編集長のブログ

北リアスやませの里久慈エリアタウン誌・DANASS

86年

平成19年元日、さしずめ「私の履歴書」風の散文を書き始めた。

1ページ1200字程度のもので、おそらく最終的には5,60ページになるんだろうが、残念ながら5年目の正月の今たいして作文はすすんでいない。
その散々文?の中で、我が家の系譜や事跡で不明な点が多いことも、さっぱり書きすすめない理由かもしれない。

そのうちのあることが今わかった。
父や祖父の書き残したものがない(見つけられないのだろうが)ので、いったい何時この町の駅頭に祖父母が立ったのかこれまでよくわからなかったのだ。
これまで、人に話したり物に書くとき「おそらく昭和の初め」としてきたが、大正15年だとわかった。

すると、ことしが数えて86年ということになる。
さーて、そろそろサンザン文の続きに手をかけようか。

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有限

正月早々、今日の風の強さには参った。
ちょっと気軽に新年の御挨拶まわりをと思っていたが、ボサボサ頭ではどうにもいけない。

タイトルに有限と書いてしまったが、なにも有限会社の書き損じというわけでない。
ひとの生には限りがあることを、書きたかっただけ。
ようするに生の有限とでもするばよかったか。

自分の生(せい)の限りを意識することなく生きていたはるか昔、生は無限に思えた。
そのことを意識しはじめたのは、ずいぶん遅く40歳をいくつか過ぎたころだった。
意識してから生を急いだ。
で、どうにかこうにか間に合ったかと考えられたとき、15年の歳月が過ぎていた。

人間、40過ぎに気づいたんでは遅すぎる。
あと10年早く気付けていたら・・・。

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日本一のしめ縄

暮れになると、久慈の長福寺の山門に決まって太いしめ縄が奉納されるが、神社ではなくてなぜ寺なんだろうとおもってみていた。

暮れも押し詰まった30日、日本経済新聞の文化欄に「被災地で特大しめ縄」という大きな記事が写真入りで載ったのを読んでびっくり。なんと、長福寺のしめ縄ではないか。しかも、個人が作ったしめ縄としては日本一の大きさだと書いてある。

今年の元朝参りだが、真夜中ではなく明けて昼ごろ参拝周りをした。
いつものように、大神宮の次に長福寺にお参りし、ふと山門のほうに目をやると、誰かがしめ縄の傍にたっている。つい、走ってその人に近づき「失礼ですが、このしめ縄をつくった石垣さんですか?」
「暮れの日経で読みましたよ」。

やっぱりそのご当人だった。簡単に自己紹介をし、いくつか言葉を交わしてお別れした。
かの石垣氏、読んでくれた人に出会ったことを喜んでいた。

このブログを読んだ人に、その記事を読むことをすすめたい。

ところで石垣さん、あの文章について妙なことを言っていたが、聞かなかったことにする。
日経の記者の文章力は、じつに確かなものと決まっているから。

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一年の計

昨日届いた年賀状を読んで気がついたことがある。
400通ほどの年賀状の多くは印刷ものだが、今年は自筆でのコメントを書いていただいた数がいつものとしより多いようだ。復興を願う気持ちの表れだろう。ありがたいことだ。

その中に数通だが、中断中の私のブログ再開への催促のコメントが散見された。
あちゃー。そうそういつまでも捨ててはおけそうもないか、と深く反省しつつ、ことしはできるだけ書こうと思う。

一日の計は晨にあり 一年の計は元旦にあり
元日の夜明け、ふとこの言葉が浮かんだから、さあ大変。
このとしを迎えて何やら目標を立てなければならなくなった気がして、やや悩んだ。

が、5分ほどで決まった。
ひとつ、健やかで
ふたつ、何事もすすんで学び
みっつ、増やす

なんとも簡単なありふれた標語だが、このひとつひとつを解説すれば、いやになるほど長くなりそうだからやめるが、この一年は、折に触れこの言葉を口に出して唱えてみようと、決めた。 

