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織田 晃さんのこと

ファッション・ジャーナリストの織田 晃さんが10月3日未明、食道癌のため永眠されました。
ご自宅に駆けつけ、まるで眠っているようなお顔を拝見していると、過ぎた日々のあれこれが走馬灯のように浮かんできて、涙が止まりませんでした。
もう何十年も前になってしまいますが、ファッション界の仲間とグループを作って年末にパーティを開いていた時期があります。
そうそうたるメンバーが集ってくださって、それはそれは素晴らしい催しでした。
あの時代だからこそ実現できたのだと思っています。
少しは収益もあって、自分たちでプラスアルファーしてスキーに行ったり、熱海で大宴会を開いたり・・・。
破天荒なことも一緒にたくさんしました。
スキー場ではスキーがあまり得意ではなくリフトに乗らずにエッチラエッチラ山を登っていた姿を忘れられません。しかも帰りも滑らずに降りてくるのです。
織田さんが革靴のまま熱海の海にジャブジャブ入っていった時はさすがに驚いてしまいましたが、本当に若き日々の思い出です。
繊研新聞の記者としてミラノ・パリコレクションを取材し、セミナーで弁舌を奮い(その当時は織田さんのファンがたくさんいたと聞いています)、とにかく大活躍でした。
繊研新聞が主催していたファッション・コンテストの会議には主催者サイドなのにいつも遅れて登場し、しかも当時の上司が一生懸命織田さんをかばっていて、すごい人なんだなと感心したこともあります。
結婚して南平台に住まわれてからは何度も押しかけては輝美さんの手料理でお酒を酌み交わしたものです。
最近、絶対出席するはずの場所に姿が見えなかったので、ふと気に係り、輝美さん(奥様)に「織田さん、どうしてる?元気?」尋ねたことがありました。
9月のはじめごろのことでした。
あの頃は既に病におかされていたのです。
本も書きたかったでしょうし、若い人たちにもっともっと教えたいこともあったはず。
少し早すぎたのではないでしょうか。
でも、今となっては親しい皆さんが待っているかの国で、どうぞ楽しくお過ごしください。


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