おぎーの日記

料理や育児など、日々のことを気ままに綴っています。

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ブログのお引っ越し

ブログを引っ越します。

やはり、インターフェースがちょっと書きにくかったり、携帯との連携が悪かったり、、、ということで、アメブロに引っ越すことにしました。今までの記事もたくさん残っているし、愛着もあるので迷ったのですが、よろしくお願いいたします!

おぎーの日記


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追記

先に書いたことの追記。

もちろん、怒るべきではないと思って怒らないこともできる。
けれども、怒りを感じたら怒りを表現するということは、そのほうがよっぽど人間らしい生き方なのではないか、と今は、感じている。

怒りを抑圧していると、そこにずっととどまったままになる。
怒りであるにしろ、どんな感情であるにしろ、その感情を経験しきらないと、その感情の奥底にある気づきに到達できないのではないか、と考えるようになった。怒りとは、自分の境界線を越えたときに感じる性質があるようだ。

たとえば今回、私は怒ったことで、その中にある、自分の許せなさ、かたくなさというものがどういうものに対して存在しているかということを知ることができた。それが知ることができて、自分を理解することで、初めて怒りが根本的なところから解決していったのが分かった。
つまり、自分の怒りを抑圧して(子どもに罪はない、怒るべきではないから、など、理由は何であれ)、何も見ないようにすることは簡単だけれども、そのように頭で自分の感情を押さえ込んでしまうと、その中にある本当の気づきというものに到達することはできないと思う。

自分で作り上げた理想の自分、こうあるべきという自分、いずれにせよ、「偽り」の自分で生きていくことは簡単だ。けれども気づきがなければ、同じ状況があれば同じような感情を引き起こすことが繰り返されていく。その結果、その問題がクリアできたら楽しめるだろう深い喜びというものを感じないでずっと生活を送ることになる。同じところをずっとグルグルと回ることになるわけだ。
私がときどき怒りを感じることに関して言えば、私はそうやってときどき自分の中に怒りが出てくるたびにそれを表に出し、息子とも向き合って、自分に対しても向き合うようにしている。起こってくる感情を深く見つめることで、気づきがなくともそれだけで自分の感情が変わってくるし、もちろん、行為の上で影響することも変わってきた。

ごはんに対してぐちゃぐちゃされることに対して怒っていることもあれば(もちろん、子どもが悪気がなくやっていることも分かっているし、どの子もそういうことを経過することも分かった上でです!)、自分がそれに対して許せないという部分が変わっていくことで、次第に起こらなくなっていくかもしれないし、別の手立てを思いつくこともあった。
例えば、公園に行って外でごはんをたべさせれば、片付けのことも気にならないし、息子も他のことに気をとられてあまりごはん自体で遊ばなくなるということが分かった。そして、親子ともにリラックスしたごはんの時間を持てるようになった。それがもし、怒らないようにしながら、部屋の中で感情に気づかないふりをして過ごしていたとしたら、そういった解決策は思い浮かばなかったかもしれない。

私は、ネガティブな感情を表に出すということは、日本人的な美徳感や「理想」的なやり方からはそれるかもしれないけれど、真実に基づいた生き方、自分の精神的な成長を大事にする生き方の上ではとても大切なことだと考えている。(もちろん、深く自分を見つめる生き方をしない、という選択だってアリです。)

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「Forgiveness」

活元のためか、ホメオパシーのためか・・・・
昨日はワーッと感情が出た。
というか、最近。

子育てに飽きたのか、暑くてうざったくなったのか、自分のことをやりたくなったからか、ゆうくんがそういう成長期にあるからか、ゆうくんに対してイライラするようになってしまった。

とくにごはんのとき。
ポイッ。イヤイヤ。べちゃー(遊ぶ)
などに対して、なぜだかスイッチが入る。カーッとしてしまう。
命(食べ物それ自身、育ててくれた人など)に対して、自分が心をこめて作ったものに対して、おもちゃにされるのが、理由はわからず癇に障ってしまう。

怒らないほうがいいのは重々分かっているし、
でもそれが、偽善であったらゆうくんは感じてしまうということと、母は「怒らないで育てた」というのは行為に対してだけで実際は怒りを感じていたんだと気づいたこと(子育てをしていて怒らないなんて、ありえない。それは自分を抑圧しているだけだと思う)、師匠に「怒っていて言わなくても子どもは感じてしまうから、それならサッと出してすっきりするほうが健全かもよ」というようなことをいわれたことで、自分の感情を表に出すようになった。

ひとつは、ごねている理由が分からないから。子どものコトバが理解できる夫に通訳してもらうと「なるほどね」と、腑に落ちて、訳なのわからないイライラはなくなる。どのみち、「あーもう!」と思うことには変わらないのだが。