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武民折衷

久慈の町の秋祭りは、震災のとしだからという消極論もあったが、ほぼ成功裏に無事おわった。

自分も20数年ぶりに行列に参加したが、なんだか気恥かしくてぼーっとしているうちに終わった感じ。
今年から大神宮の氏子総代の末席を汚すことになってしまったから、裃を着けて参加したというわけだ。

亡父の着た紋付はなんとか手直しできたが、裃がすっかり色あせてしまってまるでいけない。
裃と袴のセットを新調してが、頭に載せたのが、不思議なことに「陣笠」だったから、妙な気がした。

裃に半袴ならかぶり物は菅笠くらいでいいだろうに、あろうことか、陣羽織姿の武士が合戦でかぶる「陣笠」なのだから、今でいえば、背広姿にヘルメットをかぶっているようなもので、実に珍妙な姿だった。

が、そんなことに沿道の皆さんは気づくはずもない。

まずは新米総代でもあるし、ただ神妙な顔をして、参加しただけ。

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ダナスは、そのテリトリーが狭く過疎地域でもあるうえ、零細な規模での出版事業なので誌面は少なくならざるを得ない。

そんな小さな誌面だが、あれもこれも載せたくなるのは、決して読者のターゲットを考えていないからではない。もっと人口が多ければこちらの狙うターゲットをはっきりさせ、いくらでも深みのあるものに、できる。

そうでないから、悩ましいのだが、ここで明確にしておきたいのが、ダナスの芯のことだ。
この小さなタウン誌の芯は、読者なら簡単にわかると思うが、なにより郷土の歴史だ。

そのためにも、九戸歴史民族の会の存在が大きく、その活動にこそ意義がある、と信じている。

話しかわって、郷土史はともかく、明日から数日間この国のあゆみにとって重要だった二つの町に行ってくる。そこで、なにごとか心境に変化が起こるかもしれないが・・・。

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働きどき

54歳で一国の宰相になるというのは、とてもいい年齢化もしれない。

これが、還暦過ぎだったら、やれやれ俺もとうとう上りつめたものだという感慨に耽るのではないか。
そんな気持ちを持ちながら、国の先頭に立つのはいかがなものか。

そこからいえば、50代の中ごろならそこそこの経験と実績があるだろうし、思い切って働ける。
死に物狂いで何事かをなせるとしで、自分にもその年頃をおもいだせば、本当の働きどきだった気がする。

それにしても、いろいろ外野はうるさいもので、自分の考え通り思いっきりやれるかどうかは、その人間の気迫次第というもの。

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どうなるやら

きょう、これから民主党の代表選だ。
じっくりテレビでも見ていたいのだが、大事な用事があるので残念ながらみれないだろう。

いまのところ、予想するに、野田代表、というところか、な。

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山背

おととし我が家に来た月下美人。
いつになったらその大きな花が咲くのかと思っていたら、ことしようやく花芽がついて、昨夜突然花が咲いた。
玄関の外に置いたのだが、どうやらあやしげな雰囲気になったので、居間のテーブルの上に置いてたら、夕方6時過ぎ矢庭に開き始めた。
一夜限りの花の宴を、不思議な感動とともに楽しんだ。
今この時間、あわれ凋んでしまった。

月下美人の咲く様子を見ながら、晩酌をしながら読書をした。
読み進むうちに「山背」の文字をどうやって読んだらいいか、考えた。
この地方に育ったから、単純に「ヤマセ」と読んだら意味がまるで通じない。

前後を読んでいて「サン」の「セ」と気がついて、やれやれ「シャンハイ」のことだと気がついた。
ふと気がつけば、かの月下美人、いっぱいに咲いていた。

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小惑星ハシカミ

久慈の山根の端神地区の名が、このたび、ある小惑星に命名され登録された。
小惑星「ハシカミ」。

申請したのは父親が端神生まれだという北海道在住のアマチュア天文家。

むろん、申請した名は漢字ではなくカタカナでもないから、はしかみといっても直ちに「端神」だとはわからない。

ハシカミの名出多い地名は「階上」。三陸沿岸に多いようだ。

いずれにせよハシカミとは、アイヌ語が語源らしく、「灌木の覆いかぶさる山」あるいは「灌木がしげる・神の・山」で、なるほどそういわれれば、久慈の端神の地にふさわしい。

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