生と死

生と死のはざまを思索する

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涅槃(追憶 6)

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釜尾古墳を後にして、午後は釜尾から更に東南方向へ足をのばし益城郡高島町にある井寺古墳を訪ねました。周囲は広い田園地帯で、小高い里山の中腹に緑の苔に覆われた古墳の入り口がひっそりと佇んでいました。

石室に入り薄暗い周りに目が慣れてくる頃石障に彫られた異様な図柄に衝撃を受け思わずその場につくばってしまいました。それは直弧文と呼ばれている、直線と弧線の組み合わせに同心円が交互に並んでいて、彫刻手法も浮き彫りではなく、線彫刻です。

ここの石障に描かれている同心円には、大空に輝く太陽の勢いはなく、雲間から漏れ出る弱々しい光しか出していません。右側の直弧文は斜めに交叉する2本の直線が同心円を4つに切り裂き、切り崩しているように見えました。

千金甲第1号古墳の同心円は堂々とした輝く太陽の姿であり、力強い生の象徴にも見えました。子供を産み、育てたいという意欲の湧き出る源であった同心円がここでは何と切り崩されている。ここの石障の彫刻は一体何を訴えようとしているのだろうか。

朝の太陽が東の地平線から勢いよく駆け上がり、1日の役目を終えて西の水平線に沈むとき、海に映る太陽は波にゆらゆらとゆすぶられ、丸い形を崩されながら西の海に沈んでいく。

直弧文図柄の方が、形を崩されながら西の海に沈む夕日だとすれば、その左側のひだの付いた青と白の同心円は東の空に現れた月輪か? とすると、この石室は役目を終えた太陽が夜の支配者月輪に席を譲る場所なのだ。

この石室の壁画は役目を終えた者への鎮魂の詩を描いている。心に闇を宿している保子がこの石室の中で見ていたものは、自分の役目を終えねばならない時が来ることを予感させられたのかも知れない。

私の記憶の中から、初めて保子に送った恋文の一部が蘇ってきました。「あの朝、何百回ともなく、独り言のように言っていた通り、ジュリーの傍で死ぬことが運命であったのならば、それがかなえられたということではないでしょうか」という英語の教科書に使われていた本からの引用文です。

保子の傍で死ぬことが私の運命であるならば、それがかなえられるということではないか、という思いが、お経を唱えているかのように、幾度も幾度も私の心にあふれ出てきました。・・・・and if it were
his fate to die at Yasuko's side ・・・・この後、私がどこへ向かって歩いて、珍敷塚古墳に行き着いたのか思い出せません。

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