涅槃(追憶 7)
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珍敷塚古墳、ここが熊本県なのか福岡県なのか、ここまで来る道順がどうだったのか順序だてて示す心の余裕はありません。古墳は崩れ落ちて姿を残しておらず、わずかに奇妙な図柄が描かれた大きい石障の一部が残っておりました。 彩色もひどく劣化が進み、鮮明ではありませんが、図柄をよくよく見るとその左端には夜空に青い月が大きく輝き、その下に一艘の手漕ぎの船が浮かんでいます。船の先端には一羽の烏が、船の行き先を案内するかのように、前を向いてとまっています。 しかし、待てよ、この石障全体が大きな船として描かれている。先に見た船は手前の大きい船と並走している僚友の船だ。月に照らされて夜の海をこの船団は何処へ向かって行こうといているのだろう。 インドネシア領バリ島には鳥葬の因習を残している部落があった。人の死骸を鳥に食べさせることで、その人の霊を死後の世界へ送り届けさせようというのであった。そうか!烏が先導するこの船団の行方は死者が住む世界へむかっているのだ。そうだ!この船に乗れば保子の許へ行ける! その思いが次第にふくらみ、船に乗り込むべく石障の周りをぐるぐる廻りました。どこでこの船に乗ればよいのだろう?船着場はどこにあるのだろう?保子さん! 耕作さん、チブサン古墳よ!お乗りになるなら、チブサン古墳にいらっしゃい! ええっ?保子の声が岩船の向こうから聞こえてきました。チブサン古墳に行けばこの船にのれる! 何としてもこの船に乗りたいとの強い一念が仏に届いたのでしょうか、気が付くと烏に変身した私は夕焼け雲の上を舞い上がっておりました。 西の空でキラキラと光り始めた一番星が、耕作君!チブサン古墳はあっちだよ!と東の方向を教えてくれました。 保子のところへ飛んで行く、何時だったか、飛べるものなら飛んで行きたいと手紙に書いたことがありました。今、私は飛んでいる、保子が手招きして待っているところへ一目散に飛んでいる。 私は誰に見咎められることもなく、チブサン古墳の入り口に下り立ちました。この石室に入れば二度と外には出られないことを十分に承知しておりました。私はゆっくりと羨道を通り抜け、石屋形の奥壁に描かれた菱形文の彩色画の前で暫く立ち止まり、保子さん!と心の中で呼んでから画面の中へ吸い込まれていきました。
***** 追憶 完 ***** |
