小高根二郎『蓮田善明とその死』昭和45年初版−序・三島由紀夫−
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本書は、昭和四十五年三月に筑摩書房から刊行されました。 大学時代、今のHaruには考えられないことですが、Haruは「日本思想研究会」という民族派のサークルに属していました。そのとき、ある先輩から薦められて一読した記憶があります。同期の同じサークルの人間が本書の批判をした際に、いつも温厚なこの先輩が激怒した風景をいまでも覚えています。 蓮田善明は国文学者。清水文雄らと雑誌『文藝文化』を創刊し、三島由紀夫はその同人となる。『花ざかりの森』など、二人の師の影響のもとに小説・詩を発表しています。三島由紀夫が十八歳のとき、蓮田善明は中尉として(再)召集。終戦をむかえるも、直後の昭和二十年八月十九日、上官を射殺しピストル自決を遂げる…。 …このとき、三島由紀夫、二十歳。 さて、「なくしたもの」というのは、三島由紀夫が本書に寄せた「序」です。私は、今から十五年以上前まで、この序文の自筆原稿を所有していました。そういう意味では、これまでにも多くの「なくしたもの」を掲載してきており、今更ながらということになるのですが…。その中でもスティーヴン・キング『ファイアスターター』限定26部本(いわゆる、「アスベスト・ファイアスターター」)と並び最大級なので…(笑) amaiさんのいう「なくしたもの」とは違うのかもしれませんが、結婚だとか、家の購入だとか、現実はこのような世界で遊ばせてくれません(笑) この「序」は名文といえるもので、蓮田善明の生涯と、この序文が書かれたすぐあとの三島由紀夫の行動を重ね合わせると、胸に迫るものがあります。 … 雷が遠いとき、窓を射る稲妻の光と、雷鳴との間には、思はぬ永い時間がある。私の場合には二十年があつた。そして在世の蓮田氏は、私には何やら目をつぶす紫の閃光として現はれて消え、二十数年後に、本著の導きによつて、はじめて手ごたへのある、腹に響くなつかしい雷鳴が、野の豊饒を約束しつつ、轟いて来たのであつた。
…三島由紀夫は、昭和四十五年十一月二十五日、陸上自衛隊東部方面総監部にて自刃。四十五歳…。
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