいと国際色豊かな活力をもって世界の観光客を迎えます。小さなコンパクトな町で、日中は町中に交通車両が入るのを禁じています。したがって歩いて町を見るのが簡単ですし、安全でもあります。4月から10月にはガイド付きツアーもあります。もちろんカンタベリー大聖堂の歴史を少し研究して訪れると、歴史的事件の現場に居合わせた臨場感を体験することができます。
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