ヒストリー・オブ・ジュニアジャズ/2004年その1・IAJEニューヨーク招待公演へ!
|
2004年は多くの出会いがありました。
2002年からワークショップ等で指導して頂いた、リチャード・ダンスカム氏を通じ、
2004年IAJEジャズコンファレンス・イン・ニューヨークへの招待を頂いたのです。
2003年旭川で開催したIAJE国際ジャズ教育セミナー終了時、打ち上げの席上で「旭川のジュニアジャズオーケストラを次回のコンファレンスに招待したい!」と言う。
私は社交辞令と思いながら聞いていたが、ダンスカム氏は「社交辞令ではないよ!」と言う。
私はまたまた、ヒョウタンから駒。 馬の耳に念仏。鬼に金棒。
⌒⊥⌒ゞ(>_<)( ̄^ ̄)ゞ×○△・・の状態に。
昨年からといい、話がうまく出来すぎている。
こんなに良い事ばかりが続いたらその後が怖い、などと思いたくなる。
ダンスカム氏の一言で招待公演決定!となり、大急ぎで準備に入る。これが2003年6月の事、公演は2004年1月である。
半年あまりしかないではないか。
子供たちに話すと??嬉々として喜んでいるが、事情とどれだけ大変な事かが全く分かっていない。
状況は親に話しても同じである。 子供は修学旅行、親は観光旅行と勘違いしている。
こちらにいる時は気がつかなかったが、IAJE総裁のリチャード・ダンスカム氏がどれだけ大変な人かは、米国に行って初めて気付く。 言ってみれば、ダンスカム氏は全米のジャズ教育界のボス、大統領みたいなもの。
これは、「大変な人に見込まれたものだ」と嬉しさと重責が錯綜し複雑な気分である。招待公演参加メンバーは40名、ゲスト参加でエリック宮城、土岐英史氏、父兄参加25名計67名による海外ツアーである。
参加メンバーには小学生もいる。 この子たちはアメリカに行く事がどれだけ大変か
まったく分かっていない。 時差の怖さにである。
案の定、向こうに付いてから子供たちは時差から来る体調不良でバタバタ倒れる。
このとき友人の医師に同行してもらったのが本当にこの時ほど心強く思った事はない。
全行程12日間の行程。 演奏ばかりではなく、観光もしたいという事で、マンハッタン
エンパイアーステートビル、レストランでの食事と修学旅行と変わらない。
これは本当に学校の先生は大変という事を実感する。
※前日ゲストとのリハーサル風景。
3日間のコンファレンスプログラムのJJOの出番は2日目の午後。
状況の分からない日本で色々行程プログラムを考えていたが、全くその通りにならない。 子供たちの体調と時差ボケの状態を見ながら、プログラムを修正しての毎日である。
コンサート前日夜リハーサルを行うが、まったく演奏できない。
それもそのはず、日本時間の早朝である。
次の日は本番どうなるのだろう・・・と思いながら本番当日を迎える。
こんなに大変なツアーだったか・・・。
この場面サクっと簡単に進めるつもりが当時の事を思い出し長くなったので
|