ときどき、自分を観察するくらいの余裕があるときには観察する。「あー、かたくなになっているな。緊張しているな」という程度なら、まだ観察できる余裕もある。けれど、その次の「味わう。感情も含めて観察する」となると、その外側をぐるぐる回っているのに気づく。観察できた時(そこの感情と一体になっちゃって巻き込まれちゃっていない時)は、そこの怒りに寄り添う。じれったさによりそう。なんでゆうくんに対してこんなにむかつくんだろうー?と自分に問うてみる。

でも、むかつくんだろうー?のところで、「あー、ゆうくんは悪気がないのにかわいそう」と思ってしまうと、感情にのっかって、グルグルグル。もしくは涙がでてきていっぱいいっぱいになって、観察ストップ。

一昨日は、活元運動でオープンになったためか、観察することに成功・・・!そこにあったのは、理想の「ねばならない」自分と、現実に感じてしまう感情と実際取っている行動(怒って叱る)に対するギャップ、そんな自分がたぶん「許せない」という事実。
そうなのね、理想を無意識に立ててしまうのよねー。

そのことについて相談したところの、師からのアドバイス
(日本語に訳すって難しい。文末でパーソナリティを表すことになっちゃうのね。そこは差し引いて読んでください)

「君の"カタイ(頑な)"部分についてだけど、まず自分がカタい状態であるということについて、自分をもっと許してあげるようにしなさい。これが、第一歩!

自分がカタい状態であることは問題ないよ、そのことについてリラックスして。自分に対してカタいということは、実のところ、あなたが正しい道にあるという証拠だよ。
自分に対して頑なであるということは、この精神的な旅路を最後まで進むために必要なエネルギーと強さを表しているんだ。

私自身、人生の大部分は自分に対して頑なだったよ。今でもかたい部分はあるけれどね。でも、僕にとっては問題じゃない。しばしば、自分にかたくしているのを楽しんでいるよ。だって面白いでしょ!」


・・・受け入れられない自分を、そのまま「ま、いっか」と思えるようになる練習だ。
うむ。なかなかできない。


今朝も、「あーーーー!!ダメ」と声を荒げてしまう。
(ゆうくん、トラウマにならないかしら。)
(母親は基地にならなくちゃいけないのに。)
(こんなママでごめんね。ちょっと前までは優しいママだったのに。)←感情を無理やり押さえ込まなくなっただけ。前は不感症だったと言える。これはこれで不健全。
(手が届くようなところに大事なものを置いておくからいけないのよね。ごめんね。)←かといって、今のところ、どこにも荷物の逃げ場がない。
と思っている自分がいる。

これはまだまだ未解決。だけど、こうやってここにつづっていることで初めて言語化したかも。今までアナログでつけていた日記だけど、こうやって書くと、速いのでたくさん書けてよい。できる限り、続けよ。

ゆうくんはますますやんちゃになる。背ものびて、知恵もついて、さらに「手が届いて欲しくない」場所やものごとが増えるのは必須だ。

ちなみに、「あああ、また怒っちゃったよ」というときに、私がやっているのは、自分をその最中に見つめること(できる限り)。そして、自己嫌悪になっている暇があったら、ゆうくんと向き合う。徹底的に説明する。
「ママはね、、、こういうのがイヤだって思ってるんだよ。ゆうくんが遊びたいっていう気持ちもわかるんだ。遊びたいよねー。でも、命は大切なんだよ。この食べ物だって一生懸命生きていたんだよ。
そしてね、ママが怒っちゃうのはね、ママが嫌だって思っちゃうからなんだ。ゆうくんが嫌なんじゃなくて、ポイってされるのがいやなんだよねー。ごめんね。」
と、思いっきりスキンシップしながら説明。
・・・するしかないと思うんだよね。だって怒っちゃうんだから。。。
怒る時は、感情が先行しない(カーッとならない)、短く怒ってちゃんとフォローする、は心がけている。もちろん、気持ちを抑圧して、実際に行動は怒らないことはできるけれども、それは自分に対して嘘をついている感覚があるし、ゆうくんにもよくないと思うのだ。小さい人は、全部感じているからね。言葉で怒られていなくたって、ぜんぶ分かっている。怒っていても押さえているお母さんほど、子どもがビクビクしていることはないと思うのだ。たいてい、そういうときは爆発する。本当は、不満を感じないのがいいのだろうけれど。それは、達観してしまっているか、鈍くなっているか、どちらかだ(子育てに慣れてくると前者になるのだろう)。

