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「ブルマから来ました。」
東京に住んでた頃、アパートの近所の一軒家のあやしい(と、当時思っていた)住人の一人が言ってい
た。ブルマがビルマだとわかったのは、アウン・サン・スー・チー女史の事を知ってからだったと思う。
確か、10人くらいで住んでいて、日本人夫婦がいて、不思議な家だった。当時は働きに来る中国人もそ
んなに目立ってはいなくて、外人が集団で住んでいる家というのは、やはり怪しかった。
アメリカのニュースサイトには、アウン・サン・スー・チー女史は、本当によく登場している。アジアで
軍政と闘う民主化運動指導者。殺されないためにノーベル平和賞を贈ったと思われている。日本にも京都
大学でしばらく研究生活を送っている。いろいろ、触れる機会がある。確か、旦那さんとは、死別してい
て、軍政は夫の入国を許さず、アウン・サン・スー・チー女史も出国したら入国拒否されるのはわかって
いるので出国せず、死ぬときも会えずに死別したんじゃなかったか。
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ミャンマーは、いつまで、彼女を拘束するのか?していても軍事政権に未来が有るとは言えないのに!
2009/11/7(土) 午後 7:45
ヒラリーさんとかも応援してるし、本当に早く開放してほしい。
2009/11/8(日) 午後 5:24 [ MK ]