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活元運動

昨日の野村奈央さんの整体ワークショップにて、先生の誘導(ひじを決めて、肩甲骨周辺の1点のポイントと連動させる。そののち、水の中を泳ぐようにスゥーッとのびて、、、)初めて活元運動が出てきた。一度出だすと、そののち出るものらしい。たしかに、今日は1日中、体からほぐされたがっている箇所を感じた。

いやはや、ダイナミックだった。自分に踊りの神さまが乗り移ったかのように感じつつ、ヒプノのときのような瞑想状態、聞こえていることは全部わかり、かつ体をどのように動かそうかという意識も働いている状態。でも無我夢中。体の中から、勝手に動きが出てくる。何も考えなくても、流れるように動きに乗っている。
不思議な感覚であった。

今日は、筋肉痛。
きのうは、肩甲骨をはがそうと、腰のバリバリをはがそうとがんばって体が動いてくれたらしく、動かしすぎたらしく、ちょっと筋肉痛だ。
らくだのポーズやら、腰をふる格好やら、パダングシュターサナに上半身が左右にふれて動いていたのやら、、、は覚えている。

途中、首をものすごーく大きく振っていたのだが(体と連動した連続の動きだったし、内側から出てくるj誤記だったので、いためないのだろう)、途中でゴギギギと首が鳴った。あとで気づいてみたら、左側のズレがきれいに元に戻っていた。本当に自力整体だ。私も動物だったのだなぁと認識した瞬間。

宿便的なコリである首と腰(両方とも左側)がほぐれたのはもちろん、お腹の中にたまっていた重い感情(ストレスか?)が楽になっているのを感じた。うわー、不思議。先生がおっしゃるに「整体は、体だけではないんです。心も全部つながっています」とのこと。
昨日のお話からも、野口整体も、ヨガも、おひさま(自主保育)も、友達がいっていることも、尊敬する知人たちがいっていたことも、ぜんぶぜーんぶつながっている、もとは同じことを言っているんだなぁと実感。

今朝も、誰も見ていない朝4時半のリビングで、一人活元運動。
30〜40分やったか。目をつぶっていたのだが、体の「ここ、ほぐしたい」というリクエストがはっきりとわかって、目をつぶったままヘッドスタンドやらバッグベントやら。不思議だった。体があったまってほぐれるだけではなくて、整っていくのが分かる。とくに中心感覚。
そのまま、アシュタンガヨガに入った。すごく気持ちよく入ることができた。

そして夜。夜は眠いし、疲れているし、へろへろだし、筋肉痛だったからか、そこまで大きな動きはない。
活元運動の触れ幅の大きさは、エネルギーの残存量にも、必要な調整箇所にもよるのかもしれない。

先生がおっしゃったとおり、昨日活元運動が出てきて以来、息子への接し方も、手の当て方も変わった。本能が働いているという感じだ。そして、自分自身も何だか変わった感じがする。閉ざしていた内側のどこかのドアが開かれた感じだ。自分に嘘がつけなくなって、押さえ込んでいた感情が表に出てくる。(いままでだったら、ちょっとしたイライラは無視して抑圧していたのだが、自分ではっきり自覚できるようになった。子育て中のハプニングとかね。)

どんどん転がっているわたし・・・、すごいぞ2010年度・・・!
シンクロも物事のスピードも新たな出会いも、いろいろ、ものすごい勢いで加速中。
頭で追いきれないので、考えることを手放し、本能と流れに身を任せる日々。
この先、いったいどうなっていくのか。
ブログには、書けるときに書けることを書いていこうと思う。


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ハンカチ当番 ケータイ投稿記事

イメージ 1

イメージ 2

昨日は、英文記事を書いてみたり発送したりと仕事に励みつつ、息子とむきあったり、夫にヨガのレッスンしてみたり、りんごマフィンをたくさん作ったり、片付けや買出しをしたり。夜は夫とマンダリンオリエンタルにデートにいきました。ふだん感じていることをぶつけ合い、、、こういう機会って貴重です。

今朝は、6時前に目が覚めました。3時前に床についたのですが、日食の影響か、あまり眠れずとも、すっきり。明日は、原宿おひさまの会の月に一度のお誕生会。今月はハンカチ当番なので、1時間くらいかけて、布クレヨンとポスカと絵の具を使って、絵をかきました。楽しかった〜!元ネタすべて自力で描けるほど画力はないので、絵本を参考に、あとは発想をひろげてかきます。

なかなか楽しい時間でした。今日は高校のときの塾SEGの仲間たちとBBQ。ベジタリアンの私だけど、場を楽しんできます!!

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開設日: 2006/7/21(金)


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